異譚42 ピクニック
「ピクニックに行かない?」
とある天気の良い土曜日。朝御飯を食べながら、春花は朱里と朱美にそう提案してみた。
「ピクニック?」
「うん。天気も良いし、気温も丁度良いから。外で皆で食べたら、楽しいかなって思って」
「良いんじゃない? 母さんはどお?」
「うん。ピクニック、行きましょ」
朱美も乗り気なのか、少しだけわくわくした様子で頷く。
「分かった。じゃあ、準備するね」
そうして、突発的だけれどピクニックをする事に決まった。
春花と朱美はお弁当を作り、朱里は近場の自然公園を探した。
お弁当を作り終われば、三人は朱里が選んだ自然公園へと向かった。
「お、来たね」
「来た来た」
「待った待った」
「お~い、こっちこっち~!」
「場所取りしておきましたよ~!」
到着して直ぐ、春花達は声を掛けられた。
「は?」
声を掛けられ、朱里は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
「お待たせしました」
「大丈夫さね。こっちも今来たところだからね」
「そーそー。さっき着いて、ばってレジャーシート広げたばっかだよ~」
「え、ちょ、ちょっと待って! 春花! これどーいうこと!?」
「……あれ、言ってなかったっけ?」
「何も聞いておりませんが!?」
「菓子谷家の皆さんとご一緒ピクニックです」
「ああそう! 別に一緒は一緒で構わないんですけど、事前に教えてくださるかしら!? びっくりするから!」
春花の言った通り、今回のピクニックは菓子谷家が一緒だ。朱美にはお弁当を作りながら事前に伝えていた。大丈夫かと聞けば、朱美は『うん。頑張ってみる』との事だったので、それを聞いて満足してしまっていた。
確かに思い返してみれば、朱里に菓子谷家の皆さんと一緒だとは伝えてはいなかったように思う。
「ごめんね?」
「……良いわよ、別に。ちょっとびっくりしただけだから」
と言う割には少しだけ不服そうに見えるのは、果たして春花の気のせいなのか。だが、これ以上突っ込んで聞いても怒らせるだけになってしまうというのは分かっているので、それ以上突っ込んで聞く事はしなかった。
「さて、揃った事だしご飯にしようかね」
お婆さんに言われ、春花達もレジャーシートに座る。
春花達が持って来たお弁当は重箱であり、菓子谷家が用意したお弁当も重箱である。
ただ、料理のレパートリーが被らないように、春花達は洋食を作り、菓子谷家の方では和食を作って貰っている。
「「「「おぉ~!!」」」」
重箱の蓋を開ければ、菓子谷家の子供達は目をキラキラさせて声を上げる。
「それじゃあ、いただきます」
「「「「いただきま~す!!」」」」
「「「いただきます」」」
菓子谷家の子供達は元気良く、春花達は物静かに食前の挨拶をする。
「ご飯食べる前に手を拭いてね」
そう言って、春花は子供達にウェットティッシュを渡す。唯が受け取り一枚取ってから隣に渡す。
子供達がお弁当にお箸を伸ばすのを見ながら、春花はコップにお茶を入れて全員に配っていく。
「そう言えば、初めましてですね。アタシは東雲朱里です。唯と一の先輩魔法少女です」
「知ってるよ。あんたは有名人だからね。あたしは菓子谷あけび。この子らのお婆ちゃんさね」
二人が自己紹介しているのを聞いて、そう言えばお婆さんの下の名前知らなかったなと思う春花。
ずっとお婆さんと呼んでいたし、お婆さん――あけびも気にした様子も無かったので春花も今の今まで全然気にしていなかった。
「先の異譚でいただいたお弁当、とても美味しかったです。皆も美味しい美味しいって言ってもりもり食べてました」
「そうかい。それなら、作ったかいがあるってもんさね」
「それに、春花に料理を教えてくださっている事も、ありがとうございます。お陰で毎日美味しいご飯を食べられてます」
「この子はあたしが教える前から上手だったよ。まぁでも、教え子を褒められて悪い気はしないさね」
そう言って、優しい笑みを浮かべるあけび。
「……朱里が敬語使ってる」
「使いますけど? アンタ、アタシの事なんだと思ってるのかしら?」
「いや、珍しいからつい……」
「アタシ、先生にも敬語使ってるわよね? 一緒のクラスなんだから知ってるわよね?」
「でも、別に積極的に先生と話す訳じゃないでしょ? 新田さんとか魚見さんとかにも敬語使って無いし」
「アイツ等は良いのよ。仲良いんだから」
因みに、朱里も最初は敬語を使っていた。それが仲が良くなるにつれてどんどん敬語を使わなくなっていっただけだ。此処では口に出さないけれど、最初から敬語を使っていなかったのはアリスの方であり、アリスである春花にだけは言われたくないと思う。
