異譚40 ど、どういう事、カナ……?
そろそろ
本当の事を話して、真実を知って、餃子パーティーをして、皆で食卓を囲んで、それで少しだけ朱里と朱美の蟠りは解消された、と、春花は思っている。実際、二人はぎこちないながらも会話をするようになったし、一緒に食卓を囲むようになった。
殆どゼロだったコミュケーションが格段に増えた。これは進歩と言って差し支えないだろう。
それに、良い変化も訪れた。
部屋から出て来るようになった朱美は、春花と一緒に朝御飯を作るようになった。朝御飯と一緒に朱美のお昼ご飯と自分達のお弁当も作っていたので、朱美は自分のお昼ご飯と子供達のお弁当も作るようになった。
「ただいま。あー、良い匂い。コンソメスープ?」
「ええ。後はベーコンエッグとトーストにサラダよ」
「もうすぐ出来るから、シャワー浴びて来ちゃって」
「あんまり長湯しちゃだめよ。ご飯冷めちゃうからね」
「はいはい。お母さんズ。母親に愛されて嬉しいわ、まったく」
なんて口では憎まれ口を言いながらも、嬉しそうに口角が上がっているのを隠しきれていない。
朱里は鼻歌を歌いながら、浴室へ向かう。
そんな朱里を見送り、二人は顔を合わせて笑みを浮かべる。
その後、シャワーを浴び終わった朱里と三人で朝御飯を食べ、春花と朱里は学校へ向かう。
「「行ってきます」」
「行ってらっしゃい。車に気を付けてね」
学校へ行く二人を笑顔で朱美は見送る。
二人が学校へ向かうまでの時間は、まるで普通の一般家庭のような光景だった。朱里が求めていた、焦がれていた、温かい家庭の光景。
「ありがとね、春花」
「ん? 何が?」
「色々。……まさか、母さんとこうやって普通に生活出来るようになるなんて、思って無かったから」
「二人が前に進もうって頑張ったからだよ。僕はちょっと間を取り持っただけだから」
「アンタの言うそのちょっとが、アタシ達は必要だったの。だから、ありがとう。ていうか、アンタのしたことをちょっとで片付けるのは違うと思うけどー? 母さんを家の外に出してくれたし、前向きに何かに取り組んでくれてるし、全然ちょっとどころじゃないですけど?」
春花は謙遜でちょっとと言っているけれど、実際は春花が思っている以上の事をしてくれている。本人がどう言おうと、朱里はそれをちゃんと理解している。何せ、そのちょっとに助けられたのは他ならない朱里なのだから。
「アンタにはなんかお礼しないとね。何が良い? 三人で高級ディナーでも食べに行く?」
「それ、朱美さん緊張しちゃわない?」
「あー、しちゃいそう。ガチガチになっちゃうの目に浮かぶわ……」
「ふふっ、朱里も最初はそうだったもんね」
「そりゃ、あんな格式高そうなとこ連れてかれたら緊張もするわよ! まさか高いお肉食べたいって言って、あんな良いとこ連れてかれるとは思ってなかったもの……精々ちょっと美味しい焼き肉店とかだと思ってたし」
朱里が魔法少女になりたての頃、異譚の終わりにアリスに「頑張ったご褒美に高いお肉食べたい」と言ったら、一流の高級店に連れていかれてしまった。何も言われずに連れて来られたので、ガチガチに緊張してしまい味なんて全く憶えていない。
「なんかして欲しい事とか、欲しい物とか考えといて」
「えー?」
「えーって何よ」
「だって、十分良くしてもらってるから……」
物欲の乏しい春花はとくにこれと言って欲しい物は無いし、誰かに何かをして欲しいと思った事も特に無い。
春花としては住まわせて貰っているし、仲良くしてくれるだけで充分良くして貰っている内に入る。
それに、今仲良く三人で暮らせている事が、春花にとっては最上の喜びに他ならない。
「これ以上望んだら、多分バチが当たっちゃうよ」
「まあ、アンタはそういう奴よね。難しく考えないで良いから、なんか考えてみて。アタシもアンタには良くして貰ってるから、そのお礼がしたいの。その気持ちをくんでくれると嬉しいかも」
「難しいけど、考えてみる……」
「えー……本当に難しそうな顔してる……」
眉間に皺を寄せる春花を見て、呆れたような声を漏らす朱里。
「難しく考えないでって。りらーっくすりらーっくす」
「それが、難しい……」
「ダメだこりゃ……」
皺の寄ってる春花の眉間を優しくもみほぐす朱里。
それでも眉間に寄った春花の皺はほぐれない。
そうして、じゃれ合いながら二人は教室へ向かう。
「おはよう、皆」
教室に入るなり、朱里は元気にクラスメイト達に挨拶をする。
クラスメイト達は口々に朱里に挨拶を返す。
春花はクラスメイトの事を良く知らないし、自分が挨拶をした訳でも無いので朱里の後ろに隠れるようにして歩く。
朱里は魔法少女だし、客観的に見ても美少女だ。朱里はクラスの人気者だ。分け隔てなく優しいし、誰にでも公平に接する。朱里が挨拶をすれば皆が反応を返す。春花が注目されている訳でも無いのに、大勢の視線に晒されると居心地が悪い。
「なんで後ろに隠れてるわけ?」
「例え僕に視線が集まってないとしても、見られるのは恥ずかしい」
いつもあれだけ注目されてるじゃない。とは言わなかった。それはアリスであって春花では無いのだから。
とはいえ、春花の時でも注目はされている。何せ、誰がどう見ても見てくれは良いのだ。男なのに女性的な顔に、最近では表情まで豊かになってきた。性別関係無く人を狂わせるだろうと思えるくらいには魅力が増している。
春花が気付いていないだけで、既に注目の的ではあるのだ。
「春花はもうちょっと、自分の魅力に気付くべきね」
「自分の魅力なんて分かんないよ。朱里みたいに自信無いし……」
「磨いた分だけ自信になるのよ。アタシは自分磨きは欠かさないからね」
言って、朱里は得意げに綺麗な髪をかき上げる。
「春花も料理には自信を持ってるでしょ? それと同じ」
「なるほど……。でも、だからって注目されるのが苦手なのは変わらないから……」
「もちょっと自信持っても良いと思うけどねー、春花は」
なんて、楽しそうに会話を続ける二人。
挨拶だけして直ぐに二人の世界に入る。それは良い。だが、問題は二人の互いに対する呼び方だ。
クラスメイト達の心中は、口に出すまでも無く同じだった。『今、春花と朱里って呼び合ってなかった!?』である。
「は、春花……? しゅ、朱里……?」
そして、その光景を見てしまって放心している者が一人、教室の扉の前で立ち尽くす。
過激派はその場にバッグを落し、小首を傾げながら生気の感じさせない目で二人を射抜く。
「ど、どういう事、カナ……?」




