異譚65 白い吐息
魔法少女の事をどう思っているのか、今でも分からない。
自分がなってみて、その大変さと過酷さは理解出来た。信念を持って戦う人達は素直に恰好良いと思うし、自分には無い力を持っている人は素直に尊敬出来た。
気の合わない人も居るけれど、気の合う人も居る。仲良くなって一緒に遊びに行ったり、対策軍本部で会えばお喋りをしたりもする。
そんな人達の事を好きになったり、気が合わないと敬遠したり、その人達については好き嫌いをちゃんと別ける事が出来る。
けれど、魔法少女が好きなのか、はたまた嫌いなのか。それは今でも分からない。
「それは、私が魔法少女だったから?」
いつの間にか誰かが背後に立っていた。
振り返れば、そこには懐かしい人が立っていた。
「お母さん……」
背後に立っていたのは白奈の母親。如月黒奈だった。
彼女の顔を見て、これが夢だと直ぐに分かった。何せ、黒奈は既に死んでいるのだから。
「私、駄目な母親だったけど、白奈が私を愛してくれてたのはちゃーんと知ってるよ」
照れ臭そうに黒奈は笑う。
「私の事は好きだけど、魔法少女は嫌い。だって、魔法少女である私が家族を引き裂いたんだもんね。どんなに言い繕ってもその事実は変わらない訳で、それでも母親として私をずっと愛してくれてた。私を愛してるから嫌いな魔法少女を理解しようとしてくれてた。そうでしょ?」
「……うん」
黒奈の言葉に、白奈は素直に頷いた。
黒奈が夢の産物だと分かっていても、母親を前にしたら素直になってしまう。何せ、まだ成人もしていない高校生だ。死線を共に潜り抜けた仲間には何でも話せる気でいたけれど、本当の心の内を曝け出す事を知らず知らずのうちに躊躇してしまっていた。
彼女達は魔法少女である事に信念があった。少なからず、誇りを持っていた。それは自分には無いものだから、無意識の内に線引きをしていたのだ。魔法少女としての誇りも信念も無い自分が、彼女達に心の奥底を曝け出す事は出来ないと。
黒奈を理解したかった。魔法少女を理解したかった。
それでも、大変な仕事である事や、責任のある立派な仕事である事くらいしか分からなかった。いつか朱里が魔法少女はステータスだと言っていたけれど、白奈は魔法少女である事に意味を見出せなかった。
「……どうして、お母さんは魔法少女に戻ったの? お父さんとの約束を破ってまで、どうして……」
「それを言われると痛いなぁ……。春花ちゃんの事もあるけどね、正直、私はずっと魔法少女で居たかったの。だって、私にとって魔法少女である事が自分の存在証明だったから」
「私達のお母さんで居る事は、お母さんの存在証明にはならなかったの?」
「勿論、白奈も美奈も私の大事な娘。私が護るべき大切な家族よ。二人の成長を見守るのは凄く楽しかったし、二人が元気で居てくれるだけで心が温かくなったわ」
「じゃあ、どうして……」
「……私ね、自分が思ってたよりずっと我が儘だったみたい。魔法少女である事も、貴女達の母親である事も、両方共大事だったの。だから、両方手放したくなかったの」
一瞬の間に、見慣れた黒奈の姿が、魔法少女ブラックローズへと変貌する。
「白奈はさ、絶対に手放したくないモノってある?」
「絶対に、手放したくないモノ……?」
「そう。絶対に、何が何でも、その命を賭してでも、手放したくないモノ。私は魔法少女である事と、貴女達家族だった。多分ね、春花ちゃんが居なくても、どこかで私は魔法少女に戻ってたと思う。それくらい、私にとって魔法少女である事は大切だったから」
ブラックローズは白奈の元へ歩み寄る。
「白奈の絶対に手放したくないモノを考えて。ううん、違うか」
ブラックローズは白奈の頬に手を添える。
「本当は全部知ってるんでしょ? 自分に、正直になって。じゃないと、白奈はこの異譚を生き残れないから」
「……っ」
不意に意識が覚醒する。
気怠い身体を起こし、周囲を見回せば、スノーホワイトは崩壊した体育館の瓦礫の上に居た。どうやら、あの後気を失ってしまっていたらしい。それくらい、あの光景はスノーホワイトの心に多大なダメージを与えたのだろう。
気を失っている間、何か夢を見ていたような気がするけれど、夢の内容を思い出す事は出来なかった。
けれど、少しだけ心が軽くなっているような気がする。
スノーホワイトはゆっくりと立ち上がり、重たい足取りで体育館を後にする。
無駄に時間を浪費してしまった。勝てるかどうかは分からないけれど、渦巻く闇を追わないといけない。
怪我のせいか荒くなる呼吸を落ち着けながら、スノーホワイトはゆっくりと歩く。
頭と身体が重い。意識も少しふんわりしている。それでも、心中に沸々と沸き上がる気持ちだけはしっかりと認識する事が出来た。
「はぁ……っ」
白い吐息を吐きながら、スノーホワイトは重たい脚を動かす。
「……てやる……」
何処に居るのかも分からない。勝てるかどうかも分からない。それでも、確かな感情を持って、殺意を込めた目で暗闇を睨み付けながら歩き続ける。
「見付け出して、絶対に殺してやる……」
言葉と共に白い吐息が漏れている事に、スノーホワイトは気付かない。それどころか、自分の歩いた足跡が凍っている事にも、気付く事は無かった。
今はただ、確かな殺意だけがスノーホワイトを動かしていた。




