異譚51 殺意
大きな外壁に純白の尖塔が立ち並ぶ街並みをイェーガー達は進む。
「随分と豪華な街並みだな」
『見たところ、御影石と大理石のようですね。随分と丁寧な造りのようです』
「こんな美しい街並みだというのに、異譚とはな……残念なものだ」
心底残念そうにこぼすライオン。
「そうだねー。冒険するのに退屈しなさそうだねー」
「冒険なら今してんだろ。なぁ、トト」
「わんっ!」
尻尾をぶんぶん振って、可愛らしく吠えるトト。
「てか、トトって戦えんのか?」
「無理だね」
「うむ」
「戦えないねー」
『戦闘力は皆無ですね』
「……なら連れてこない方が良かったんじゃねぇか?」
イェーガーがもっともな事を言えば、ドロシー達は数秒の沈黙の後、そろって声を上げた。
「「「『確かに!!』」」」
いつも一緒に居るのが自然だったので気付くのが遅くなったけれど、トトに戦闘能力は皆無であり、決して異譚に連れて来て良い存在では無かった。
もっとも、トトはドロシーが召喚しているので、異譚の魔力に侵される事は無いので異譚生命体になる心配はない。
「な、なんで来たー? トト、危ないぞ?」
ドロシーがトトを抱き上げて言うけれど、分かっているのか分かっていないのか、トトはわんっとしか答えない。
彼等はドロシーの居る位置に来る事は可能だけれど、元々居た位置に戻る事は出来ない。
そのため、この場所からトトを元居た場所に戻す事も出来ない。
「もう、仕方ないな」
仕方ないのでドロシーはトトを抱っこしたまま進む事にした。
「大丈夫か?」
「へーき」
とは言え、両手が塞がっていては戦いづらいのはまた事実。
『ドロシーはイヴから離れないように。トトもじっとしていてくださいね』
「らじゃっ」
「わんっ!」
イヴの指示に、一人と一匹は元気良く答える。
「つっても、敵の気配がひとっつもねぇなぁ……」
「うむ。音も匂いもせぬな」
慎重に進んでいるけれど、拍子抜けするくらいに敵の気配は一切しない。
『いえ、僅かですが遠方に反応があります。避難はちゃんと出来ているようですね』
イヴの探知範囲はライオンより広い。レーダーを欺瞞するような相手には匂いで感知出来るライオンの方が探知能力は上なので、どちらも替えの利かない能力である。
「なら、一旦そっちに向かうか」
「敵探したほーが良い?」
「いや、情報共有した方が良いだろ。何か知ってるかもしれねぇし」
『イェーガーの意見に賛成です。タイムリミットはありますが、焦って行動を起こすよりも冷静に事を進めるのが無難です』
「らじゃ。イヴ、案内担当大臣に任命する」
『了解です』
イヴが先頭を歩き、人の反応のある場所へと先導する。
イヴが先導をする間、一行は一切気を緩めていなかった。いつ敵の襲撃があっても良いように、常に周囲を警戒していた。
にも関わらず、襲撃は一切無し。微かに獣のような匂いをイェーガーとライオンが感じとるものの、一行の前に姿を現す事は無かった。
「まじ、拍子抜けするくらい何も無かったな……」
「そうだねー」
一行は一度の戦闘も無くイヴが生体反応を探知した場所へと到着していた。広めの建物の中に人々は集められており、先に突入していた魔法少女達が警護と情報収集を行っていた。
建物内にぱっと目を通した感じだと大きな怪我をしている者は居なかった。そもそも、怪我をしている者が殆どいない。怪我をしていたとしても、擦り傷程度である。
『確認しましたが、こちらも戦闘は無かったそうです。怪我人は居ますが、パニックになって転んでしまった程度らしいですね』
イヴが事情を確認したけれど、やはり戦闘は行われていなかった。
「んじゃ、あたし等は核を探しに行くか。此処に居ても出来る事ねぇしな」
「そうだね」
この場所に残ったところでイェーガー達に出来る事は無い。何せ怪我人も居なければ、敵の情報も無いのだから。
イェーガー達は核を探すために建物を――
「――ッ!!」
――即座に、イェーガーは長銃を構え、引き金を引く。そこに躊躇いは無い。相手の姿も確認していない。それでも、イェーガーはソレを敵だと確信した。
気配よりも、音よりも、匂いよりも、何よりも速くソレを感知したからだ。
殺意。純粋な、まごう事無い殺意。
その殺意を誰よりも早くイェーガーは察知した。
壁の上部にあるはめ殺しのステンドグラスを割って飛び込んでくる、と同時にイェーガーの弾丸がそれを撃ち抜く。
「グァッ……!?」
間髪入れずにイェーガーは連続で引き金を引いて、建物に入ろうとしていたそれを銃弾の威力で建物の外へと押し出す。
相手にとっても、こちらにとっても、初撃は予想外だった。イェーガーの弾丸は剣で防がれ、相手は初撃を与える事も出来ずに建物の外へと追いやられた。
「イヴ!!」
『了解』
いつの間にか手に持っていた大斧の側面にイェーガーを乗せ、大きく振り上げる。
弾丸のように宙を飛び、割れた窓から外へと躍り出たイェーガーは、即座に敵の姿を探し、視認した瞬間に躊躇いなく銃弾を撃ち込む。
イェーガーが撃ち込んだ弾丸を敵は全て剣で弾く。
「チッ……! アニメじゃねぇんだぞ!」
とは言うけれど、朱里は変身しなくても弾丸を避けられた事があるし、アリスには実際に弾丸を切られた事があるので、アニメじゃなくてもそういう事が出来る者が居る事は理解している。百発百中を自負しているイェーガーとしては防がれるのも避けられるのも面白く無いけれど。
尖塔の外壁に着地し、そのまま蹴り付けて敵に肉薄しながら短銃を乱れ撃つ。業腹だが、上手く狙っても相手に防がれる。防がれるのであれば、身体に当てる事だけを考える。
距離を詰め、右手の短銃での点の攻撃では無く、左手のソードオフショットガンで面の攻撃を浴びせる。
「グゥッ……!!」
今まで点の攻撃だったものが、面の攻撃へと切り替わった事に敵は虚を突かれる。流石に散弾を防ぎ切る事は出来ずにいくつも被弾するけれど、散弾のために狙いも定まっておらず致命打には至らない。
「……グァッ!!」
撃ち抜かれた事に怒りの咆哮を上げながらも、敵はイェーガーとの戦闘を諦めたのか、後方へ大きく跳躍した。
そうして、屋根の上を跳び回り、一度イェーガーを忌々しそうに睨みつけてから遠ざかって行く。
「逃がすかッ!!」
長銃を構え即座に引き金を引く。
正確無比に弾丸は敵へと迫るけれど、敵は即座に振り返って迫る銃弾を斬り捨てる。防がれる事は分かっていたので、二撃、三撃と撃ち出そうとしたけれど、敵は追撃を警戒して屋根の上では無く街中に姿を消した。
流石に、イェーガーの脚では追い付く事は出来ないだろう。それに、明らかに手練れだ。これ以上戦うのであれば、イヴかライオンの手助けくらいは欲しい。
「ちっ……深追いは禁物、だよな」
悔し気に舌打ちをしてから、イェーガーは敵が逃げた方を睨み付けた後、建物の中へと戻った。




