異譚30 家事って大変だぁ……
「「で、出来たぁ……」」
テーブルに並んだ料理を見て、真弓と千弦は感嘆の声を上げる。声に疲労が滲んでいるのは、慣れない料理に一生懸命向き合ったからだ。
今日のお昼の献立は筑前煮、豚の生姜焼き、ほうれん草のお浸し、卵焼き、お味噌汁と白米である。
「さて、じゃあいただこうかね」
「「「「「いただきます!」」」」」
お婆さんが促せば、子供達は一斉に食前の挨拶をしてからご飯へ箸を伸ばす。
「うん。なかなか、上手く出来てるじゃないか」
「そうですね。この卵焼きもふんわり上手に焼けてます」
「筑前煮も」
「生姜焼きも」
「「美味」」
四人に褒められ、真弓と千弦はえへへと照れ臭そうに笑う。
「は、初めてでちゃんと出来るか不安だったけど……じょーずに出来て、うれぴぃなぁ」
「まぁ、大分ぎゃーぎゃー騒ぎながらだったけどね……」
「うゆっ……それに、すっごいお手伝いして貰ったもんにぇ……」
「最初はそんなもんさね。あたしだって、最初は失敗ばかりだったんだからね」
料理をしている時を思い出し、少しだけ凹んでしまった二人を励ますお婆さん。
お婆さんの言う通り、最初は皆失敗するものだ。その失敗から学んでいき、人は成長していくものなのだから。
「うゆぅ……分かってたけど、家事って大変だぁ……」
「調理実習では上手く出来てたと思ったんですが……」
自分達が家事が苦手なのは分かっていたけれど、まさかこれほどまでとは思っていなかった。
「数をこなせば上達して行きますよ」
「でもママン」
「最初から」
「凄い」
「上手」
「「だったよ」」
「うーん……僕は最初から料理出来てたから、多分記憶喪失になる前から料理はしてたんだと思うよ。きっと思い出せないだけで、僕も最初は失敗だらけだったはずだよ」
「とはいえ、あんたは筋が良いからね。元々向いていたんだろうさ」
料理を教えているお婆さんから見れば、初めて教えた料理でも春花は美味しく作り上げてしまう。経験値もあるんだろうけれど、元々料理のセンスがあるのだろう。
「……春ちゃんって、凄かったんだにぇ……」
ご飯を食べながらしみじみとこぼす真弓。
「え、何がです?」
「お婆ちゃんから聞いたよぉ。学校行って、対策軍でバイトして、家に帰ったらご飯を作って、週二回もお婆ちゃんの家事を手伝って…………そりゃぁ、家事の大変さも分かってるよねぇ……」
思い起こすのは共同カフェテリアで叱られた時の事。最初は春花の言葉にムッとした。料理が上手なだけでどうしてそこまで言われなければいけないのかと、正直ムッどころではなく不快感さえ覚えた。
でも多分、それは全て正論だったからだろう。自分でも分かっていて、それでも目を背けてしまっていた事を真正面から言われたから不快に思ってしまった。けれど、諸々の事情を知ってしまえば、春花にはそれぐらいの事を言う資格があるのだと分かってしまった。
「のめのめにも聞いたよぉ」
「のめのめ? ……あぁ、東雲さん?」
聞き慣れない名前を聞いて一瞬呆けるけれど、自身の知る限りだと『のめ』と入っているのは朱里だけだったので、真弓に確認も込めて訊ねれば、真弓はこくこくと頷く。
「そーそー。今、のめのめの家に住んでるんでしょ? 朝御飯とお弁当作って学校来て、休日はこまめに掃除してって家の事ほぼ全部やってくれてるって言ってた」
「ママン、朱里にこき使われてる?」
「ママン、朱里の召使にされてる?」
「されてないよ。家の事は、住まわせて貰ってるから自分からやってるだけ。それに、最近分かったんだけど、僕の場合は料理が趣味みたいなものだから、やってる方が落ち着くんだ」
春花が料理を苦と感じないのは、それが趣味のようなものだからだ。それに、作った料理を美味しいと言ってくれるのは嬉しい。
「だから、僕と比べる必要は無いと思います。誰にだって向き不向きはありますし、趣味趣向もそれぞれですから。二人だって、別に家事が好きな訳でも無いですし」
「家事めんどー」
「家事つまんねー」
春花に言われ、唯と一は正直な気持ちを吐露する。
「それでも、二人が家事を手伝ってくれるのは、それが必要な事で、大変な事だって分かってくれてるからです。……まぁ、たまにサボって叱られてますけど」
「「のんのん」」
「後でやろうと」
「思ってただけ」
「それで翌日までやって無かったって、僕は聞いたけど?」
にこっと笑みを浮かべて二人を見やれば、唯と一はバツが悪そうに春花から目を逸らす。
「お婆さんも腰を悪くしてるんだから、二人がちゃんと手伝ってあげてね?」
「「は、はい」」
「うん、よろしい」
「ふふっ、保護者の貫禄が出て来たじゃないか」
二人を叱るように言い含める春花を見て、お婆さんはおかしそうに笑う。
「ま、あんた達の思う通り、家事は大変で面倒さね。あたしだって、時々サボってこの子らが仕事で居ない時は出前を頼んだりもするしね。けどね、それでも家事は止めないよ。家事ってのは、家族を護る事と同義だからね」
「家族を……」
「護る……」
お婆さんの言葉に、あまりピンと来ていない様子の真弓と千弦。
「そうさね。家を綺麗にする。ご飯を作る。洗濯をする。これは全部、家族や自分が家を心安らげる場所にするために必要な事さね。だからこの子達にも手伝って貰ってるのさ。自分達の住む場所は、自分達で綺麗にしないといけないからね」
「でも、急に全部やれって言われても出来ないのは分かってます。二人が家の事を出来るようになるまで、少しずつ頑張りましょう。僕もこうやってお手伝いに来ますから」
「家族を護る……はい。頑張ってみます!」
お婆さんと春花の言葉に元気良く返事をした千弦。
その様子に春花もお婆さんも『おや?』と何か引っかかりを感じるも、此処でその疑問を口にする事はしない。
「そうだにぇ。春ちゃんもたこパしたいって言ってたから、色々頑張ってみるよ」
真弓も前向きな姿勢で家事に臨む気はあるようだ。
「たこパとは」
「素敵な響き」
「お、二人も来る~? たこ以外にも入れちゃう最高のパーティーだよ~?」
「「行く。絶対行く」」
「ふむ……なら、事前準備って事で、今日の夕飯はたこ焼きでも作ってみるかい?」
「なぬ!?」
「良いの!?」
「ああ。いつもの食事も良いけど、皆で楽しめる食事も必要さね」
「うわ~い!」
「やった~!」
お婆さんの言葉に嬉しそうに両手を上げる唯と一。
「確かホットプレートが何処かにあったと思うけど……」
「後で僕が探しておきますよ」
「そうかい。悪いねぇ」
「いえ、これくらい」
「じゃあ、今日はたこ焼きぱーてぃーにしようかね。あんた達もそれで良いかい?」
「ぜひぜひ! たこパ久し振りです!」
「にゅふふ! 実はまゆぴー、たこ焼き作りだけはじょーずなんだぁ! これは腕の見せ所だにぇ~!」
急遽開催が決定されたたこ焼きパーティーに喜ぶ少女達。
お喋りをしたり、お婆さんを頼ったり、こうしてはしゃいでいる姿を見ていると、此処での生活が上手く行っている事は分かる。
お婆さんに相談したのはやはり正解だったのだと、春花は心底から安堵した。




