異譚31 でじたる鉄拳制裁
「実のところ、まだなんにも聞けて無いさね」
「……そうだったんですね」
お昼ご飯を食べ終わった後、春花とお婆さんはお皿洗いをしながら真弓と千弦の事を話す。
四人は居間でテレビゲームに興じているので、二人の会話を気にしている様子も無い。
「まずはうちに慣れさせる事から。事情は追々聞いて行けば良いと思ってね。あの子達も楽しそうだし、あたしとしては長く居て貰っても別に構いやしないからね」
「そう言っていただけると、ありがたいです」
「家事を憶えるのも、悩みを打ち明けるのも、時間が要るからね。ゆっくりやっていくよ。老い先短いと思ってたんだけどねぇ。人生に張り合いが出来ちまってまぁ、お陰様で長生きできそうだよ」
「是非長生きしてください。二人の為にも、僕の為にも。まだ教わりたい料理が一杯あるので」
「ふんっ。そりゃ、おちおち死ねないねぇ。まったく」
春花の言葉に嬉しそうに笑みをこぼすお婆さん。最初に矢羽々家を訪れた時からは考えられない程、自分の気持ちを表に出してくれるようになっている。良い変化だと、お婆さんは思う。
「お皿洗い終わったので、お夕飯の材料買ってきますね」
「ああ、悪いね。唯か一のどっちか連れて行きな。一人じゃ重いだろうさ」
「いえ、一人で大丈夫です」
「そうかい? 無理そうなら連絡寄越すんだよ。誰かそっちに行かせるから」
「分かりました」
春花は割烹着を着たまま、エコバッグを持ってスーパーへ向かおうとする。
「あ、お買い物ですか? 私も一緒に行きます!」
お買い物に行こうとしている春花に気付いた千弦が、ゲームを中断して立ち上がる。
「ゲームしてて大丈夫だよ」
「いえ! お供させていただきます!」
「でも……」
「良いじゃないか。せっかくやる気を出してるんだから、連れてってやんな」
千弦の提案にお婆さんが助け舟を出す。しかし、ただ助け船を出した訳ではないようで、お婆さんは意味あり気に春花に頷いて見せる。
それだけでお婆さんの思惑を理解した春花は、こくりと頷き返す。
「分かりました。じゃあ、一緒に行こうか」
「はい! じゃあ、行ってきまーす!」
千弦は春花の手を握り、引っ張るようにして玄関へ向かう。
「「いてら~」」
「行ってらっさ~い」
双子は気にした様子も無く見送り、真弓は少しだけ思う所があるのか、少しだけ元気の無い声音で送り出した。
「……さて。じゃあ、あたしもゲームしようかね」
「え、お婆ちゃん出来るの!?」
「この子達の相手をしてたからね。少しは出来るよ」
そう言いながら千弦の居た所に座り、千弦の使っていたコントローラーを手に持つ。
「ゲームしながらで良いから、あんたが何を思ってるのかあたしに教えてくれるかい?」
「え? 春ちゃんから聞いてないの?」
「少しは聞いたさ。けど、事情は直接聞こうと思ってたからね。深くは聞かなかったさ」
「そう……そう、ですか……」
てっきり、春花は全てをお婆さんに伝えていると思っていた。その上で、お婆さんは自分達を泊めてくれているのだと思っていた。
「……こんな事、私が言うのもあれですけど……良かったんですか?」
「何がだい?」
「私達を泊めてくれて、家事まで教えてくれて……見ず知らずの、赤の他人なのに……」
本当は、面倒を押し付けられて自分達の事を疎んでいるのではないかと思っていた。だって、自分で言った通り赤の他人だ。お婆さんが手を貸す理由なんて一つも無い。
だから、少しでも否定的な言葉が出れば直ぐにでも家に戻ろうと考えていた。だって、ただでさえ春花にも迷惑をかけてしまっているのに、これ以上他の人に迷惑をかけられないのだから。
「ああ、構いやしないよ」
しかし、返って来たのはあっけらかんとした言葉だった。
「え?」
「隙有り」
「あ、あっ!?」
操作が止まった一瞬で、お婆さんの操作するキャラの攻撃が炸裂し、真弓の操作していたキャラは画面外に吹き飛ばされた。
四人がしているゲームは最大四人で戦える対戦アクションゲームで、世界中で愛される大人気ゲームなのだ。
「まゆぴー、婆を侮ってはいけない」
「まゆぴー、婆に油断してはいけない」
「「この婆、唯より……強い……ッ!!」」
「人の事を婆って言うんじゃないよ」
「ぐぁっ!?」
「ぎゃっ!?」
お婆さんの事を婆と言った直後、お婆さんのキャラが二人のキャラを場外へと叩き出す。
「ふんっ。拳骨も痛いだろうけどね。あんた達の得意分野で負かしてやった方が、あんた達も悔しいだろう?」
にたぁっと悪い笑みを浮かべるお婆さんを見て、ムッと眉を寄せる唯と一。
「今のは油断」
「今のはハンデ」
「「ぼぉこぼぉこにしてやる!!」」
「はんっ、かかって来な青二才共。でじたる鉄拳制裁だよ」
画面内で激闘を繰り広げる三人。その様子に、思わず呆気に取られてしまう真弓。
「隙有り」
「あぶっ!?」
キャラを動かしていなかった真弓を容赦無く狙うお婆さん。しかし、すんでの所でガードが間に合う。
「まゆぴー、呆けてる暇、無い!」
「まゆぴー、一緒に婆を、倒す!」
「あ、お、おうよ!」
「はんっ。三対一になったところで、あたしに敵いやしないよ」
「え、お、お婆ちゃん本当に強い!?」
「そうさ。婆は強いんだよ。だから、子供のあんたが余計な気を遣う必要は無いのさ」
「――っ」
「だから、何にも考えずに、あんたが思ってる事を素直に言いな。あたしに出来る事なら、なんだって力になってやるさ。これでもね、あたしは教師だったんだよ。子供少し増えるぐらい、なーんも面倒な事なんて無いさね。だから、安心しな」
「ぁ……うぅ……っ」
とても、とても優しい声音。温かくて、芯があって、力強い声音。その声を聞いて心の緊張が緩んだのか、真弓は堪えきれずに涙を流す。
「と、泣いている間に隙有りさね」
「うっ、ぁ……えぇ……?」
泣きながらも、容赦無く真弓のキャラを吹き飛ばすお婆さん。
「さ、手を止めてる暇は無いよ。手を止めたら最後、あたしのでじたる拳骨が炸裂するからね」
「うぅっ……ひどいぃ……」
「なら手を止めない事さ。さ、考えてる暇は無いよ。考えてたら手が止まるからね。思った事は全部口にしな」
「……ぁい……!」
泣きながら、真弓はコントローラーを操作する。そして、自分の思っている事、不安な事、無理をしている事など、言葉を選ぶ事無く素直に口にした。言葉を考えていると手元が疎かになるので、言葉なんて選んでられなかった。
その間もお婆さんは相槌を打ち、言葉を返し、キャラクターを的確に操作して子供達をぼこぼこにする。
それは、春花と千弦が帰って来るまで行われた。そんなに長くは無かったけれど、真弓にとっては絶対に必要だった時間だった。




