異譚19 おこちゃま
「過激派見ーっけ」
「……チッ、ウザいのが来た」
「ウザさで言えば、アンタも一緒でしょーよ」
アリスが担当する訓練場から出て来たイェーガーの前に腕組みをして立つロデスコ。
ロデスコはちらりと訓練場の方を見やる。強化硝子の小窓から中の様子は少しだけ窺えるけれど、少し見ただけで中が御通夜のようにしんみりしているのが分かる。
「アンタさぁ、アリスが好きなのは分かるけど、もーちょっとやり方選んだら?」
「は? 意味分かんない。アリスの事なんて好きじゃ無いし」
「いや今更強がっても意味無いから。他の連中はどうだか知んないけど、敵意向けられてるアタシには丸分かりだから」
「別に嫉妬なんてしてない!! あんたのそういう自信過剰なとこほんとに嫌い!!」
声を荒げロデスコを睨みつけるイェーガー。しかし、ロデスコは怯んだ様子も無く見下すようにイェーガーを見る。
「図星だからって声荒げないでよ。本当におこちゃまね」
やれやれと肩を竦めるロデスコに、更に苛立ったように睨みつける目を鋭くするイェーガー。
「大方、自分だけが受けたアリスの訓練をあいつ等が受けてるのが気に食わないんでしょ? あぁ、後はそうね……アリスが居づらくなれば訓練も早く終わ――」
「だから違うって言ってんじゃんッ!!」
ロデスコの言葉を大声で遮るイェーガー。
「あんたの……そういう何でも分かってますって顔して的外れな事言うと事……ほんっとに嫌い!! 大っ嫌い!!」
「それ以外にも嫌いなとこあんでしょ? アリスの最初の教え子とか、最初の後輩とか、色々」
「だから、別にアリスなんて好きじゃないって言ってんじゃん!!」
「ならムキにならないでよ。ほんと、おこちゃまは困るわー」
はぁと深く溜息を吐くロデスコ。
「ムキになってない! あんたが適当な事言うからでしょ!」
「あぁ、はいはい。じゃそれで良いわ、めんどくさい」
「めんどくさいのはあんたでしょ……!」
「アンタほどじゃ無いわよ」
言いながら、ロデスコはイェーガーの背後に視線をやる。
「……喧嘩?」
イェーガーの背後には、扉からひょっこりと顔を覗かせて二人の様子を見ていたアリスが居た。
アリスの存在に気付いていなかったイェーガーはアリスの声が聞こえた途端にびくりと身を震わせる。
「違うわよ。先輩らしく注意してたとこ。余計な事すんな、って」
「そう」
「そう……って、アンタからも言ったら? 迷惑かけんなってさ」
「迷惑なんてかけてない!」
「じゃ、あの御通夜みたいな雰囲気はどーいう訳よ。完全に迷惑かけてんでしょ」
呆れたように言うロデスコ。最早何度目かも分からない程呆れてしまっている。
「別に……ほんとの事言っただけだし……! それに! ほんとの事言われたからあんな落ち込んでんでしょ!? 図星だっただけでしょ! あたし悪くないから!」
イェーガーは勢いよくアリスの方を振り返り、アリスを睨みつけるように見据える。
「あんな奴らほっとけば良い! どうせ何も出来ないで死ぬんだから!」
吐き捨てるように言って、逃げるようにその場を後にするイェーガー。
そんなイェーガーの背中を見送った後、ロデスコは呆れたように溜息を吐く。
「アンタ、もっと強く言った方が良いわよ。じゃないと調子に乗ってつけ上がるから、アイツ」
アリスは顔だけ覗かせた状態から一歩前に出て訓練場の扉を閉める。
「ロデスコみたいに?」
「アタシは良いのよ。アンタとアタシは対等なんだから」
「後輩なのに?」
「二月の差でしょーが。なに? アタシにしおらしくしてほしい訳?」
「別に」
今更しおらしくされたらおかしくなったのかと心配になるだけだ。それに、誰にしおらしくしてほしい訳でも無い。
良くも悪くも、アリスは相手の態度など気にしない。
「ロデスコも休憩?」
「そうよ。……そっちも休憩か、だなんて、聞くまでも無いわね」
考え込むようにしている魔法少女達を見れば、訓練どころではない事くらい容易に理解できる。
「どーすんの?」
「なにが?」
「なにがって……アイツ等の事よ。見事にしょげちゃってるじゃない」
