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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第2章 三本の剣

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異譚20 死にハ肆な烏賊ラ

 休憩を終え、訓練場に戻って来たアリス。


 御通夜のような空気は少しは良くはなったけれど、未だに空気は重い。


 アリスは出しっぱなしにしていた椅子に座り、停止させていた猫を動かす。


「じゃあ、開始」


「ちょちょちょちょーい!」


 即座に訓練を再開しようとするアリスに、向日葵が慌てて待ったをかける。


「なに?」


「なに? じゃないですよ! この御通夜みたいな空気に対して何かこう、言葉をかけるとか無いんですか?」


「必要?」


「……一応、君の後輩のせいでもあるんだけど?」


「でも、事実だから意気消沈してるんでしょ?」


 特になんの感情も見せる事無く、アリスは言う。


「あの子の言い方は悪いけど、言ってる事は間違ってない」


「それは……そうだが……」


「逃げるために戦うのか、護るために戦うのか、倒すために戦うのか。目標と目的を持って訓練をするのは大事。その姿勢が自分達にあったかどうか、それは自分でも良く分かってると思う」


 逃げて適当に魔法を撃って、それで強くなるのであれば誰も苦労はしない。


「正論を言われてやる気を無くすくらいなら、魔法少女なんて辞めれば良い。どうせ死ぬだけだから」


 今までで一番冷たい言葉を放つアリス。


 だが、優しさと甘やかしをはき違えてはいけない。甘やかすのは、きっと彼女達の先輩がやってくれる事だ。けれど、突き放すように冷たく真実を伝えられるのは、アリスなど他の所属の魔法少女だ。それこそ、アリス程の実績を持つ者であれば尚更、その役を買って出る他無い。


 アリスであれば、心を鬼にする必要は無い。そもそも、嫌われている自覚はある。これ以上嫌われたところでアリスは困らないし、むしろ都合が良い。


「そんな言い方しなくても……」


 誰かが、ぽつりと呟く。


 落ち込んだような、悲しいような、そんな目がアリスに向けられる。


 そんな中、夏夜が真剣な表情でアリスに言う。


「アリス。事実を教えるという行為自体は正しいと、私も思う。それと、もう少し真剣に向き合うべきだったとも反省している。だから、そんなに突き放すように言わないで、もう少し寄り添うように教えてあげて欲しい。真実も、正しく伝えなければその人を傷付ける言葉になってしまう……」


 夏夜の言っている事は、アリスも理解できる。


 言い方、タイミング、語調。伝え方次第では、真実も時に相手を傷付ける言葉になりかねない。アリスもイェーガーも正しく伝えられた訳では無い事は理解している。


 しかして、アリスは悠々とアンティーク調の椅子に座りながら紅茶を飲む。まるで夏夜の言葉が響いていない様子のアリスを見て、他の者は少しだけ眉根を寄せる。


「アリスちゃん。アリスちゃんがどうしてそんなに冷たい態度を取るのか、私はずっと疑問でした。今も、その態度の理由は分かりません。けど、アリスちゃんが本当は優しい人だって事、私は知ってます」


 向日葵がアリスに歩み寄り、アリスの傍で腰を落としてにこりと笑顔を向ける。


「異譚で私を助けてくれた時も、ぶっきらぼうながら心配してくれましたよね? アリスちゃんは冷たいように見えるだけで、本当は優しい人なんだって、その時初めて分かりました。それと、誰よりも人を死なせたくないと思っている事も」


