異譚69 フラグ
まじでこの章長いですね。ごめんなさい。
誰だよ、異譚四つ同時攻略しようって言い出した奴。
おかげで半年も書いてんじゃん……。
化け物がより化け物じみた動きでイェーガーとイヴに迫る。
軟体動物のような骨の無い動きでイヴに剣を振るう。
『速度、膂力、共に先程とは比べ物にならない程の上昇率です』
「だーからやめときゃ良かったんだよ!」
『たらればですね。もっと建設的な意見をおっしゃられては?』
「いけしゃあしゃあとほざくな、このポンコツロボット!!」
軽く言い合いながらも、二人は攻撃の手を緩めない。
確かに、先程よりも劇的な強化ではあるものの、手に負えないくらいに強くなったわけでは無い。二人で撃破するにも問題無い程の強さだ。
問題があるとすれば、撃破が出来てしまう事。そして、撃破してしまった際に起こる超再生を止める術を未だに思いつけていない事だ。
相手が強すぎるのであれば撃破をする心配も無いのだけれど、うっかり撃破してしまう可能性が無きにしも非ずなので、良い塩梅で攻撃を続けなければいけない。こちらはある程度手を抜かないといけないにも関わらず、相手は殺意マシマシで本気で殺しに来ている。
「どーしてこう、異譚支配者ってのはどいつもこいつも面倒臭ぇんだか」
『イヴが出会って来た中で、このツルツルお猿が一番面倒臭いですね』
「ツルツルお猿て……」
『継ぎ接ぎツルツルお猿でしょうか?』
「長ぇし猿かどうかも分かんねぇだろうが、よっ」
会話をしながら、イェーガーは相手の隙を突いて肩に銃弾を命中させる。
まともな生き物であれば骨が砕け、神経や腱が切断されて腕が使い物にならなくなるはずだが、異譚支配者がまともな訳も無く、銃傷など気に掛けた様子も無く暴れ続ける。
「んで、マジでどーすんだ? こいつを殺す算段つかねーまま戦ってっけど」
『聞く所によれば、イェーガーは銀の弾列の弾数が増えたようですね』
「ああ。一発撃ち込むか?」
『余裕があれば。試してみましょう』
「りょーかい」
軽く頷き、イェーガーは銀の弾丸を込める。
属性は炎。威力もさることながら、炎属性の毒が内側からじわじわと体内を蝕んでいく。
「これで駄目なら一回退くか」
言いながら、イェーガーは引き金を引く。
放たれた銀の弾列はイヴの身体スレスレを通り、死角から剣使いの獣人に命中する。
直後に絶叫が響き渡る。
毎度同じ手を喰らう剣使いの獣人だけれど、それも無理からぬ事だろう。何せ、イェーガーとイヴの連携は巧みの一言に尽きる。
イヴは自身の後ろに剣使いの獣人を通さぬように立ち回り、イェーガーは絶対にイヴの背後に立つように絶えず移動を続けており、時折気を散らす為にイヴの背後から出て来て幾つも銃弾を撃ち込んでくる。
二人の巧みな連携により、種の割れた攻撃だけれど何度も食らってしまうのだ。術中にはまっていると言っても過言ではない。
全身に広がる激痛にのたうち回る剣使いの獣人から離れ、イヴはイェーガーの前に背を向けて立つ。
「さて、どうなる事やら……」
『一撃必殺が効かないとなると、他の手段を考えなければいけなくなりますからね。いったん退くのは良いプランかと』
「ま、逃げられればの話だけどな」
超再生の後は驚異的な強化が見て取れる。それも、段階を踏んだような強化では無く、飛躍的な強化だ。このまま超再生したとして、この一回で二人を上回る可能性も十分考えられる。
最悪のシナリオを想定しながら、二人は剣使いの獣人の行く末を見守る。
暫く見守っていると、剣使いの獣人はぱたりとその動きを止めた。
「このまま大人しくくたばってくれりゃぁ楽なんだけどなぁ……」
『イェーガー、そういうのをなんて言うのかご存知ですか?』
「そういうのってなんだよ」
『今の物言いの事です。こういう時、希望的観測を口にするのは、いわゆるフラグというのですよ』
その言葉の直後、剣使いの獣人が激しく痙攣を始める。
『ほら』
「お前がいらん解説したからじゃね?」
『いえ、最初のイェーガーの言葉がフラグだったのです。イヴはそれを指摘して、なんとかフラグを回避しようとしたのですよ』
「それもフラグっぽさそうだけどな……」
激しく痙攣を続ける剣使いの獣人の体内から、ぼこぼこと泡が膨らむような音が聞こえ、内側から押し出されるように表皮が張り、内側からの力に耐えきれずにびりっと嫌な音を立てて表皮は裂ける。そして、裂けた表皮を繕うようにぼこぼこと泡立つ肉と触手のように伸びる血管が表皮を歪に継ぎ接ぐ。
「普通に殺してダメ。銀の弾列もダメ。はぁ……マジでどーっすかぁ」
心底面倒くさそうに頭を掻くイェーガー。ただ強く、ただ硬いだけの相手よりも厄介である。
『……お手上げですかね?』
「ざけんな。過程はどうあれ、結末に変更はねぇよ」
殺すという結末を諦めはしない。問題は、その結末に進むための過程である。
「こいつは此処で殺す。その手段を何が何でも見つけ出す」
強い意志を持った瞳で、イェーガーは復活を果たしつつある剣使いの獣人を睨み付ける。
『……』
強い眼差しを向けるイェーガーに、イヴは思わず言葉を失う。
本当に、本当にこの娘に何があったのか。以前、一度会った時は比べ物にならない程に、人として、魔法少女として成熟している。それこそ、あの時は感じなかった好ましさを強く覚えるくらいに、人として、仲間として魅力を上げている。
我知らず、口角が上がる。
『……死出の旅路にも思えますが、最後までお付き合いしますよ』
「たりめーだ。一人じゃ絶対ぇ思いつけねぇからな」
『おや、人任せですか?』
「適材適所だろ」
軽口を叩きながら、二人は復活を遂げた剣使いの獣人に意識を戻す。
先程とは比べものにならない程に悍ましい姿をした剣使いの獣人が、胡乱な瞳を二人に向ける。
「っし、フォーメーションはさっきと――」
イェーガーの言葉を遮るように、剣使いの獣人は有りえない速度で二人の目前まで到達していた。
驚嘆の声を出す間も無く、二人の身体が宙を舞った。




