異譚54 渦巻く闇
姿無き破壊者の後を追うは良いものの邂逅する事は無く、姿無き破壊者が暴れたであろう破壊跡のみを確認する事が出来たくらいだった。
だが僥倖な事に住民達が集まる一時避難場所に辿り着く事は出来た。皆怯えきっているけれど大した怪我も無い。
一時避難所を纏める魔法少女に話を聞いたところ、異譚生命体の姿は無く、遠くで一度だけナニカが家屋や物を手当たり次第に破壊している様子は伺えたらしい。
やはり、何故ソレが暴れているのかは分からないようだった。
「手詰まり、とまでは行かないけれど……」
「情報」
「皆無」
何がしかの情報は得られると期待していたけれど、彼女達の持つ情報量はスノーホワイト達と変わらないものだった。
「……此処に居ても仕方無いわね。行きましょうか」
「りょう」
「かい」
一時避難所で出来る事は殆ど無い。当初の予定と変わらず、姿無き破壊者の行方を追う事にする。
何人か手の空いている魔法少女が居れば即席チームを依頼しようと思ったけれど、手が空いている者は居ないようだったので変わらずこの三人で異譚支配者と戦う必要がある。
準備をする時間があるだけまだマシであろうけれど、情報が集まらない事には意味が無い。少なくとも、相手の姿形さえ分かればどういった攻撃をしてくるのかの予想もつくのだろうけれど、それも分からないとあれば正直お手上げだ。
時間の猶予が無いのは分かっているけれど、ある程度情報を集めてから戦闘をしたい。そんな甘い考えがスノーホワイトの中にはあった。
そんな甘い考えで、異譚を攻略出来ない事なんてスノーホワイトが一番良く分かっていると言うのに。
「――ッ!?」
甘い考えを見透かすように、最悪のタイミングでその魔力を感知する。
避難所として使用されているのは異譚に巻き込まれた小学校の体育館。その直ぐ近くに突然魔力を感知する。
魔法少女達は即座に警戒態勢に入る。スノーホワイト達も即座に体育館から飛び出し、反応のある方へ向かう。
魔力を感知したのは校庭。
暗闇の中にあってもなお闇は深まり、周囲の温度が急激に低下する。
バサバサと大きな羽ばたきの音が幾重にも重なって響き渡る。
羽ばたきの音は更に増え、増大し、暗闇や更に濃く渦巻いて行く。
底冷えする暗闇の中、それは確かに姿を現した。
それは、一つ闇の塊だった。一目見ただけで心の奥底の恐怖心を煽る、渦巻く闇。
見た目はただの渦巻く闇の塊。恐ろしい程の魔力ではるけれど、恐怖を掻き立てる見た目では無い。今までの異譚で幾つも生理的嫌悪や恐怖を掻き立てる見た目をしていた異譚生命体とは相対した。姿形の分からぬ闇は不気味ではあるけれど、生理的嫌悪や恐怖を覚える事は無いはずだ。
にもかかわらず、見ただけで心底から恐怖を覚える。動悸が早まり、呼吸も荒くなる。早くこの場から逃げ出したくなり、気を緩めれば後退ってしまいそうになる。
恐らくは相手の固有の能力なのだろう。見た者の恐怖心を刺激する。単純だけれど、非常に厄介な能力。
先程遠くから観察していた時には今のような恐怖を感じる事は無かったので、ある程度の輪郭を捉えた相手に恐怖を与えるのだろう。
拳を握り締め、スノーホワイトは敵を睨み付ける。
「なるほどね。遠くから視認できない訳だわ……」
「もやもやだから」
「もわもわだから」
渦巻く闇はその見た目から暗闇と相性が良い。暗闇に溶けるように存在しているので、視認する事が難しいのだ。遠巻きに観察して姿形を捉える事が出来なったのも頷ける。
「二人は補助をお願い。私がメインで戦うから」
「「了解」」
渦巻く闇が攻撃を仕掛けるよりも速く、三人は攻撃を仕掛ける。
ヘンゼルとグレーテルがキャンディケインに跨って空を飛び、中~遠距離からスノーホワイトを援護する態勢を取る。
「先手必勝」
スノーホワイトは下から上に腕を振り上げる。腕の動作に合わせ、生成された氷が渦巻く闇を貫こうと迫る。
渦巻く闇はスノーホワイトの氷を真正面から粉砕しながら、スノーホワイトに襲い掛かる。
後方に弾きながら氷の礫を撃ち出しつつ、氷の壁を作って相手の移動を妨害する。
しかし、氷の壁は容易く破壊され、移動速度もまた衰える事は無い。
「そんな簡単じゃ無いわよね……ッ!!」