 アリスの戦い方を見ていれば、敏い者は気付くだろう。


 アリスは、いつだって派手に(・・・)戦闘をしている。目立つように、敵に警戒されるように、その強さを惜しみなく発揮している。


 誰もが本能でアリスが危険だと思うように、アリスを警戒させるように、アリスに視線が集まるように戦っている。


 アリスに注目や戦力が集中するという事は、他がその分手薄になるという事であり、アリス以外の負担が減るという事でもある。


「だから、ちょっと違うやり方をしてみませんか? アリスちゃんが人気者になったら、私、とても嬉しいです」


 にこにこと屈託の無い笑みを浮かべる向日葵。


 少しの間を置いて、アリスは向日葵と夏夜を見やる。


「……この子達、実戦経験ある?」


 唐突な質問に困惑しながらも、二人はアリスの質問に答える。


「……? ……(うち)はまだです。哨戒任務だけは一緒にやってますけど……」


(こっち)もまだ初出撃(デビュー)前だよ……けど、どうして?」


「そう」


 一つ頷いて、アリスは新米魔法少女達を見やる。


「……なら、私が間違えていた」


「え?」


 まさかアリスが非を認めるとは思わず、誰かが思わず声を漏らす。だが、動揺しているのは全員同じであり、どういう事なのかと周囲の者と視線を交わす。


 アリスは立ち上がると、椅子もサイドテーブルも、敵役の猫すらも消す。


「そう……無かったの、実戦経験」


「アリスちゃん……?」


「最初に聞いておくべきだった。これは、私の失態」


 アリスは踵を返し、全員から遠ざかる。


 そして、ある程度距離を取ったところでアリスは立ち止まる。


「実戦経験も無しに実戦を意識しろだなんて無理な話。だって、体感していないのだもの。つまり――」


 アリスが振り返る。


 直後、アリスを起点にして景色が変わる(・・・・・・)


 地面は赤黒く染まり、血管のような(くだ)が浮き出るように地面の下で脈打つ。


 瓦礫が積み上げられ、地面を這うように火が(くすぶ)り、壁から天井にかけて無数の多種多様な(ありとあらゆる)目が開眼し魔法少女達を凝視する。


「――知らないんだ、恐怖を」


 直後、アリスの身体が変化する。


 空色のエプロンドレスは黒く染まり、引きずる程にスカートの丈が伸びて放射線状に地面に広がる。


 肌は灰色に変わり、目元を完全に覆い隠すほど髪が伸び、鮮やかな金色の髪は黒く染まりぼさぼさに荒れ果てる。


 無数の錆びた鎖が地面から飛び出し、アリスの身体を厳重に拘束する。まるで拘束を嫌がるように、服の中のナニカ(・・・)が怪しく蠢く。


 (いびつ)で大きな妖しい光を放つ王冠が天から降り、アリスの顔を完全に覆い尽くすようにして戴冠がなされる。


『なら、教えテあゲル』


 地の底から響くような熱を忘れた声音。


 それと同時に、アリスから放たれる圧倒的な魔力(プレッシャー)


 その異様、その魔力、その光景。誰が知らずとも魔法少女(彼女)達は知っている。


 全員の背筋が凍る。新米魔法少女達は、アリスが何に成ったのかが分からずとも、恐怖で脚が震えている。


『絶望も、恐怖も、自分の弱サモ、全部教えてアゲル』


 アリスが身体を揺らす。服が盛り上がり、長いスカートの裾が生き物のように蠢く。


 直後、うねるアリスの身体から幾つもの触手が飛び出る。


 その光景を見た新米魔法少女達は大小様々な悲鳴を上げる。


 蛸のように吸盤の付いた触手。動物の牙や爪が幾つも生えたような触手。人体で構成されたような触手。機械的な触手。植物的な触手。様々な触手がまるで意思を持つかのように自由に宙をうねる。


『……サァ、まずは、自分ノ現在地を知ロウ。大丈夫……』


 無数の触手が魔法少女達に向けられる。


『ナニガ()ってモ、死にハ()烏賊(いか)ラ……』


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― 新着の感想 ―
[良い点] 烏賊 [気になる点] 烏賊 [一言] 烏賊 は置いておいて、こういう風な恐怖体験ブートキャンプって、アリス的にはあまりやらなそうでちょっと意外な感じがする。 それにしても鬼軍曹から閻魔大…
[一言] やっぱり魔法少女は異譚であり、アリスは異譚支配者かそれに近い存在であることがよくわかる 上位層にはそういう想定もありそう
2022/08/11 06:25 退会済み
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