異譚44 お肉
驚かす事に成功して嬉しいのか、両手を上げて喜びを表現するルーシー。
「わーい、やったったやったった! みーんな驚きでーす!」
喜ぶルーシーを見て、ようやっと自分達を驚かしたのがアメリカの魔法少女ルーシー・ジェラルドだと気付き、更に驚きを加速させる。
「る、ルーシー!? なんでアンタが此処にいんの!?」
「ぽ? おー、それはそれは悲しい理由です」
朱里が驚き混じりに訊ねれば、ルーシーは悲しげな表情を浮かべて返す。
「ボク、ライブに来たんだですね。したら、休止言い渡されました。慰安ライブですのにね」
ルーシー・ジェラルドは魔法少女をしながら歌手活動をしている。詩と同じような活動だけれど、ルーシーの方が精力的に歌手活動をしておりライブの回数も多い。
ルーシーはアトラク=ナクアによる被害の慰安ライブを行うつもりだった。会場は確保できたのだけれど、復興中につきどこも余裕が無かった。慰安ライブなのでチケット料金は取らない。が、そうなるとパニックが予想される。ルーシー程の知名度と人気を誇ってしまうとライブ会場の外にまで人が集まってしまう。
警備会社の方も余裕が無いし、大きな被害の後は治安が悪くなるのは世の常だ。方々で窃盗やら強盗が相次いでいるので、警察に依頼する訳にもいかない。
その他諸々の事情を加味して、今回の慰安ライブは中止と言う事になってしまったのだ。
「KA・NA・SHI・I!! とっても悲しいのですね、ほんとに」
歌う事が大好きなルーシーはライブを行う事が出来ずにしょんぼりと肩を落としている。
「あんたにとっては不幸だろうけれど、あんたが日本に来てた事はあたし達にとっちゃ幸運だわな」
異譚侵度Sの異譚だ。手練れの魔法少女が一人でも欲しい。
ルーシーの説明でルーシーが日本に居る理由には納得出来た。だが、朱里には納得できない事が一つあった。
「てか、アンタ絶対コイツが居る事気付いてたでしょ?」
ルーシーが奇声を上げて出て来てもアリスは驚いた様子が無かった。いつも通りすんと澄ました表情だったのを朱里は見ている。
朱里に言われ、アリスはこくりと頷いた。
「うん」
「なんで言わなかったのかしらぁ?」
アリスへ距離を詰め、頬を引っ張る朱里。完全にブリーフィングに集中していたので、驚き過ぎて女子らしからぬ野太い声を上げてしまった。
「しーって、されたから」
最初からルーシーが居る事には気付いていたけれど、ブリーフィング中にソファの後ろに居るルーシーが気になり、ちらりとルーシーを見やればルーシーはいたずらな笑みを浮かべてしーっと人差し指を立てて口元に持って行った。
内緒にしててと言う事だろ理解して、アリスは黙っている事にした。まさか奇声を上げて皆をびっくりさせるとは思わなかったけれど。
「アンタ、絶対部屋に入った時点で気付いてたでしょうが! 普段居ない奴が居たらもっともらしいリアクションしなさいよ!」
「あぁ、だからアリス、部屋に入って来た時にちょっと目を見開いてたのね……」
納得、と、白奈は一人頷く。白奈の言う通り、アリスは部屋に入った時点でルーシーの存在に気付いており、まさかルーシーが居るとも思っていなかったので思わず目を見開いて驚いたのだ。
「ふんっ、まぁ良いわ。驚かした事は気に食わないけど、アンタが居てくれたら心強いもの」
乱暴にアリスの頬を離し、朱里はしょんぼりしたままのルーシーに言う。
アリスは引っ張られた頬をラッコのようにむにむにとさする。
「再会の挨拶が済んだなら、ブリーフィングを続けるぞ。さ、皆ちゃんと座ってくれ」
沙友里にそう言われ、驚いてソファから転げ落ちたままだった少女達はソファに座り直す。ルーシーは同じチームになる珠緒の隣に座る。
「とはいえ、現状では何にも分からない異譚が四つ。前情報が欲しいところだが……残念な事に今の今まで情報は無い。いつもならとっくに情報を受け取っていてもおかしくは無いんだが……」
