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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第8章 ■■の魔道使い

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異譚39 春花と朱里

 朱美が落ち着くまで、春花と朱里は待った。


 それから、三人でまたバスに揺られ、自宅へと向かった。


 行きと同じく、三人は一番後ろの席に座っていた。行きと違うのは、帰りは朱里と朱美が隣り合って座っている事だ。


 春花、朱美、朱里の順番で並んで座っている。


「……本当に、ごめんなさい。アタシが、もっとしっかりしてれば……」


「だから大丈夫だって。……アタシの方こそ、強く当たってごめんだし……」


「それは仕方無いわよ。だって、アタシ、ダメな母親だったから……」


「そんな事無い……とは、口が裂けても言えないけど、アタシも、アン……母さん(・・・)に手を上げてから、どんな態度で接すれば良いか、分からなくなっちゃったから……」


 誤解は解けたけれど、二人の間に蓄積されてしまったわだかまりを直ぐに解消できる訳では無い。


「……アタシ、アタシも……ただ手を上げられたって思ったから、怖くて……でも、でもね……こんな事、信じられないかもしれないけど……アタシ、ちゃんと朱里のお母さんしたくって……」


 だから、朱美も朱里から離れなかった。親心もあったのは当然だけれど、手を上げられてもなお、朱美は朱里の事を愛していた。だから、朱美なりに向き合おうとしていたのだ。結局は手を上げられたという恐怖に負けて、ただ部屋に籠るしか出来なかったけれど。


 色々言っても、結局は言い訳だ。不出来な自分を正当化出来る訳が無い。


 言い繕う事も出来ず俯いてしまう朱美に、朱里は窓の外を見ながら言う。


「……料理、美味しかったわ。久し振りに、母さんの味って感じで……」


「……っ」


 朱里の言葉を聞いた朱美は、弾かれたように顔を上げる。


「……また、作ってよ……今度は、皆で食べましょ」


「うん」


 朱里の言葉に、嬉しそうに頷く朱美。


 そして、朱美は直ぐに春花の方を向く。


「また、料理を教えてくれる?」


「はい」


 朱美のお願いに春花は二つ返事で頷く。


「あ、じゃあ、今日のお夕飯は――」





 ローテーブルの中心に置かれたホットプレート。そのホットプレートの周りを囲むように本日の主役になる前の食材が置かれている。


「で、なんで餃子パーティー?」


 テーブルの上を眺めながら、朱里が疑問を口にする。


 テーブルの上に並べられたのは餃子の皮と、餃子の中身である(あん)。それと、餃子を閉じるための水。


「皆で食べた時、美味しかったから……かな?」


 かつて、黒奈と沙友里と一緒に食卓を囲んだ時、一度だけ餃子パーティーを開いた。今思えば、美味しくて楽しい記憶だった。


「ふーん。ま、たまにはこういうのも良いわよね」


「うん。じゃ、早速作ろうか」


 春花は一枚餃子の皮を取り、餡を皮の中心に置き、皮の縁に水を付けてから皮を折り畳む。そして、餃子特有の折り目を幾つも作ってあげれば、焼く前の餃子の完成である。


「アンタやっぱり手際良いわね」


「慣れてますから」


「で、出来た」


 見よう見まねで作ってみた朱美。ちょっと歪だけれど綺麗に出来ている。


「お上手です、朱美さん。そのままいっぱい量産しましょう」


「うん」


 褒められ、照れ臭そうに笑みを浮かべながら、朱美はせっせと餃子を量産していく。


 こんな朱美の姿を見るのはかなり久し振りなので、少しだけ感慨深く思う朱里。


「ぼーっとしてないで、東雲さんも作って。皆で作って、皆で食べるんだから」


「はいはい」


 春花に促され、朱里も餃子の皮を手に取って一つ作ってみる。


「はい、これでどう?」


 作った餃子をはるかに見せる朱里。


 朱里の作った餃子を見て、春花は一つ頷いて答える。


「下手だね」


「せめてもっと言い方あるでしょ!?」


 春花のストレートな言い方に文句を言う朱里。


「でも東雲さん、下手なのを上手いって言っても怒るでしょ?」


「だからってオブラートに包まなくて良いわけじゃないからね? こう、優しく、相手が傷付かないような言い方ってあるでしょ?」


「え?」


「え? って何よ」


「……いや、東雲さんがそんな(やわ)なメンタルかな、と」


「あら、アタシが何にも気にしないようなガサツな女に見えて? 喧嘩なら買うわよ?」


「別に喧嘩は売ってないけど……」


 なんて話をしながらも、二人はせっせと餃子を作る。春花は慣れた手付きで素早く綺麗に作り上げ、朱里は一個一個綺麗に作ろうとしているけれど、何処か歪になってしまっている。


「……ていうか、ちょっと気になってたんだけどさ」


「なに?」


「その、東雲さんっての止めない? アンタ、母さんの事は朱美さんって呼んでるでしょ。じゃあ、アタシも朱里で良いじゃない」


「いや、東雲さんって呼ぶとどっちを呼んでるか分からなくなるから、朱美さんは朱美さんって呼んでるだけだよ」


「どっちにしろ東雲って呼ぶと、どっちも反応しちゃうでしょ。アタシの事は朱里って呼びなさいよ」


 今まで一度だって呼び方なんて気にしていなかったというのに、急に自身を名前で呼べと言い出す朱里。突然の事に困惑しながらも、特に名前を呼び分ける事に春花は拘りは無いし、東雲さんと呼んで二人が反応してしまうのも事実だろう。


「じゃあ、朱里さん」


「さんは要らない」


「朱里?」


「うん、よろしい」


「そう……」


 春花が朱里と呼べば満足げに頷く朱里。まあ、朱里が満足しているのであればそれで良いだろう。


「……というか、それなら僕は東雲さ……朱里に苗字ですら呼ばれた事無いと思うけど」


 思い起こせば、朱里は春花の事を『アンタ』とか『コイツ』と呼んで、声を掛ける時も『ちょっと』と言って声を掛けて来ていた。一度だって名前で呼ばれた事は無いはずだ。唯一名前で呼ばれている時はアリスの時だけである。


「あー……」


 思い当たる節があるのか、朱里も納得したような声を漏らす。


 特に意識していたわけでは無く、朱里は春花の名前を呼んでいなかった。最初は男だから警戒をしていて、でも、アリスの正体が春花だと分かり、それからは一緒に居る事が多くなった。


 そのまま、『ねぇ』や『ちょっと』と声を掛ければ春花は気付いてくれたので改めて名前を呼ぶ機会が無かった。それに気付かず、今までそのまま接していた。


「……悪かったわよ、春花(・・)。これからはちゃんとそう呼ぶわ」


「有栖川でも良いよ?」


「いいえ、春花ってちゃんと呼ぶわ。そう呼ばせて」


「僕は別に良いけど……」


 男子と一線を引いている朱里が、春花を名前で呼ぶのは他のクラスメイトにあらぬ誤解を与えてしまうのではと危惧してしまう春花。


 けれど、朱里は何でもないように笑みを浮かべる。


「そう。なら、春花って呼ぶわね」


「うん。分かった」


 こくりと頷く春花。


 春花と朱里の距離が少しだけ縮まったような会話。


 その会話の裏で、朱美は楽しくなってしまったのか黙々と餃子を量産する。他者が聞けば甘酸っぱいような会話を聞いていたのは当人達と一匹と一輪だけだった。


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― 新着の感想 ―
お花さんも空気読んだんか
なにか起こりそうでコワイヨォ
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