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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第2章 三本の剣

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異譚22 待機

 やっちまったなぁ。と、思いながら春花は机に突っ伏して窓の外を見やる。


 場所は学校。ただいま絶賛休み時間。


 昨日の失敗を引きずりながら、春花は学生らしく登校していた。


 昨日は結局、スノーホワイトと他の星と花の魔法少女が指導しているのを端っこで見学していた。


 アリス程スパルタでは無いものの、厳しく指導をしていた。


 褒めるところはしっかり褒め、出来ていなければ厳しく指摘する。メリハリをきちんとつけて指導をしていたスノーホワイトを見て、自分との違いを知らしめられた。


 きっと、アリスが指導するよりも、彼女達は成長している事だろう。新米の子達はやる気に満ちた顔をしていたし、他の所属であるスノーホワイトの言う事をきちんときいていて、分からない事があれば自分から質問をしていた。


 アリスは、自分が教える事に対して不向きな事を理解している。


 何回も戦いに付き合う事は出来るけれど、何処がどう駄目とかを教えるのは苦手だ。


 アリス自身が、トレーニングよりも実戦を経験して強くなったというのが大きいだろう。


 トレーニングは欠かさず行ってはいるけれど、それは自分が実戦の中で足りないなと思った部分を意識して補うために行っている。自分の足りないところは分かるけれど、他人の足りないところはまるで分からない。


