異譚59 再・原始獣人
大理石の街をイェーガー達は駆け抜ける。
時折背後に銃を撃ち、追い縋るナニカを斬り捨てながら、必死に脚を動かす。
「わー……すんごい数。どーするー?」
「退避だ退避だ! 退け退けお前等ー!」
イェーガー達を追うのは、毛むくじゃらな獣人。大きな鉤爪を振り回す姿に知性は感じられず、その思考能力と精神性は獣のそれに近しいだろう。
一体一体は別に脅威ではない。このメンバーでなくとも十分に倒せるくらいの強さだ。
だが、この手の敵が持つ最大の武器は個の強さでは無く、数の暴力である。
剣を持った獣人の後を追っていた時、咆哮とも呻きとも取れる音が街中に響き渡った。その音が聞こえて来た途端、何処からともなくわらわらと獣人達が現れたのである。
流石に数の暴力に真正面からぶつかる火力を持っていないので、イェーガー達は退きながら数を間引いているところなのである。
「ドロシーとイェーガーは我の上に乗ると良い」
「サンクス!」
「わんっ!」
「あんがと!」
トトを抱えたまま、ドロシーはライオンの背に飛び乗り、イェーガーは長銃を撃ちながらライオンの背中に飛び乗る。進行方向を気にしなくて良いので、イェーガーは後ろ向きに座り距離を詰めて来る敵を撃ち続ける。気分はゲームセンターのシューティングゲームである。
『いやぁ、うじゃうじゃですね。気持ち悪いですね』
「だねー」
「いや呑気か。罠である程度倒せると思うけど、この数は流石に削りきれねぇぞ?」
即座に出現させられるトラバサミや落とし穴を幾つか出現させ、獣人の足止めをする。
「……てか、こいつ等どっかで見た事あると思ったら、あれだ。漁港んときの原始獣人って奴らだ」
イェーガーも異譚のレポートには目を通しているので、目の前の獣人達がアリス達が漁港で戦った原始獣人である事に気付く事が出来た。
記録でしか知らないが、あの時はアリスの十八番である『執行』を使う事が出来たので楽に倒す事が出来ていたようだけれど、要救助者が居るかもしれない可能性を考えると大技で雑に倒す事も出来ない。
「げんしじゅーじん?」
「ああ。原始獣人」
「えー? どぅーゆぅーこぉーとぉーん?」
「なんで英語みたいな発音で言うんだよ。知能低い奴らって意味だよ」
『概ね間違えてはいませんが、的確ではありませんね。原始獣人とは――』
走りながら、つらつらと原始獣人について説明をするイヴの言葉に耳を傾ける事無く、イェーガーは原始獣人を撃ち抜きながらドロシーに訊ねる。
「ドロシー、なんか策あっか? このままじゃあの剣使いのとこまで行けねぇぞ?」
「うーん……竜巻?」
「辺り一帯ふっとばす気か! 却下だ却下!」
「うー……イェーガー、ガトリング出せ?」
「狩人がガトリングなんざ使うか!」
『むっ、お二人共。イヴの説明をしっかり聞いていましたか?』
「「聞いて無い」」
『むぅ! イヴがせっかく丁寧に説明をしていると言うのに、聞いていないとは何事ですか!』
「わんっ!」
『トトもそうだそうだと言っていますよ!』
「いや、トトは集中しろと言っておるのだが……」
退避している間にもわちゃわちゃと騒ぐ三人に、思わず呆れてしまうライオン。
「でも、どーするー? ずっと逃げる訳にもいかないよねー?」
「そうだな。猿でも呼ぶか?」
「野ネズミもいるよねー」
ドロシーにはイヴ、ライオン、案山子、トト以外にも召喚できる存在が居る。アリス程自由な召喚では無いけれど、それでも数の有利を覆す事が出来る便利な魔法だ。
だが、この数の差を覆す事が出来る程の軍勢では無い。
「わん、とぅー、すりー……数足りねー」
相手を指差しで数えるも、直ぐに数えるのを諦める。それほどまでに相手の数が多いのだ。
「せめてスノーかニコイチが居りゃぁなぁ……」