「こちらも端末を確認してますけど、更新された情報は無いですね。写真だけじゃ無くて、文面でも報告が無いのは異常です……」
「考えられんのは、あの白黒の異譚ときみたいに入ったら出られない、って可能性だよな」
「あとは、入った瞬間に電波を遮断されるとかね~。異譚あるあるよね~」
「海上都市の異譚支配者みたいに、見ただけで石化させるとかもありますから」
「わ~。未知数ってやつだすね」
様々な可能性を視野に入れる為に、各々が思い至った可能性を提示する。
「……っと、情報の更新が来たな」
可能性を考えている間に新しい情報が追加され、直ぐに沙友里は情報を確認する。
「……はぁ。これまた厄介だな。すまない皆。ブリーフィングは切り上げる。直ぐに異譚に向かってくれ」
「緊急事態?」
「異譚侵度Sなんだから緊急でしょーよ」
「更に緊急事態って事」
茶化す朱里に、むくれながら返すアリス。
「ああ。異譚の拡大速度が早過ぎるようだ。このままだと、明け方には四つの異譚の中心の地域は異譚を通らないと避難が出来なくなってしまう」
「って事は、異譚同士が衝突するって事?」
「このまま拡大を続ければ、恐らくは……」
「い、異譚同士が衝突したら、ど、どうなるのかな……?」
「前例は無い。だから、どうなるかは未知数」
『予測される結果では、同種の魔力による衝突であれば吸収合併という形になるはずです。ですが、別種の魔力による衝突であれば反発しあい、周囲に魔力波と衝撃波を生みだすでしょう。霧散した魔力は異譚と言う指向性を失うので、無秩序に暴れ回る事でしょう』
突如としてこの場に居ないはずの者の声が聞こえてくる。
聞こえて来たのは、ルーシーからだった。
「お、来てたの? ロボ畜生」
『来てましたよ。それと、ロボ畜生は悪口ですので止めてください』
「えー? にほんごむつかちい」
そう言いながら、ルーシーはポケットから携帯端末を取り出す。
携帯端末には一人の少女が画面一杯に映し出されていた。が、いわゆる実写の見た目では無かった。画面に映し出された少女はリアルに再現はされているものの、3DCGのキャラクターだと分かる。
「久し振り、イヴ」
『お久しぶりです、アリス』
イヴと呼ばれた画面の中の少女は、礼儀正しくアリスにお辞儀をする。
イヴ。アメリカが開発した人工知能――が、どういう訳か魔法少女に選ばれた世界にたった一人の人工知能魔法少女なのである。アリスとはまた別の唯一無二な存在とも言える。
『お肉な皆さんもお久しぶりです。笑良さんは、また一段とお肉になりましたね』
「それどういう意味かな~!?」
『あと、初めましてのお肉もいますね。初めまして。超最強スーパーエリート人工知能のイヴです。どうぞお見知りおきを』
「は、初めまして」
餡子とは初対面になるので、餡子に挨拶をするイヴ。
イヴの事を知らなった餡子は随分困惑した様子である。
因みに、餡子は以前と変わらぬくらいに声を出せるようになっているので、今回の作戦も参加が可能なのである。
「超とスーパーが重複してる……」
『それだけスペシャルと言う事です。とにかく、今回観測された異譚は四つとも別種の魔力を持っています。それも、異譚侵度Sという超高濃度の魔力です。一つでも接触したら最悪ですが、四つ全てが接触したら超超超超最悪です。シミュレーションでは、辺り一帯が消し飛ぶ程の威力を算出しています。お肉が挽き肉以下になってしまいます』
「その例えはともかく、説明ありがとう、イヴ。イヴの言う通り、たった今同じような内容の報告が私の方にも送られて来た。一刻の猶予も無い。直ちに異譚へ向かってくれ」
沙友里の指令に、全員が「了解」と威勢良く返事をする。
『イヴはルーシーお肉と珠緒お肉のチームに入りますね』
「ああ、頼んだぞ」
『お任せあれ。沙友里お肉』
ぱちっと可愛らしくウィンクをするイヴ。
「お肉……」
だが、お肉と言われた沙友里は微妙そうな顔をした。思わず自身のお腹周りに手を当てそうになり、それどころでは無いと直ぐに思い直すのであった。