渦巻く闇の破壊力は凄まじい上に、どういう攻撃かも検討が付かない。闇に触れた瞬間に押し負けて砕けたようにも見えるので、力押しをしているだけのようにも思える。
「ばびゅーん」
「ぼびゅーん」
スノーホワイトが渦巻く闇と一定の距離を保てるように、ヘンゼルとグレーテルも上空から援護を行う。
棒状のプレッツェルが渦巻く闇を貫こうと豪速で飛来する。
棒状のプレッツェルは狙い違わず渦巻く闇に向かうけれど、渦巻く闇から噴出された闇の奔流と真正面から衝突して叩き折られる。
それでも、ヘンゼルとグレーテルは絶えず攻撃を行う。
「ボンボン」
「バンバン」
通常の攻撃と同時に、渦巻く闇の背後にキャンディの爆弾を投下する。双子が出したお菓子の武器は双子の意志で動かす事も出来る。
プレッツェルの槍とスノーホワイトの攻撃に気を取られていたのか、渦巻く闇は背後に落ちるキャンディ爆弾に気付く事は無かった。
「「ぼんっ」」
投下されたキャンディ爆弾が爆発し、炎熱と衝撃波をまき散らす。
『――――――――ッ!!』
直後、渦巻く闇は声にならない絶叫のような音を上げる。
元々不定形であった身体が更に歪み、悶えるようにジタバタする。
明らかにヘンゼルとグレーテルの攻撃が通っている。理由は分からないけれど、この機を逃す手は無い。
出力を最大にし、広範囲に氷を放とうとしたその時――
「――なっ!?」
――渦巻く闇がぐにゃりと歪み、弾けるように霧散する。
広範囲攻撃かと思い、自身の前に氷壁を展開しながら後方へ下がる。
ヘンゼルとグレーテルもまた、霧散する闇の範囲外に逃れる。
幸いにして霧散した闇の範囲も狭く、威力も大した事が無かったので三人共負傷する事は無かった。
相手の追撃を警戒するけれど、想定していた追撃は無く、そもそも目前にあったはずの強大な魔力反応も急速に遠のいて行っていた。
「……退いた?」
遠のいて行く気配に警戒をするけれど追撃は無く、渦巻く闇の気配も察知できない範囲まで遠のいた。
「逃げた?」
「退いた?」
ヘンゼルとグレーテルも渦巻く闇が撤退したと判断して降りて来る。
「多分……」
渦巻く闇が消えて行った方向を睨みつけながら、スノーホワイトは一旦肩の力を抜く。
「どうして退いたのかしら……」
「我々の」
「強さに」
「「慄いた!!」」
どやっと無い胸を張るヘンゼルとグレーテル。
「そうだと楽なんだけどね」
スノーホワイトもヘンゼルとグレーテルも本気の火力では無かったけれど、ことごとく攻撃は防がれてしまっていた。
キャンディ爆弾の衝撃は凄まじいけれど、撤退する程の深手を負わせる威力では無かった。近くに一時避難所があるので、三人は出力を抑えざるを得なかったのだから。
明らかに、何か別の要因があって撤退したように思う。
「……もしかして、炎が苦手とか? あの爆発って火が出るわよね?」
「出てる」
「出してる」
「そうなると、熱、もしくは光が苦手って事にもなるのかしら」
正直、先程の一撃だけでは確証は得られない。もしかしたらという可能性程度の話である。
ヘンゼルとグレーテルの死角を突いた攻撃がたまたま有効打だっただけかもしれないし、血も何も出ていないのでアレが痛がったゆえの反応なのかも分からない。だが、有効打を与えられていなくとも、撤退を選んだのは事実。渦巻く闇が撤退をするだけのナニカがあったはずなのだ。
「はぁ……もし炎が苦手だったなら、アリスやロデスコと変わりたいわね」
「激しく」
「同意」
スノーホワイトの愚痴にヘンゼルとグレーテルもうんうんと頷く。
相性が合っているのであれば、交代するのも一つの手だろう。実際に相性が悪い時には相手を交代する事は良くある。通信する事も、異譚の外に出る事も出来ないので、今回に限って言えばそれも難しいけれど。
「次に接敵したら、キャンディ爆弾で攻撃してみて。それで怯んだら、絶対零度をお見舞いするから」
「「了解」」
「それじゃあ、情報を共有してから後を追いましょうか」
推測が正しければ、完全に相性が良いとは言えないけれど有効打を見付けた事になる。それに、敵の姿を確認する事も出来た。戦う上で必要な情報だ。
体育館で警護をしていた魔法少女達に先程の戦いで得た情報を共有してから、三人は渦巻く闇の後を追う。
相手の情報を得る事は出来た。弱点かもしれないモノも分かった。
それでも、スノーホワイトの不安は拭われる事は無かった。