「あ、そうだ。こちら、アタシの母親の東雲朱美です」
春花と話をしている間、いつ挨拶をしようかとそわそわしていた朱美が目に留まり、朱里は慌ててあけびに朱美を紹介する。
「し、東雲朱美です。えっと……」
名乗ったは良いものの、その後に続く言葉が出てこない。
頑張って言葉を出そうとするも、何を言って良いのかが分からないので、小さな音だけが喉から発せられるだけになってしまう。
朱里の父親が他界する前に、保護者同士で話をする時もこんな風に言葉に詰まってしまった事を思い出す。そのせいでちょっと憧れていたママ友が出来なかった。
早く言葉にしなきゃと思う度に、思い浮かびかけた言葉は消えていき、段々と頭が真っ白になっていく。
「焦る必要は無いさね。婆は気が長いからね。ゆっくり言いたい事を探しな」
しかして、あけびは急かす事も呆れる事も無く、朱美に優しく言葉をかける。
「でも、そうさね……朱美さんが作った料理はどれさね?」
「あ、えと……こ、この、ハンバーグ、です」
そう言って、朱美は自分が作った一口サイズのハンバーグを指差す。
「ふむ。それじゃあ、一ついただこうかね」
あけびは箸でハンバーグを掴み、ぱくりと食べる。
「うん、美味しく出来てるじゃないか」
「は、春花ちゃんに、手伝って貰いながら……作りました」
「そうかい。春花は気立ても良いし、良く気付く子だろう?」
「はい、とっても」
「うちもね、春花には良く助けられてるよ。あたしゃ腰を悪くしててね――」
するすると滑らかに会話を続けるあけびと、春花という共通の話題で言葉が出やすくなった朱美。
座る場所を変え、あけびの隣に朱美を座らせ、より会話をしやすいようにする。
「……アンタの思惑がようやく分かったわ」
そんな朱美の光景を見ていて、春花が何を思ってピクニックに誘ったのかを理解する朱里。
「思惑なんて無いよ。皆でピクニックした方が楽しいでしょ?」
「じゃ、そーいう事にしといてあげる。まぁ、皆でこうやってゆっくりするのも、楽しいっちゃ楽しいしね」
朱里とて、こうやって皆で集まるのが嫌いなわけでは無い。ぱくっとあけびの作った煮物を食べる。
「うんま。……てか、ばくばく食べてるわね、アンタら」
ばくばくお弁当を食べる四人を見て、感心半分呆れ半分と言った様子の朱里。
「婆と」
「ママンの」
「「美味い! 美味すぎる!」」
「まゆぴー達は冷食とか、コンビニのお弁当ばっかだったからにぇ~。もう、段違いに美味しくって美味しくって……」
「食べ過ぎちゃって、わたし達ちょっと太っちゃいました」
「にゅ!? そ、それは言わにゃいで~!!」
食べ過ぎて太ったと暴露され、恥ずかしそうにお腹に手を当てる真弓。ちらりと春花の様子を見ているのを見るに、異性が居る場で言われたくないのだろう。と、春花は考える。
「食べた分運動すれば大丈夫よ」
「確かに。朱里は食いしん坊だけど、スタイル良いもんね」
「誰が食いしん坊か! アンタが食べないだけでしょうが!」
「それにしたって、食べ過ぎてるような……」
最初は普通に盛っていたご飯もおかわりをするので、今では最初から山盛りで出している。それに、何処に行っても美味しい物食べたいと言うので、春花の中では朱里は食いしん坊で定着してしまっている。アリスにも直ぐにどこどこのお店に連れて行けと言っているし、それに、今だって喋りながらもぱくぱく食べている。
まぁ、春花としては、皆が美味しそうにご飯を食べてくれるだけで嬉しいから、別に食いしん坊だろうが小食だろうが、なんでも良いのだけれど。
「アタシは運動してるから良いの! 毎朝ちゃんと走ってるし、トレーニングだって欠かさないんだから。アンタ達も気にするくらいならトレーニングするのよ。いっぱい食べていっぱい運動するのが魔法少女にとっては大切なんだから」
「じゃあ、食べ終わったらバドミントンしませんか!? ピクニックって聞いて持って来たんです! 腹ごなしの運動ってやつです!」
「ええ、良いわよ。……って、なんかいっぱい持って来てるわね」
千弦の後ろに置かれた様々な外用のおもちゃを見付ける朱里。プラスチックのバッドやボールに、見た事の無いおもちゃも置いてあった。
「唯と」
「一の」
「押し入れに入ってました!」
「なるほどね。見た事無いのもあるけど……まぁ、やってみれば分かるか」
分からなければ調べれば良いだけだ。それに、ただ皆で遊ぶだけ。楽しければそれで良いだろう。
わいのわいのとお喋りをして、ご飯を食べて、春花はふと空を見上げる。
「平和だなぁ」
なんて、ぽつりと呟いてから、お茶を飲む。
こんな長閑な時間が、こんな楽しい時間が、ずっとずっと続いてくれればいい。心からそう思った。




