異譚52 四方八方
最近投稿ペース遅くてすみません……
精神的に疲弊してるので、ちょっとペース落ち気味になります
冷たい炎に覆われた街は濃厚な魔力が満ちており、アシェンプテルの魔力感知に頼れず、シュティーフェルの鼻と耳も冷たい炎に燻された匂いと、パチパチと焼かれ弾ける音に邪魔されて拾いにくくなっている。
こんなに炎が広がっているのだから、炎の異譚支配者の時と同じようにクレーターが出来ていて、そこに異譚支配者が居る可能性も考えたけれど、それにしては建物は綺麗に残っているのでその可能性は無いだろう。
一応空に飛び上がって確認をして見たもののそれらしい姿は無かった。
住民の気配も無ければ、敵の気配も感じられない。
なんの進展も無いまま歩を進めていると、不意に何かの気配を感じる。
「ん? あ、人! 人です!」
シュティーフェルが音を拾い、音の方に意識を向ければ、そこには冷気を放つ炎の中を歩く人影があった。
「大丈夫ですか? お怪我とかありませんか?」
シュティーフェルが心配そうに声を掛ければ、その人影はゆっくりとシュティーフェルの方を向く。
普通の見た目をした、普通の人間。特におかしいところは無いけれど、それがこの場に置いて異常である事は直ぐに理解できた。そして何より、その目を見ればその者が尋常ならざる者である事は明白であった。
その直後、人影が手をかざす。
「シュティーフェル!!」
人影がかざした手から炎が放たれる。
即座に、ロデスコはシュティーフェルの前に入り込み、炎を纏った具足で炎を蹴り裂く。
「人型!! 全員警戒!!」
「了解よ~!」
「了解です!」
短く指示を飛ばし、ロデスコは冷気を放つ炎を避けながら人型に肉薄する。
迫るロデスコに、人型は冷静に炎を放つ。だが、ただの炎では無い。先程のようにある程度の指向性を持っただけの炎では無く、放たれた炎には形があった。
「――ッ!!」
槍のように鋭く尖った形をした炎は、ロデスコ目掛けて豪速で迫る。
だが、豪速で迫った炎の槍でさえもロデスコは華麗な足捌きで蹴り壊す。
「独創性ゼロ点!! マンガ読んで出直しなさい!!」
相手の攻撃に評価を下しながら、ロデスコは人型を一蹴。上半身と下半身が永遠にさようならをして、人型は絶命する。
炎が槍の形になったのは驚いたけれど、自由度の高い魔法はアリスの十八番である。アリスの魔法に慣れているロデスコにとって隙を晒す程の驚愕は無い。
人型が活動を停止した事を確認してから、ロデスコは二人の元へ戻る。
「人型が居るのね。まだ居るかもしれないから、気を付けないと」
「そうね~。厄介な相手だものね~」
人型は他の異譚生命体よりも攻撃の手段が豊富な上に、知能も高く狡猾だ。危険度の高い異譚では出て来て欲しく無い相手だ。
「って、言ってる傍からです!」
ぴこぴこっとシュティーフェルの耳が動き、人型の足音を拾う。
「チッ、面倒臭いわね。さっきと同じで、シュティーフェルはアシェンプテルを護――」
「あ、え……?」
ロデスコの指示を聞きながらも、人型の音を拾っていたシュティーフェルが、困惑したように目を見開いて耳をぴこぴこさせる。
「どうしたの~?」
「あ、ま、まずいです! まずいです!」
慌てたように声を上げるシュティーフェル。
そんなシュティーフェルから答えを聞く前に、ロデスコも遅まきながら異常に気付く。
「マジ……?」
冷気を放つ炎の奥に見える人影。
「あら~……」
アシェンプテルもそれに気付き、困ったように声を漏らしながら周囲を見渡す。
人型は一体とは限らない。二人居る時もあれば、三人居る時もある。経験上、それは理解していた。
だが、今回ばかりはその理解の上をいかれたと言わざるを得ないだろう。
「どーすんの、コレ……」
珍しく冷や汗を垂らしながら、ロデスコが乾いた笑みを浮かべる。
冷気を放つ炎の奥から人型が姿を現す。一人、二人、三人、四人、五人、六人――と数えてみたところで、ロデスコは相手の数を把握するのを諦めた。
何せ、人型は全方位、そこかしこから姿を現しているのだから。
人型の姿は老若男女様々で、見た目の特徴ですら統一性は無かった。
三人を囲うように現れ、ゆっくりと歩み寄る人型達。
「な、何人いるかも分かりません! すっごい一杯居ます!」
人型は留まる事を知らずその数を増やす。他の雑音が邪魔しているのもあるけれど、シュティーフェルの耳では細かく捕捉する事が出来ないくらいには数が居る。
正直言えば、ロデスコ一人だけであれば何とか出来る。その自信がロデスコにはある。
だが、シュティーフェルとアシェンプテルを気にしながらでは上手く戦えない。攻め手の多いアリスや、撤退しながら攻撃出来るイェーガー、広範囲攻撃を持つスノーホワイトやヘンゼルとグレーテルであれば何とか対処出来るはずだ。
だが、ロデスコは近距離特化。周囲にプロミネンスを発動させる事は出来るけれど、それも近距離に毛が生えた程度の射程しかない。
「二人共、アタシに掴まって」
そう言いながら、ロデスコはアシェンプテルとシュティーフェルの腰に腕を回す。
そして、二人の返事を待たずに即座に上空へ飛び上がる。
「きゃぁっ!!」
「にゃぁっ!?」
両サイドから悲鳴が上がるけれど、ロデスコは無視して空を飛んで人型の集団から距離を取る。
一瞬の逡巡も無く、ロデスコは撤退を選んだ。
この数の人型を相手取るのに、シュティーフェルでは経験と技術が足りない。止む無く戦うにしても、一度撤退して対策を練ってからにするべきだ。
「チッ……本当に面倒な異譚に割り振られたわね、まったく」
悪態を吐きながら、ロデスコは追撃を警戒しつつ人型集団からぐんぐん距離を離していく。
「あちゅっ、あ、あちゅい~!」
「し、尻尾が! 尻尾の先に火が!」
両サイドから聞こえてくる悲鳴に申し訳無いと思いながらも、ロデスコは速度を落とす事は無かった。