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魔法少女異譚【書籍化決定】  作者: 槻白倫
第8章 ■■の魔道使い

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異譚49 独り善がりの英雄さん

 微かに聞こえてくる音楽を頼りに、アリス達は夜の街を歩く。


 時折現れる猟犬の相手をする事はあったけれど、それ以上の襲撃は無く、生存者との接触も無かった。


 サンベリーナとマーメイドに周囲の索敵をお願いしているけれど、生存者の気配も無い。それどころか、それ以外の生物の気配も無い。


「……音楽、近い……」


「うん」


「な、なんだか、悲しい音色だね……」


 サンベリーナ言う通り、美しい旋律ではあるけれど、何処か悲しみと恐怖を帯びた音色であった。


「それに、何度か間違えてる」


「え、そ、そうなの?」


「……うん……」


 アリスとマーメイドには分かった事だけれど、この音楽の奏者は何度かミスをしている。


曲がりなりにも音楽業界に身を置いているマーメイドは、有名なピアニストやバイオリニストと会う機会があり、その時に演奏をして貰う事もあるし、コンサートに招待される事もある。


 数々の音楽家の演奏を聞いたマーメイドをして、このピアノの奏者はかなりの腕を持っていると言わしめる程の実力である。彼、もしくは彼女。どちらかは分からないけれど、熟達した技術を持つ奏者がするにはあまりにも不可解なミスが多かった。


 マーメイドよりは聴覚が劣るアリスでも聞こえて来て、ミスの判別が出来るという事は相当近くまで来たという事だ。


 いつ何が起きても動じない心構えを持ちながら、アリスは音のする方へと迷わず向かう。


 そうして三人が辿り着いたのは洋風なお城の外観を持つ結婚式場であった。


「ひ、人の気配がするよ! そ、それもいっぱい!」


「……逆に、人以外の気配、しない……」


「魔法少女気配は?」


「な、無い、かな……?」


「……私も、確認、出来ない……」


 敵性反応が無い事も違和感であれば、魔法少女が居ない事もまた違和感である。それに加え、探知に優れた二人がこの距離まで近付かなければ気付けなかった点もまた不可解ではある。


 確実に、何かある。


「サンベリーナはポッケから絶対に出ないで。マーメイドは私から離れないで」


「わ、分かったよ!」


「……うい……」


 最大限警戒しながら、アリスは結婚式場へと脚を踏み入れる。


 広いロビーには誰もおらず、誰かが隠れているような気配も無い。


「すん、すんすん。な、なんか、良い匂いするね」


 ポケットから顔を出し、すんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐサンベリーナ。


 サンベリーナの言う通り、肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきている。肉だけでは無く、醤油やニンニク、その他スパイスのような香りもしてくる。


「料理……どうして……」


 疑問を口にしながらも、アリスはその疑問の答えを確認するために一番手近の扉を開く。


 アリスが入ったのは披露宴会場だった。純白のテーブルクロスの掛けられたテーブルと、テーブルクロスに合わせた純白の椅子が幾つも並んでおり、テーブルの真ん中には綺麗な花が活けられた花瓶が置かれていた。


 けれど、テーブルの上に料理は無い。匂いの元は此処では無い。


 披露宴会場を通り抜け、少しだけ通路を歩けば両開きの扉に行き当たる。


 迷う事無く扉を開ければ、そこは新郎新婦が愛を誓い合うチャペルであった。


 だが、チャペルには長椅子が無く、その代わりに中心にアンティーク調のテーブルと椅子が置かれていた。


 そして、そのテーブルについて優雅に食事をする女性が一人と、その奥でピアノを弾く女性が一人。


 優雅に食事をしていた女性はチャペルに入って来たアリス達に気付くと、柔らかな笑みを浮かべて迎える。


「あら。お早い到着ね」


 黄金の瞳を持つ双眸が弧を描く。


 柔和な笑みのはずなのに、その笑みからは優しさというものが一切感じられなかった。


 ウェーブのかかった黒髪に、褐色の肌。整った顔立ちに女性らしい起伏のあるボディライン。誰がどう見ても美女と言って差し支えない美貌を持っており、愛らしい見た目と雰囲気も相まって彼女が人間であるのなら、大勢の者から好意を向けられた事だろう。


 それでも、誰がどう考えても、異譚で優雅に食事をするなんておかしな話だ。彼女を目前にしても異譚生命体の気配は無いけれど、彼女がこの異譚の異譚支配者である事は間違い無いだろう。


「聞くまでも無い事だけど、貴女が異譚支配者で間違い無い?」


「うーん……早速本題に入っちゃうの? もう少しお喋りしない? 私、今ご飯食べてる最中だし」


 そう言って、彼女は優雅にナイフとフォークを使い、美しく盛り付けのされたステーキを食べる。


「う~ん、美味しい。貴女達もどう? すっごく美味しいわよ」


「いらない」


「そ? 残念。ご飯は皆で食べた方が美味しいのに」


 彼女の様子に注意を払いながら、アリスは奥でピアノを弾いている女性に目をやる。


 ピアノ奏者の女性は怯えた様子でピアノを弾き続けており、ちらちらと助けを求めるようにアリス達を見ている。


 見たところ怪我は無く、脅されてピアノの演奏をしているという事だろう。


「……近く、結構、人、居る……」


 アリスの耳元でぼそりとマーメイドが呟く。


 最優先事項は人命救助。此処でむやみに致命の極光を放つわけにもいかなければ、相手を挑発して即座に戦闘という事になるのも避けたい。


 アリスはトランプの兵(カードソルジャーズ)をチャペルの外で召喚し、各自に人を結婚式場から連れ出すように命令を出す。


「それよりも、貴女がアリスで間違いないかしら?」


「間違いは無い。私がアリス」


「そう! やっぱり! 私、貴女とお話してみたかったのよ~」


 本来であれば話す事なんて無いけれど、今は時間を稼ぐ必要がある。


「そう」


「そうそう! やっぱりね、ゲームに参加する身としては一目見たくなるものなのよ~」


「ゲーム……?」


「おっと。口が滑っちゃったわ。いけないいけない」


愛らしくてへっと舌を出すけれど、緊張感漂うこの場にはあまりに似つかわしくない。


「それはさて置き、アリスはこの世界についてどう思う? 不満とか、ある?」


「ある。異譚が出る事が不満」


「あら~? あらあら~? そうなの? そうなの? あら~」


 アリスの返答を聞き、彼女は意外そうな表情を浮かべる。


 そうして、ジッとアリスを見たかと思うと、なるほどと納得したように頷く。


「なるほど……三つ外れてコレかぁ。下二つが結構強固なのかな~? ん~、まぁ、いっか」


「いったい何を言ってるの?」


「分からないなら良いのよ。そうね。でも、一つだけ良い事教えてあげる」


 そう言って、行儀悪くテーブルに肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せて意地の悪い笑みでアリスを見やる。


「世界は貴女なんて必要として無いわよ。独り善がりの英雄さん」


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