 それに、アリスは強くなるにあたって誰かの力を借りた事が無い。アリスの教導役の魔法少女に教えて貰ったのも、基礎だけだった。


 彼女が亡くなってからは、全部自分でどうにかしてきた。だから、どう教えて良いのか分からないのだ。


 戦ってる間に勝手に強くなる。それがアリスの持論だった。


 一から十まで教える事なんて出来ない。アリスは、ただ強敵として立ち塞がる事しか出来ない。言わば、殴りがいのあるサンドバッグである。


 まぁ、それにしたって昨日はやり過ぎだったと反省はしている。


 異譚を経験しているのとしていないのとでは、訓練に対する姿勢や気持ちが違う。異譚に入れば様々な経験をする事になる。


 自分の弱さ。未熟さ。異譚の恐ろしさ。死への恐怖。仲間の危機。異譚の(いびつ)さ。異形の怪物。


 上げればきりがない程に、異譚で憶える感情は多い。


 春花は、もう二度とあんな(・・・)経験をしたくないから本気で訓練をしている。


 魔法の剣を生成する速度や威力の向上。近接攻撃に磨きをかけ、魔法のバリエーションを増やすべく、日々本を読んで想像力の幅を上げている。


 アリスの魔法の強みは他には無い自由さ(・・・)だ。アリスの魔法は基本的になんだって出来る。異譚のような景色にも変えられるし、自身の姿を変える事だって出来る。


 その『なんだって出来る』の範囲を広げるために日々努力をしているし、魔法だけに頼らない戦闘をするために身体も鍛えている。


どんな辛い事でもやり遂げる。それが、普通だと思っていたのだ。


 けれど、アリスの普通は様々な経験をした上での普通だ。積もり積もった経験から裏打ちされた普通であり、初心者が持ち合わせない普通である。


 立っている位置が違うのであれば、考え方も向き合い方も違う。それを、春花は理解していなかった。


 加えて、焦ってしまったというのもあるだろう。


 経験値を少しでも積んであげようと、前のめりになってしまっていた。


 誰にも死んで欲しくは無い。それが恩人の娘であれば、なおさらだ。


 まえのめりな気持ちが空回りして、昨日の様な事態になってしまった。


「向いてないのかな……」


 ぽつりと、誰にも聞こえない声で呟く。


「キヒヒ。何を落ち込んでるんだい、アリス?」


 いつの間にか、机に突っ伏している春花の頭にチェシャ猫が乗っかっていた。


「落ち込んでない。あと、僕はアリスじゃない」


「そうかい。キヒヒ」


 お決まりの問答をした後、チェシャ猫は春花の頭の上に座り込む。


 二人して、ぼーっと窓の外を眺める。


 ぼーっとしながらも、春花は今日の合同訓練のメニューについて考える。


 が、予定は未定。予期せぬ事が起これば覆される。


 長閑(のどか)なお昼休みに、けたたましいアラームが鳴り響く。


 教室に魔法少女は春花とみのりしかおらず、二人は殆ど同時に携帯端末を確認する。


「……?」


 が、アラームが鳴っていたのはみのりの携帯端末だけであり、春花の携帯端末のアラームは鳴っていなかった。


「わ、わたし、行ってきますね! 先生によろしく伝えておいてください!」


 みのりが慌てた様子で教室を後にする。


 アラームも鳴った。みのりも慌てた様子で教室を後にした。つまり、異譚が発生したという事に他ならない。


 であるのに、アリスに召集がかからなかった。


 少しして、春花の携帯端末に沙友里からメッセージが届く。


『春花は待機』


 短く、それだけ送られてきた。


「チェシャ猫」


「キヒヒ。分かったよ」


 春花の意図を察してか、チェシャ猫が姿を消す。


 春花は教室を後にして、人気(ひとけ)のないところへ行ってから沙友里に電話を掛ける。


 ワンコールで沙友里が電話に出れば、春花は間髪入れずに沙友里に問う。


「待機ってどういう事ですか?」


『言葉通りだ。今回は待機。命令は以上だ』


「必要無いんですか?」


 何が、とは言わない。


 それは、沙友里も分かっている。


『現状、異譚侵度は最低のDだ。範囲も狭い。お前が必要な場面は無いだろう』


「どんな異譚でも最大限の警戒をすべきです」


『それは分かっている。だが、過剰戦力という言葉もある。申し訳無いが、今回ばかりは待機だ』


 いかに異譚が油断ならないと言っても、最低ランクの異譚侵度Dに英雄を出す訳には行かない。それに、全てアリスが行ってしまえば後人が育たなくなってしまう。それはつまり、春花の言う英雄が一人だけではいけないという言葉に反する。


 けれど、自分が即座に出られる位置で待機をしているだけで、有事の際の援護が楽になるのは確かだ。


「納得できかねます」


『してもらう。これは命令だ。……お前の気持ちも分かるが、お前が出ればそれだけで魔法少女十数人分の費用(コスト)がかかる。それは説明しただろう?』


「待機だけであれば問題無いはずです。それに、僕はお金なんて要りません。それに、僕にお金はかからな(・・・・・・・)()はずです」


 春花はお金のために戦っている訳では無い。お金が必要なのは分かっているし、春花も対策軍との取引(・・)に利用している。


 けれど、春花が戦う理由の根幹ではない。


『……お前との約束(・・)は護っている。だが、あれはあくまで金銭の授受は発生している。お前が無償で活動している訳では無い。それに、お前が給料を受け取らなかったら、無償で戦う献身を下の者にも強いる事になる。そうなれば、困るのはお前じゃない。下の者達だ。それは分かっているだろう?』


「……それは……分かってますけど……」


 英雄であるアリスが無償で戦う。それはまさに英雄のような行いだけれど、その行いには大きなデメリットがある。


それが内々に留めて置けるのであれば良いだろうけれど、情報にはいつだって漏洩(リーク)の恐れがある。


 アリスが無償で戦っていると知られれば、英雄であるアリスが無償で戦っているというのにそれよりも下の魔法少女が金銭を受け取っているとなれば、少なからず世間から反感の目を向けられる事だろう。


もちろん、そういう目を向けない者も居る。アリスが特殊なだけで、命懸けで戦っているのに報酬が無いという事の異常さに気付ける者も居る。


けれど、そんな者達だけではない事はアリスも良く知っている。きっと、アリスが無償で戦っているとの情報が漏洩すれば、下の者もそれを強要される事になるだろう。


 だからこそ、正当な報酬としての金銭の授受が必要なのだ。春花の独り善がりのために、そこをなあなあにしてはいけない。


 最強の魔法少女を使うのに、異譚侵度Dでは過剰戦力になる。そのために、アリスに多額の報酬を払うのはコストパフォーマンスが悪い。


 全部、春花も分かっている。


「……なら、せめて本部で待機だけさせてください」


 春花の請うような言葉に、沙友里は春花を案ずるように返す。


『今回、後詰には朱里に待機してもらうつもりだ。お前は、気にせず授業を受けていて良いんだぞ?』


 春花は、まるでそれが正しいかのように、異譚に積極的に関わろうとするきらいがある。


 それは年頃の少年が抱くには重すぎる積極性であり、傍から見れば異常にも取れる。


 それが、沙友里には心配で仕方が無い。まるで、死に急いでいるように見えてしまう。


「……お願いします」


 春花は電話越しに頭を下げる。


 困らせているし、迷惑をかけているというのは分かっている。けれど、異譚にはもしも(・・・)がある。それが春花には恐ろしいのだ。


 電話の向こう側で、沙友里が深く溜息を吐く。


『……分かった。カフェテリアで待機。それで良いな?』


「はい。ありがとうございます」


 お礼を言って、春花は即座に電話を切った。電話の向こうで沙友里が何かを言っていたような気がするけれど、カフェテリアに着いてからで良いだろう。


 踵を返して、春花は教室へ向かう。


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