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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第8章 ■■の魔道使い

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異譚32 千弦の想い

 千弦と一緒にスーパーへと向かう春花。


 千弦は春花の手を握ってるんるんと楽しそうに大きく振っている。


 るんるん気分の千弦に、春花は優しい声音で訊ねる。


「慣れない環境だけど、大丈夫?」


「はい! 毎日早く寝て、早く起きて、朝ご飯もお昼ご飯もお夕飯ももりもり食べてます!」


 むふーっと空いた手で力こぶを作って元気もりもりアピールをする千弦。


「それに、お礼を言うのは私の方です!」


「え? どうして?」


「……実のところ、このままじゃだめだなーとは、なんとなく思ってたんです」


 今までの元気一杯な雰囲気はなりを潜め、静かな口調で心情を吐露する。


「お部屋が汚いのも、料理出来ないのも、洗濯出来ないのも、私は慣れっこでした。お姉ちゃんから聞いてるかもしれませんが、お父さんに虐待されてまして……」


「うん、少しだけ事情は聞いたよ」


 春花は出来るだけ優しい声音で相槌を打つ。千弦が話しやすいように、少しでも雰囲気が柔らかくなるように。


「ご飯を貰えない事はしょっちゅうでしたし、お部屋の掃除なんてしてませんでした。だから、どんなご飯でも美味しいですし、どんな汚い部屋でも平気なんです。慣れてるので。多分、それはお姉ちゃんも同じです」


「でも、駄目だって思ったんだね?」


「はい。友達の家に遊びに行った時に驚きました。すっごく綺麗だったんです。別の友達の家に行っても、ちょっと散らかっててもうちよりはぜんっぜん綺麗だったんです。だから、あぁ、うちは多分自分が思ってる以上に汚いんだって思いました。……でも、それが分かってもどうすれば良いか分からなくて……お姉ちゃんに相談しようかなって思ったんですけど、お姉ちゃんいつも忙しそうだし、帰って来たら疲れてる事多いし……それに、お掃除は別にやらなくて良いよって言われちゃって……」


「そっか……」


 おおむね、真弓から聞いた通りの内容。しかし、真弓が言っていた事との食い違いもある。


 それは、千弦が家事をするのに前向きな事だ。


「友達に相談しようかなって思ってもみたんですけど、汚い部屋だって知られるのが恥ずかしくて……玲於奈さんとかにも相談しようかなって思ったんですけど、玲於奈さん達も忙しそうだったから……」


 しょんぼりと俯きながら、千弦は誰にも頼る事が出来なかった事を明かす。


「頑張って自分でどうにかしよーって思ったんですけど、散らかり過ぎててどこをどうすれば良いのかも分からなくて……」


 前向きだったのに、自分はそのやり方が分からない。多分、あれやこれやとやらなければいけない事を脳内に羅列して、どれから手を付けて良いか分からなくなってしまったのだろう。


「なので、お婆ちゃんに色々教えて貰えて、凄く嬉しいんです! 料理も憶えたいなって思ってたし、綺麗でおしゃれなお部屋にも憧れてたので! それにそれに! 私が家事を出来るようになれば、少しでもお姉ちゃんの力になれるかなって、ずっと思ってたので! だから、今すっごく楽しいです!」


 先程までの落ち込んだ表情が嘘のように、ぱぁっと華やいだ笑みを浮かべる千弦。


 そんな千弦の笑みを見て、春花は安堵したように笑みをこぼす。


「そっか。じゃあ、しっかり家事を憶えないとだね」


「はい!」


 真弓一人の力では今の生活が破綻している事を、春花は伝えなければいけなかった。変に濁しても本人の為にならないし、真弓の為にもならないから。けれど、伝え方を間違えれば千弦に気負わせてしまう事になるし、そうなったら頑張りが空回りしてしまう可能性もあった。


 けれど、千弦は今の生活のままでは良く無い事を十分理解していた。その上で、自分が家事を出来ない事を悩んでいた。


そんな千弦にとって春花の提案は渡りに船だったのだろう。


 千弦は、真弓が思っている以上に強い子で、前を向いて進む事が出来る子だと確信が出来た。後は、この事をお婆さんに伝えて、千弦本人の口から真弓に伝えてあげるだけだろう。


「帰ったら、その気持ちを矢羽々さんに伝えてあげて。矢羽々さんは責任感が強いから、一人で抱え込んでる事も多いと思うんだ。千弦さんが矢羽々さんの力になりたいって言えば、矢羽々さんも安心できると思う」


「……分かりました。ちょっと緊張しますけど、お姉ちゃんに言ってみます!」


「うん。そうしてあげて」


 空いた手で、春花は千弦の頭を撫でてやる。


 突然頭を撫でた春花に千弦は驚くも、直ぐに「にへへっ」と嬉しそうに笑う。


「なんだか、本当にお母さんみたいです」


「……よくそう言われるけど、僕は男の子だからね?」


「はい! 分かってます! ですが、にじみ出る優しさというか、何というか……」


 うーむと小首を傾げて考える千弦。


「そうです! ばぶみ(・・・)というやつです!」


「なに言ってるか分からないけど、多分違うと思うよ」


「あれー? クラスの男子は甘えたい人に対して『ばぶみを感じる』と言っていましたが……あれー?」


 おかしいなぁと更に小首を傾げる千弦。


 春花はバブみの意味を知らないけれど、きっと詩やシャーロットあたりが使うような言葉なのだろうと判断する。あの二人はろくなことを言わないので、きっとそのバブみという言葉も平時では使わないような言葉なのだろうと考える。


「……まぁでも、甘えるかどうかはともかく、困った事があったらいつでも僕に相談してね。僕じゃなくても、お婆さんに相談するとか、頼れる人には頼って良いんだからね?」


「はい! ありがとうございます! しっかりばぶ(・・)ります! ん? この場合、おぎゃる(・・・・)だったっけ?」


「良く分からないけど、普通の言葉を使おうね。その方が、色んな人にちゃんと伝えられるからね」


「はい!」


 春花の忠告を聞いて、千弦は笑顔で元気良く返事をした。


 千弦は素直な良い子だ。多分、クラスメイトの言う事をなんでも鵜呑みにしてしまっているのだろう。


バブみもオギャるもきっと万人に通じる言葉ではないだろう事は明らかなので、ここいらで少し注意しておくのが良いだろう。


 春花にとって意味の分からない事を言う人代表は詩とシャーロットであり、二人共平気で人にセクハラをするろくでもない人間だと認識している。なんなら、二人共自身をろくでもない人間だと自負してしまっている。


 千弦にはそんな人間になって欲しくないので、詩やシャーロットみたいな事を言ったら、ちゃんと注意しておかなければいけない。


 まぁ、千弦がサブカルチャーにハマる事を否定はしない。好きな事をしている時の詩やシャーロットは楽しそうだし、趣味の少ない自分よりも張り合いのある人生を送っているはずなのだから。


 楽しい事を見付けるのは良い。だが、詩やシャーロットのように変態に育つのだけは阻止しなければいけない。


「分からない言葉は、ちゃんと意味を調べてから使おうね」


「はい! 帰ったら辞書引きます!」


「うん。偉い偉い」


「にへへ~」


 春花が笑みを浮かべて頭を撫でてやれば、千弦は大変満足そうにだらしない笑みをこぼした。その笑みが少しだけ詩とシャーロットに似てるような気がしたけれど、多分、きっと、おそらく、気のせいだろう。……そうに違いない。


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