異譚57 影の女悪魔
祝500万PV突破
嬉しい限りです。ありがとうございます。
モチベと体調の維持に四苦八苦してますが、頑張ります。
人間。地球上で最も繁栄している種族。彼等は生態系の頂点であり、人間以外の動植物を摂取して生きている。
同種を捕食する事は殆ど無い。そういった趣向を持つ者や、例外的状況でも無い限りはそんな禁忌を犯す事も無い。
だが、上位者である彼女にはそんな事は関係無い。人の姿をしている彼女だけれど、彼女の正体は人間では無いのだから。
「人間程様々な感情を持つ者は居ないわ。複雑化した喜怒哀楽は魂と身体に沁みつき、他の動物では味わえない深みを与えてくれるの」
うっとりと悦に浸るように顔を綻ばせる。
「一人一人味が全く違うのよ? 甘さの中に刺激があったり、苦みの中に優しさがあったり、誰一人として同じ味が居ないの。一人食べるたびに思うの。人間って、本当に誰一人として欠けてはいけないくらい大切な存在だって」
彼女はゆっくりと立ち上がり、先程の愉悦を消し去った笑みでアリスを真正面から見据える。
「だからね、私と共生を選ばなかったアナタは邪魔なのよ。それに、他の異譚も邪魔なのよね~。獣混じりに、破壊に脳をやられた暗黒。存在するだけで人を殺す厄災。どいつもこいつもろくな存在じゃ無いわよね~。本当、私みたいにもっと人間を大事にしないと~」
「戯言を言わないで欲しい。貴女は人間を大事にしてる訳じゃない。貴女が大事なのは自分の欲求。その欲求に人間が必要なだけ」
「それは人間も同じ事でしょ? 貴女達だって家畜を大事にするじゃないの~。大事に大事に育てて貰った牛さん豚さんは美味しかったでしょ~? それと同じ事よ。私と同じ事をしてるのに、自分達が同じ事をされるのは嫌なの? それって、すっごく傲慢な考え方だと思わない?」
小首を傾げて可愛らしい仕草で挑発をする彼女。
アリスは一瞬口を開くと、直ぐに口を閉じる。
「あら? 反論無し? ぐうの音も出ない?」
口を閉じたアリスを見て、笑顔で煽る彼女。
けれど、煽られたアリスは苛立った様子も無く、静かな口調で口を開く。
「確かに、私には反論の余地は無い。安定的にお肉を食べる為に牛を育てているのは事実だし、それを間違いだと主張する人達も居る。貴女の言う通り、その立場が逆転してから異を唱えるのは傲慢な事だと思う」
瞬きする間に一瞬で大量の剣が生成され、その切っ先は全て彼女に向けられる。
「けど、人では無い貴女に倫理を問われるいわれはない。人の問題は、人が解決する。貴女はただ、死んで異譚を畳めば良い」
人の間で起こった問題は人同士で解決すべきだ。それに、彼女の言っている事は解決では無い。立場が変更するだけであり、根本的な問題の解決は行われていない上に、彼女が行っているのは侵略行為でもある。そんな事を許容できる訳が無い。
「うふふ、それはそうよね~。それもまた、私にとってはぐうの音も出ない正論よ」
人の輪に居ない者の言葉など到底受け入れられる事なんて無い事は彼女も分かっている。
だが、彼女は上位者。人の輪に入れない事に落胆も無ければ、人の輪に入ろうと思う事も無い。何処までいっても彼女は管理者であり、人と同列に扱われる事の無い上位者なのだ。
「さてさて、それで~? 時間稼ぎはもう大丈夫かな~? そろそろ、私と戦っちゃうの? 私としては、このままもっとお喋りしてたいんだけど」
当然、時間稼ぎをしていた事には気付かれているとは思っていたので彼女の言葉に驚きはない。
だが、まだピアノを弾いていた女性の救助が終わっていない。彼女は今も恐怖に震えながらアリス達を見ている。
「マーメイド、行ける?」
「……もち……」
「サンベリーナ、マーメイドに付いて行って」
「わ、分かったよ!」
サンベリーナはアリスのポケットからマーメイドの頭に移動すると、ぎゅっと髪の毛を掴んで振り落とされないようにする。
「あら~、楽しいお喋りはもうおしまいなのね。残念。もっとお話してたかったな~」
「別に楽しくは無い」
「私は楽しかったわ。何せ、人と話をするのも随分と久し振りですもの。それに、楽しくお喋りをした方が食事も捗るものでしょう?」
「貴女との食事も、お喋りも、楽しくはない」
「そう? 残念」
しょんぼりと肩を落とした彼女だったけれど、態度とは裏腹にその目は好戦的である。
「それなら、本来の異譚を執り行うとしましょうか。私は戦いが苦手だから、平和的解決の方が良かったんだけどね~」
「それなら今すぐ異譚を終わらせて。それで全部解決」
「それは無理よ。私は異譚支配者であって、異譚の管理者では無いのだから」
「……? それは、どういう意味?」
「あはっ、それは自分で考えて? 私も、言い過ぎるとお兄ちゃんに怒られちゃうから」
笑みを浮かべたまま、彼女はぱちんっと指を鳴らす。
直後、彼女の背後に幾つもの三角錐が現れる。だが、その三角錐には底面が存在せず、底の開いた底面の方をアリス達に向ける形で展開されていた。
底の開いた三角錐からは青黒い煙が噴出し、瞬く間に煙は凝固して猟犬へと変わる。
「そう言えば、自己紹介して無かったわよね。私は無粋な他の神々とは違うから、ちゃーんと自己紹介しちゃうわよ」
そう言っている間に、ゆっくりと彼女の姿が変化していく。
バキバキと音を立てながら、背中から蝙蝠のような翼が生る。綺麗だった髪は幾つかの束となり触手のように蠢き、黄金の瞳は人のそれから大きく逸脱したモノへと変貌する。
ニヤリと大きく裂ける口は口内の様子が伺えず、その先は途方も無い永遠を彷彿とさせるだけであった。
人間に近い姿ではあるけれど、人間よりも悍ましく、見るだけで得体のしれない恐怖を覚える。
「私の名前はマイノグーラ。敬意を込めてお姉ちゃんと呼んでも良いし、妹を思うように親しみを込めてマイノグーラって呼んでも良いわよ」
にこりと笑みを浮かべながら、彼女――マイノグーラはアリスに向けてぴっと指を向ける。
「好きなように呼んでね、アリス」
直後、猟犬達がアリスに殺到した。
「お断り」
言葉と攻撃の返礼に、アリスは剣を射出しながら、マイノグーラへと一直線に突撃する。
「あら、悲しいわ~」
よよよっと泣き真似をしながら、マイノグーラは触髪でアリスの射出した剣を弾き、同時に背後のステンドグラスを割り、外へと移動する。
「マーメイド、サンベリーナ! 救助者をお願い!!」
「……了解……」
「あ、アリス! 気を付けてね!」
二人に指示を出すだけ出して、アリスは返事も聞かずにマイノグーラを追いかけた。
要救助者を助ける為に時間を稼いでいたけれど、もうその必要も無い。それに、気にするべき周りも居ない。
異譚同士が衝突するタイムリミットもある。時間稼ぎをする必要が無い以上、こんなところでちんたらしている訳にもいかない。
手早く済ませる為にも、アリスは即座にアリス・エンシェントへと変身する。
「本気で叩く」
致命の大剣を構えながら、踊るように空を飛ぶマイノグーラへ肉薄した。
寛容植物『私は自己紹介の機会を奪われただけですが?』
ネタバレ猫『キヒヒ。そうだね』