「無い者強請りだねー」
「わーってるよ。しっかし、だとしてもどーっすかだよな」
喋りながらも相手を一撃で沈めているイェーガー。イェーガーの狙撃によって原始獣人は近付く事すら出来ていない。それでも、この状況だっていつまでももつわけでは無い。
状況も敵も遅滞を許さない。
「――っ!! まぁ来るよな!!」
その殺気にいち早く気付いたイェーガーは、即座にさっきの方へ銃口を向ける。自分達の上空。ライオンの進路を予想した奇襲攻撃。
「甞めんなッ!!」
剣使いの獣人を視界に収めると即座に引き金を引く。
「ガァッ!!」
剣使いの獣人は咆えながらイェーガーの放った銃弾を斬り捨てる。
「ちっ、相変わらずイラつく奴!!」
難無く銃弾を斬り捨てられて苛立つイェーガー。
だが、上からライオンを斬り付けようとしていた剣使いの獣人を、イェーガーの銃弾の威力である程度押し返す事が出来た。結果、剣使いの獣人の奇襲は失敗した。
それでも現状に進歩は無い。イェーガー達は依然走る脚を止める事は出来ないし、敵の数が減ったわけでは無い。
「どーするー?」
「どうするも何も、このまま戦い続けるしかねぇだろ!」
まだうじゃうじゃと湧いて出て来る原始獣人達。脚を止めれば即座に囲まれるので、走りながら戦闘を続けるしかない。
「イヴ、行けるか?」
『問題ありません。前衛は任せてください』
「ねー、オレは何すれば良いー?」
「お前はとにかく走れ! なんかあったら言うから!」
「分かったー」
「ボクはー?」
「お前は使えそうな広範囲攻撃を考えとけ! 流石にこのままじゃジリ貧だぞ!」
「分かったー」
「……お前等本当に分かってんのか?」
いまいち分かって無さそうな返事をする案山子とドロシーに不安を覚えるイェーガー。
だが、二人の事を気にしている余裕も最早無い。剣使いの獣人は、ぐんっと膝を曲げると獣の脚力で一気に距離を詰めて来る。
四足歩行のライオンの方が本来は速いのだけれど、イヴと案山子に速度を合わせているため、剣使いの獣人には追い付かれてしまうのだ。イヴと案山子も通常の魔法少女よりは脚が速いのだけれど、それでも獣の速度には敵わない。
刺突の構えで突っ込んでくる剣使いの獣人。そんな獣人に目もくれず、イェーガーはその後ろから迫る原始獣人を間引く。
剣使いの獣人はこの一団での一番の脅威をイェーガーと捉えているのか、その切っ先はイェーガーに向けられている。
剣使いの獣人は恐るべき獣の脚力で、一瞬にしてイェーガーに肉薄する。
その切っ先がイェーガーを貫こうとする刹那、大斧がその剣を弾く。
『やらせはしませんよ』
「――ガァルァッ!!」
攻撃の邪魔をしてきたイヴに、剣使いの獣人は咆える。
「うるせぇ」
間髪入れず、短銃で剣使いの獣人を撃つイェーガー。
しかし、剣使いの獣人は軟体動物を思わせる動きで無理矢理に身体を曲げて銃弾を回避しながら、その動きの流れでイヴに剣を振るう。
『おっと』
軽い調子でイヴは大斧で剣を防ぐけれど、大斧と剣の衝突音は凄まじく、音だけでその威力を窺い知る事が出来る程だ。
それでも、イェーガー達に臆した様子は無い。
「イヴ、そのまま頼む。あたしは隙を見て撃ってくから」
『了解です』
指示を出している間にも、幾度となく轟音が鳴り響く。
このまま戦っていても問題は無い。だが決定打が無い。
逃げながらで良い。焦らずにこの剣使いの獣人を確実に倒す策を考える必要がある。
それと並行して、この異譚の異譚支配者を捜す必要もある。剣使いの獣人が異譚支配者かとも思ったけれど、異譚侵度Sの異譚支配者としては、あまりにも弱すぎる。恐らくは、人型と同等の存在なのだろう。
なんにせよ、面倒な相手である事に変わりは無いのだけれど。