ロデスコの視線に釣られるように、アリスは新米魔法少女達に視線を向ける。
今は向日葵や夏夜達先輩魔法少女が言葉をかけている。
「……訓練の姿勢については、イェーガーの言葉が正しい」
「なに言ったのアイツ?」
「ぎゃーぎゃー逃げてみっともないって。確かに、戦いを教えてるのだから、逃げてばかりでは意味が無い。立ち向かう姿勢こそを、鍛えるべきだった。反省」
珍しく反省した様子のアリスに、ロデスコはあっけらかんとした態度で言う。
「ま、アンタ教えるの下手だしね。仕方ないんじゃない? アタシん時も下手糞過ぎて参考になんなかったし」
「むぅ……」
「でも、こまめに休憩を取るのは大きな進歩だわ。アタシん時は休憩なんて無かったしね」
「……あった」
「五時間やって十分しかなかったじゃないの。あんなの休憩って言わないから普通」
「休憩は休憩」
「名目だけでしょーが」
言って、アリスの額を指で弾くロデスコ。
「うっ……」
微妙に痛そうに額をさするアリス。
「んで、具体的にどーすんの? あのままにすんの? 一応、アンタの後輩のしでかした事でしょ?」
「ひとまず、放置」
「それ、またウチと他との溝が深まるだけじゃない?」
「うん。でも、イェーガーの言葉も一理あるから」
アリスは酷く冷めた目で新米魔法少女達を見る。
アリスの酷く冷めた目に、一瞬だけ背筋が凍るロデスコ。
「生きるか死ぬかの局面で私が求めたのは、戦うために前に進める力」
一度瞑目し、アリスは新米魔法少女達から視線を外す。
「それに、反骨精神があった方が気合が入る人も居る。負けん気で頑張って欲しい」
「負けん気より、もっと別のやる気の方が良いと思うけどね……」
アリスの雰囲気が戻った事に、内心で少しだけ安堵するロデスコ。
たまに、ごくたまに、アリスの中の背筋が凍る程の冷たいナニカが表に出る事がある。その冷たさの正体はまだ分からないけれど、あまり表に出て良いものでは無いとロデスコは感じている。
「なら、ロデスコの戦う動機は?」
「アタシは勿論、英雄になるためよ。魔法少女にとって英雄が一番のステータスだからね。そのためなら、アタシはどんな異譚にも挑めるわ」
「そう。参考にならない」
「はぁ!? アンタが聞いたんでしょうが!」
怒りながらアリスの頬をぐにぐにと引っ張るロデスコ。
「ていうかね、誰かの戦う理由を参考にしたところで、ソイツの戦う理由になる訳じゃ無いのよ! 結局、戦う理由なんて自分で見付けるしか無いんだから、参考もクソも無いのよ!」
言って、乱暴にアリスの頬を放すロデスコ。
アリスは自身の両頬をさすりながら、ふむと頷く。
「確かに……」
例えば、瑠奈莉愛は家族を養うために戦っている。それは、彼女だけの戦う理由であり、異譚に立ち向かう理由でもある。
勿論、アリスにも戦う理由は在る。アリスだけの、戦わなければいけない理由。
それはアリスだけの理由であり、誰かに押し付けるつもりも、誰かと共有するつもりも無い。
戦う理由は人それぞれであり、誰かと示し合わせたところで自分で抱いた想いではないのだから、きっと熱は上がらないだろう。
「……そう言えば、聞いてなかったわね」
「なにが?」
「アンタの戦う理由」
どうして戦うのか。ロデスコは視線だけで続きを促す。
少しだけ考えるような仕草を見せた後、アリスは短く返す。
「秘密」
「は?! アタシは言ったのに!?」
「別に、吹聴して回る事でも無いから」
言って、アリスはロデスコに背を向ける。これ以上、この話題はアリスにとっては都合が悪い。なので、戦略的撤退だ。
「……はぁ……ったく、ほんっとに自由な奴」
背後からロデスコの呆れたような声が聞こえてくる。
「罪滅ぼしって言って、納得しないでしょ、ロデスコは……」
ロデスコに聞こえないくらいの声で、アリスは呟く。
罪滅ぼし。それが、アリスの譲る事の出来ない戦う理由。譲れはしないけれど、前向きではない姿勢を、きっとロデスコは許さないだろう。
だから、誰にも言わない。これは、アリスだけの問題なのだから。