異譚36 お試し期間
短めです。すんません。
春花が帰った後、真弓と千弦はしっかりと話し合いをした。結果、千弦の思いはちゃんと伝わった。自分が家事をしたい事。このままじゃいけないと分かっている事。頑張ってる真弓の為に力になりたい事。
全部、全部話をした。
真弓も、自分だけでは限界だと分かっていたと伝えた。その上で、千弦が良いのであれば家事を手伝って欲しいとも伝えた。
全部、全部伝えた。
話をして、思いを伝えて、その後に。
「何なら、うちに住むかい?」
さらっと、なんて事無いように、お婆さんが言った。
お婆さんの提案に全員がきょとんとした顔をする。
「というか、うちの子になるかい? 部屋も余ってる事だし、二人くらい増えたところであんた達がちょっとずつ家事を手伝ってくれるなら、なんの問題も無いからね」
「「賛成賛成賛成!!」」
お婆さんの提案に即座に賛成をしたのは真弓と千弦では無く、唯と一だった。
「姉、欲しかった!」
「妹、欲しかった!」
「だそうだよ。まぁ、選択肢の内の一つ、とでも思っておきな。別に、家族にならなくても、いつでもうちにご飯を食べに来ても良いんだからね。二人で、ゆっくり考えると良いさ」
お婆さんにそう言われ、二人はしっかりと話し合って考えた。勿論、その日の夜のたこ焼きパーティーも楽しんだ。
此処数日、菓子谷家で過ごす日々はとても楽しかった。お婆さんは厳しいけど優しくて、唯と一も一緒にゲームをしてくれる。千弦との二人暮らしも楽しかったけれど、この家には真弓と千弦が欲しかったものがあるような気がした。
行ってきますと言ったら、行ってらっしゃいって返って来る。
ただいまと言ったら、おかえりって返って来る。
他の者からしたら当たり前の事で、真弓と千弦からすれば特別な温かさがあった。
お婆さんと暮らして、本当の親というのがこんなに温かみのある存在なんだと知ってしまった。
「お姉ちゃん」
「ん~?」
「私、ここ好き」
眠りにつく間際、千弦は真弓にそう言った。
「うん、私も」
真弓も素直な気持ちを口にした。
それが、二人の答えであった。
「という事で、まゆぴーと千弦は養子縁組をする事となったのです」
経緯を軽く話した真弓は、話の締めくくりとしてぱちぱちと小さく拍手をした。
「まぁ、流石に判断早過ぎぃって事なので、一ヶ月お試し期間という形で一緒に過ごすのです。でも、まゆぴーと千弦はその気満々なの。その気持ちはあるから、こうしてお伝えいたしたのです」
「なるほど。ちょっと驚いたけど……うん、良いと思いますよ」
真弓の話を聞いて、納得したように春花は頷く。
「お婆さんの事、よろしくお願いしますね。お腰を悪くしているので、家事とか手伝ってあげてください」
「もちのろん!」
「あと、唯さんと一さんも、目を離すとお菓子だけ食べちゃうので、ちゃんと注意してあげてください。お姉ちゃんとして」
「うゅぅ……注意かぁ。ちゃんと出来るかなぁ……?」
「ご飯前にお菓子食べちゃ駄目でしょ、って叱ってあげるだけで良いんです。お菓子の誘惑に負けちゃうだけなので、ちょこっと窘めればお菓子を食べる手を止めてくれますよ」
唯と一は欲望に忠実なので、直ぐにお菓子を食べてしまう。その度に叱っているけれど、双子は何度も再犯してしまう。
「そうね。言えば聞いてくれる子達だから、ちゃんと叱ってあげれば大丈夫よ」
白奈も童話の魔法少女の中ではお姉さん枠なので、お菓子ばかり食べている二人を叱る事が多い。そのため、真弓に春花と似たようなアドバイスをする。
「まぁ、それでもアイツ等お菓子全部食べた後にご飯もぺろりと平らげるけどね」
「た、確かに。あ、あの小さな身体に、よく入るよね」
「いっぱい食べるのは良い事なんだけどね。甘い物を一杯食べると身体に悪いから程々にして貰わないといけないからさ」
「うゅぅ……が、頑張って、こらってしてみゆよ~」
「お菓子を食べるのを止めないようだったら、僕に教えてください。後でこらってしに行くので」
「うん、分かった!」
春花の言葉に元気良く頷く真弓。そんな真弓の姿を見て一つ肩の荷が下りたような気がした。
最初に真弓から話を聞いた時はどうなる事かと思っていたけれど、真弓も千弦も前向きに進んでくれたようで何よりだ。
残る問題は朱里と朱美の事だけだ。この問題に関してはお婆さんを頼る事は出来ない。朱里も春花だからこそ朱美の事を任せてくれているのだと思うし、お婆さんにはもうこれでもかという程力を借りてしまっている。
それに、今は真弓と千弦を優先的に見ていて欲しい
やはり、朱里と朱美の事は自分で何とかしないといけない。
「なーに難しい顔しちゃってんの?」
いつの間にやら難しい顔をしていたようで、朱里が春花の眉間を指でぐりぐりする。
「……大丈夫よ」
春花はまだ何も言っていないけれど、朱里は春花の考えている事が分かったのか申し訳なさそうな声音で言う。
「大丈夫だから」
だが、申し訳なさそうにするのは違うと思ったのか、申し訳なさそうな声音を振り払い、朱里はしっかりとした声音で大丈夫と春花に告げる。
二人にしか分からない話だったけれど、それ以降は朱里はその事については何も言わなかった。
春花が難しい顔をしていれば、事情を知らない三人に気を遣わせてしまう。なので朱里は大丈夫とだけ言った。それだけ言えば、春花も難しい顔を止めてくれると思ったから。
その意図をくめない春花ではないので、春花も難しい顔をしないようにお喋りに集中した。
大丈夫。その言葉の意図を知ったのは、次の休日の事だった。




