異譚46 東の異譚
東の異譚に到着した、スノーホワイト、ヘンゼルとグレーテルの三人。
「……」
いつも物静かなスノーホワイトだけれど、今日はいつにも増して物静かであった。
異譚侵度Sだから、というのもあるだろうけれど、それ以上に異譚侵度Sの異譚にアリスやロデスコが居ない事が不安なのだ。
沙友里の采配で別けられた四人は一撃必殺を持つ魔法少女だ。アリスは言わずもがな、イェーガーも銀の弾列を持っていて、ロデスコに至っては特別な魔法は持ち合わせていないのに相手を一撃で倒せるだけの火力を持っている。
三人と同列に扱われるのは嬉しいけれど、その評価が自分の自信と伴っているとは言えなかった。
スノーホワイトもまた絶対零度という反則じみた魔法を持っているけれど、他の三人のように複数回行使する事が出来ない。使用後にも多大な魔力を消費するので継戦は殆ど不可能。
それに、性格的な問題もあるとは思うけれど、スノーホワイトは三人に比べて戦いには向いていない。
気丈に振舞ってはいるけれど、自分がヘンゼルとグレーテルを率いて異譚侵度Sを攻略する自信が無い。
「「さいしょはぐー、じゃんけんぽん!」」
それでも、リーダーを任されたのはスノーホワイトだ。どうにかして異譚を終わらせて、二人と一緒に異譚から生きて帰らなければいけない。
「「あいこでしょ!」」
だが、この三人のパーティーには回復役が居ない。大きな怪我をしても回復をする手段が無い。
「「しょ! しょ!」」
即席ではあるけれど、他の魔歩少女とチームを組んだ方が良いだろう。チームを組む事は普通だし、少数で戦うよりも勝率も上がる。
「「しょ! しょ!」」
別に、他の三人と張り合っている訳でも無い。功績よりも被害を最小限に抑えて皆で生き残る事の方が重要なのだから。
「「しょ! しょ!」」
「……さっきから気になってたけど、何してるの?」
背後でずっとじゃんけんをしている二人に、スノーホワイトはしびれを切らして訊ねる。
三人はまだ異譚の内部に入っていない。辿り着いたは良い物の、スノーホワイトが考え事をしてしまったため中に入らないでいたのだ。
「ドーナッツ」
「じゃんけん」
ヘンゼルは手に持ったドーナッツをスノーホワイトに見せる。
どうやら、最後の一個のドーナッツをどちらが食べるかをじゃんけんで決めていたようだ。
確かに、お腹が空いたからと装甲車の中でドーナッツを食べていたなと思いながら、スノーホワイトは見せられたドーナッツにかじりつく。
「えい」
「「なっ!?」」
まさか食べられるとは思っておらず、びっくりして固まる二人。
スノーホワイトは気にした様子も無く、ぱくぱくとドーナッツを食べる。
「うん。美味しい。私もお腹空いてたのよね。戦う前に少しでもお腹に入れられて良かったわ」
「む、む、むぅ!」
「ん、ん、んぅ!」
スノーホワイトの言葉に声にならない声で唸るヘンゼルとグレーテル。
ぐぎぎと歯を食いしばりながら、んがんがと音を発して互いを見て、んぐぐぐっと唸ってから渋々といった様子でスノーホワイトに言葉を返す。
「な、なら、仕方ない……!!」
「た、戦う、前だから……!!」
ぎゅっとスカートを握り締めて耐える二人を見て、流石に申し訳無くなるスノーホワイト。
「ご、ごめんなさい。出来心で、つい……」
「大丈夫……っ」
「平気……っ」
「あぁ、全然大丈夫じゃなさそう……。ごめんね? これが終わったら、何か美味しい物でも食べに行きましょう? ね?」
「うん……」
「分かった……」
「じゃ、じゃあ。ひとまず、異譚に集中しましょう。ね?」
「「うん」」
ごしごしと少しだけ滲んでいた涙を拭い、二人は頷いた。
もう二度と二人が残した最後の一個のお菓子は取らない事を決め、スノーホワイトは異譚に向き直る。
「……さて。それじゃあ、行きましょうか」
「「了解」」
三人は覚悟を決め、異譚の暗幕を通り抜ける。
「「さむぅっ」」
暗幕を通り抜けた直後、冷たい空気が三人の肌を撫でる。
スノーホワイトは氷の魔法を使うくらいなので寒さに強い。少しヒヤッとするなくらいで特になんとも思わなかったけれど、ヘンゼルとグレーテルは寒さに身を震わせる。
「大丈夫?」
「鳥肌立つ」
「鼻水出る」
ずびびっと鼻を啜るヘンゼルとグレーテル。
魔法少女はある程度は環境に適応出来る。暑さや寒さにも耐性は出来るのだけれど、その耐性を持った二人が鼻水を垂らしてしまう程の寒さ。
「肌を刺す寒さ。それに……」
ぐっと暗幕に手を当てる。普段であれば通り抜けられるはずなのに、手のひらに返って来るのは確かな抵抗。
「……出られないわね」
「コート欲しい」
「毛糸のパンツも」
「アリスが居れば出して貰えたんでしょうけどね……」
外に出られない事には、装備を整える事すら出来ない。
スノーホワイトは氷しか出せないので寒さ対策は出来ない。また、風が吹きすさんでいるせいで寒い訳でも無いので、遮蔽物を用意したところであまり意味が無い。
「せめてロデスコが居れば暖を取れたんでしょうけど……」
『アタシ暖房代わり!?』
脳内でロデスコがツッコミをするけれど、イマジナリーロデスコに構っている場合では無い。
「私は平気だけど、他の魔法少女も身体を冷やしているはず」
「ぱんぴーも」
「がくぶるだ」
「一般人は耐性なんて無いものね」
魔法少女が耐えられない程の寒さで一般人が耐えられる訳が無い。
「このまま此処でじっとしてても仕方ないわね。先に進みましょう」
「「うい」」
返事をして、ずずっと鼻を啜るヘンゼルとグレーテル。
「私が先頭を行くから、二人は後ろね」
「ケツは任せろ」
「守護ってやんよ」
「ありがとう。……なんでお尻?」
何故お尻を任されてくれたのかは分からないけれど、三人は前へと進む。
「……今思ったけど、探知系も補助系も居ないわね」
「たし」
「かに」
グレーテルは蟹のポーズを取るけれど、後ろを見ていないスノーホワイトは気付いていない。
しょんぼりしながら蟹のポーズを止めるグレーテル。
「この暗さだと、二人に空を飛んでもらう訳にもいかないしね……」
暗いけれど、普通の市街地だと言う事は分かる。異譚にしてはあまりにも普通の景色だ。
だが、異譚では何があるか分からない。この暗闇の中で二人に飛び回って貰うのはあまりに危険だ。
「時間はそんなに無いけど、ゆっくり進むしかないわね……」
「安全第一」
「ご安全に」
「そうね。出来る限り周囲を警戒しながら進みましょう」
「「頑張る」」
むんっと力こぶを作る二人だったけれど、前を見ているので気付かないスノーホワイト。
見て貰えない事にしょんぼりしながら力こぶを作っていた腕を降ろす二人。それすらも、スノーホワイトは見ていなかったので、しょんぼりしながら顔を見合わせた。