異譚55 動物的な答え
謎の襲撃者を撃退した後、イェーガーはドロシー達の待つ建物の中へと戻った。
「戻ったか。無事で何よりだ」
「おう」
わざわざ出迎えてくれたライオンの顔をわしわしと撫でてから、イェーガーはドロシーの元へ向かう。
「倒して?」
「無い。逃げられた、悪い」
「悪い事無いんじゃなーい? イェーガーのお陰で怪我人無しだったんだからさー」
案山子の言う通り、いち早くその存在に気付いたイェーガーの初動が早かったお陰で、こちらの被害はゼロ。誰も怪我をせずに済んだ。
『そうですよ。お手柄ですイェーガー』
「わんっ!」
「トトもそう言っとる!」
「あんがとな」
褒められて照れ臭そうにしながら、トトの頭を撫でる。トトは嬉しそうにへっへっと息をしながら舌を出す。
「しかし、ワシの鼻と耳はともかく、イヴのレーダーにも引っ掛からぬとはなぁ」
『そう! それですよ! まったく気付かなかったです。魔力探知もしていたはずなのに』
「暗かったけど、姿は視認出来た。ただ、戦闘中も音は全然しなかったな……毛とかまったく無かったけど、獣人みたいな相手だと思う」
獣人。獣の力を持つ人型の異譚生命体。人型の異譚生命体ではあるけれど、知能が低い者も居れば高い者も居る。
今回の相手の場合は恐らく知能が高い。その上、あの身のこなしと剣で銃弾を叩き切る動体視力。高い知能と獣の能力。それだけで厄介な相手だ。
獣人とは思うけれど、見た目はよく言う獣らしさは無いように思った。
全身に体毛は無く、黒と黄色の斑紋が全身に見られた。
相手の動きは柔軟、という言葉では無理があるくらいには動きはぐにゃぐにゃだった。まるで、背骨が無いような動きだった。
イェーガーが遠距離主体なのと攻勢に出ていため、その軟体を活かした攻撃を仕掛けてくる事は無かったけれど、相手が攻勢に出ていたらイェーガーも防戦を強いられていた可能性が高い。
「次戦うなら、イヴかライオンが前衛で、隙を見付けてあたしが一発ぶち込むのが妥当だろうな」
『分かりました。リーチ差はイヴの方がありますので、イヴが前衛を担当します』
「頼む」
『ではそのように。それ以外に、まだ何か報告はありますか? 些細な事でも構いません』
「それ以外? ……あぁ、あと、匂いは多分臭かったぞ。戦ってる最中になんか、すっげぇ嫌な匂いがした」
イェーガーがそう言えば、ライオンはすんすんっと鼻を鳴らす。
「ふむ……なるほど。この街に来た時からずっと感じておった悪臭の正体はコレか」
「へ? そんな匂いしやがる?」
すんすんっと鼻を鳴らして匂いを嗅いでみるドロシー。イェーガーもこの街に来た段階では感じとる事は出来なかった。獣人を撃ってからその悪臭を認識したくらいだ。
「ワシの鼻で確認出来る程度だな。害も無い上に匂いの元をたどる事も出来ぬから、報告はしなかったが……まさか敵が匂いの元だったとは。不覚である」
「仮に臭ぇのが分かってたところで、今の襲撃は完全に予想外だっただろ」
『そこが一番気になるのですが、その予想外の襲撃をどうして感知出来たのですか? ライオンよりも五感が優れている訳でも無い上に、イヴのようにレーダーを持っている訳でも無いですよね?』
もっともな質問をイェーガーに投げかけるイヴ。自分の性能以上の察知能力を発揮したイェーガーに興味津々の様子である。
「あ? 殺気感じたろうがよ」
『え? 殺気?』
「ワシより動物的な答えだの……」
「オレは何も感じなかったよー?」
「わんっ!」
「トトもそうだってー」
なんてこと無いように言うイェーガーに困惑する一行。
「殺気……むーん。分からん」
ドロシーも難しい顔をするけれど、結局分からなかったようである。
その姿を一目見た時に敵意を感じとる事は出来たけれど、姿や気配が無い時から殺気や害意などという強い思念を感じ取る事は出来なかった。
「他はともかく、ライオンは感じ取ってたろ?」
「うむ。だがワシも、イェーガーよりも遅れて感じ取ったな」
野性を備えているライオンですら、窓を割られてからその殺気を感知する事が出来た。相手も相当上手くその気配を隠していたはずだ。気付くのが遅れた分、イェーガーが居なければ対応するまでの時間に確実に犠牲者が出ていたはずだ。
イェーガーの並外れた察知能力と、遠距離武器による精密狙撃があってこその被害無しという結果である。
「お前、都会に慣れ過ぎたんじゃね?」
「うむ。そうやもしれぬ」
イェーガーに言われ、そう言えば最近家でぐーたらする日々だったなと、自身の出不精を反省するライオン。
「今度から、定期的に野山を駆けるとしよう」
「で、通報されるまでがオチだよねー」
「ぐぬぅっ……それを言うでない」
嫌な事を思い出して顔を顰めるライオン。
運動不足だなぁと感じた時にランニングをしようと街に繰り出したは良いものの、街中にライオンが居る事自体が異常事態な訳で、あえなく通報されてしまったのだ。ドロシーがアメリカでも人気の魔法少女であり、ライオンの存在も広く知れ渡っているけれど、それでも『もしも』がある。
ドロシーのライオンですか? と聞きに行って齧られてはたまったものでは無いので、ライオンを見た通行人が通報をしたという次第である。
『ともあれ、音も匂いも魔力もダメ、となると索敵は難しいですね』
「どっちに逃げたかは大体分かるぜ」
『でしたら、とりあえずその方向に進むとしましょう。我々を欺くために遠回りをした、という可能性もありますが、手掛かりが無い以上は愚直に追っていくしかありませんからね。それでよろしいですか、ドロシー?』
「うい!」
『では、早急に此処を発ちましょう。イェーガー、ライオンは少しでも違和感を覚えたら直ぐに報告をお願いします』
「おう」
「うむ」
いつまた敵が襲って来るとも限らない。一般市民が居るこの場では大胆な戦闘は出来ない。どうせ戦うのであれば、誰の邪魔も入らない場所が良い。
「ほじゃ、出発!」
「わんっ!」
ドロシーとトトの元気な掛け声と共に、一行は獣人の襲撃者の後を追った。