異譚50 姿無き破壊者
スノーホワイト達の入った東の異譚は普通の市街地だった。
寒く、夜の街よりも更に暗く、空に光の輪が浮いている事以外は普通の市街地だ。
「……ねぇ。気のせいじゃ無かったら、音楽聞こえないかしら?」
スノーホワイトにそう言われ、ヘンゼルとグレーテルは耳に手を当てる。
「確かに」
「聞こえる」
微かにだが音楽が聞こえる。
なんだかよく分からない音楽。明るいようで暗くなって、悲しいようで楽しくなる。聞いているだけでどこか不安になる。
「なんで音楽なんて……」
異譚であれば何が起こってもおかしくは無いけれど、こんな気味の悪い音楽が流れるなんて初めての事だ。
「ヘンゼルの方が上手」
「グレーテルの方が上手」
「貴女達、演奏出来るの?」
「カリンバなら出来る」
「テルミンなら出来る」
「……本当に出来るの?」
あまり馴染みの無い楽器を言われ、本当に演奏出来るのか疑問に思うスノーホワイト。
「帰ったら聞かせる」
「リサイタルする」
「そう。なら、私も久し振りにピアノでも弾こうかしらね」
スノーホワイトはピアノ教室に通っていたのでピアノが弾ける。童話の魔法少女は楽器を演奏できる者の割合が多く、詩、朱里、笑良、白奈、アリスは楽器を演奏する事が出来る。
全員の技量的にも小さな演奏会を開く事が出来る。
とはいえ、それも無事に帰れたらの話である。
「ストップ。なにか聞こえる」
遠くの方から聞こえてくる破壊音。
戦闘音とはまた違う、ただの破壊がもたらすだけの音。この音には嫌と言う程聞き覚えがある。異譚に居れば、嫌でも聞く音だ。
「行きましょう。二人は飛んでついて来て」
「「らじゃらじゃ」」
ヘンゼルとグレーテルはキャンディケインに乗り、スノーホワイトから少し距離を離して追随する。
この三人であればアタッカーはスノーホワイトで、ヘンゼルとグレーテルはそのサポートをする形になる。サポートであるヘンゼルとグレーテルは多少スノーホワイトから離れた位置に居る方がやりやすい。
慎重に、しかし迅速に、三人は音の方へと走る。
徐々に大きくなる破壊音に三人の緊張感は高まる。
そうして、確かに音が聞こえる程の位置まで辿り着くと、三人は物陰に隠れて音の正体を確認する。
隠す気も無い程に強大な魔力をまき散らしながら、街中で暴れるナニカ。これほど強大な魔力をこの距離に近付くまで感知出来なかった事に驚くけれど、原因は恐らくこの寒さと暗闇だろう。
異譚外部よりも低い気温と、夜の闇よりも濃い暗闇。異譚にて発生したこれらの異常には魔力が多分に含まれており、その魔力の影響で魔力探知をしづらい状態になっているのだ。
驚きを理解で消し飛ばし、スノーホワイトは破壊者を注意深く観察する。この魔力の濃さだ。向こうもスノーホワイト達を識別は出来ていないだろう。
「……二人とも、見える?」
「見えぬ」
「見えず」
「そうよね……」
その光景の違和感に、スノーホワイトは二人にも確認するけれど、二人からもスノーホワイトと同様の答えが返って来る。
ナニカが暴れ回っているのは分かる。家やコンビニ、電柱が破壊されているのを確認出来る。だが、何が暴れているのかが分からないのだ。
暗闇のせいで見づらいだけかとも思ったけれど、暴れている者のシルエットすら確認できない。
白黒の異譚の時のように半透明、という訳でも無いように思う。
「どうする?」
「どうする?」
「……いったん、様子を見ましょう」
相手の姿が見えない事には、戦おうにも戦えない。
行き当たりばったりで戦うには戦力も乏しい。刻限はあるけれど、慎重に行動するのが吉だろう。
そうして付かず離れずで様子を見ていると、不意に破壊行動が止む。こちらの存在に気付かれたかと胆を冷やすけれど、強大な魔力反応はバサバサと羽音を鳴らしながら徐々に遠ざかって行った。
「……行ったみたいね。二人共、もう一度確認するけど、相手の姿は確認出来た?」
スノーホワイトがそう確認するけれど、二人はふるふると首を横に振る。
最後まで破壊している所を見ていたけれど、物が壊れるところは確認出来ても、何がどうやって壊しているのかは分からなかった。
「そう……。姿も分からなければ、なんで暴れてたのかも分からずじまい、か……」
アレが暴れていたのは分かるけれど、暴れていた理由までは分からない。
「一応、暴れてたところも確認しましょう」
「おけ」
「まる」
三人はナニカが暴れていた場所に向かい、破壊跡を観察する。
正体は掴めずとも、せめて何が理由で暴れていたのかくらいは確認しておきたい。
壊された家。電柱。アスファルト。自動販売機。様々な物が破壊されている。そこに統一性は無く、破壊具合もバラバラだ。共通点も特に思い至るところはなく、あるのはただ純粋な破壊の痕跡のみ。
「何か手掛かりになりそうな物は見つかった?」
「全然」
「皆無」
両手でバッテンを作って報告をするヘンゼルとグレーテル。
「手掛かり無しね……そうなると、行動原理や目的がさっぱり分からないわね」
大体の異譚生命体にはその行動に対して目的があるものだ。本能に従う動物的な者も、人間と変わらぬ知能がある者も、その行動の先には目的がある。
だが、この破壊跡からは何も分からない。ただ破壊されているという事くらいしか分からないのだ。
とはいえ、目的が分かったところであまり意味は無い。今回のように閉じられた異譚では住民を逃がす事も出来ないし、相手の目的に則した囮作戦を使っても意味は無い。
本当に知りたいのは相手の特徴だ。どういった形で、どういった攻撃をしてきて、どういった性質を持っているのか。それが分かれば、ある程度の対策は立てられる。
が、その形跡も今回は確認できない。
最強の行き当たりばったりであるアリスが居ないので、相手の情報を集めて慎重に準備をしてから倒すのがベストだけれど、今回ばかりはそうもいかないかもしれない。
次にエンカウントしたら戦うか。それよりも先に一緒に戦えそうな魔法少女を探して即席チームを組んでから戦うか。
「ひとまず、後を追ってみましょうか」
「「りょかい」」
此処で立ち止まっていても仕方が無い。遠のいて行った方向は分かっているので、なんとなく後を追う事は可能だ。
三人は姿無き破壊者の後を追った。




