表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第8章 ■■の魔道使い
434/489

異譚29 ママ、ヘルプ

 料理を教えるだけでえあれば大した手間ではない。春花にだって人に料理を教える事は出来るのだから。だが、それ以上の事情となると話は別だ。


今回の事、真弓と千弦の深層にある傷は春花が思う以上に深かった。これは春花の手に負える範疇を逸脱している。春花一人では到底解決出来ない問題だと、春花は判断した。


そうして、春花が導き出した結論は――


「では、申し訳ありませんが二人をよろしくお願いします」


「ふんっ。かまいやしないよ。他ならぬあんたの頼みだからね。それに、あの子達の友達なんだろう? 喜んで泊まりの準備してるよ」


 ――丸投げである。


 この件、春花一人では手に負えないと考えた。何せ、春花には子育ての経験は無い。そのため、真弓や千弦が何を思って、何を考えて、何を我慢しているかの全容が把握できない。それを知るためのヒアリングも春花に出来るとは思えない。


 そうなると子育ての経験があって、家事を教えられる人のあては一人しか思い浮かばなかった。


 そう、自身の料理の師であるお婆さんだ。お婆さんであれば家事を教えるのも上手いし、千弦から真弓の事や家庭環境についてどう思っているのかを聞き出してくれるのではないかと思ったのだ。


 本来であればこんな事をお婆さんにお願いするのは筋違いだろう。何せ、他人の家の家庭事情を改善してやってくれ、という無茶振りなのだ。春花も断られる事を覚悟で電話をした。


 けれど、結果は二つ返事の了承だった。そもそも、春花は二人の家庭事情を話して、アドバイスを貰えたらくらいの気持ちだった。それ以上の対応は求めていなかった。


だが、結果としてお婆さんはアドバイスをするどころか、うちで暫く面倒を見ると言い出した。


 流石にそれは申し訳無いので断ったのだけれど、『子供が遠慮するんじゃないよ』の一点張りでまったく引き下がらなかった。


結果、春花が根負けする形で二人を菓子谷家に預ける事となった。勿論、その事は二人にはしっかりと了承を得ている。


二人の事を丸投げするのは申し訳無く思うけれど、正直な事を言うのであれば有難さと頼もしさの方が勝っている。


 春花の知り合いの中で、子供に接する上での厳しさと優しさを兼ね備えている人はお婆さんや沙友里くらいだ。だが、沙友里は子供を育てた経験は無いし、その厳しさは仕事だからという側面が強い。


 結果、頼れる相手はお婆さんしかいなかった訳だけれど、最上の人選であるのは間違いないと思っている。何せ、唯と一も訳有りだ。その二人をちゃんと育てている実績は大きい。


「それにしても……頼れとは言ったけど、まさか他所んちの子供を任されるたぁねぇ」


「すみません……」


「ああ、別に愚痴や文句じゃ無いよ。うちで預かるって言ったのはあたしの方だからね。しっかし、人生それなりに長く生きてるけど……まったく、退屈しないねぇ。本当に」


 そう言うと、お婆さんは楽しそうに笑う。


「あの子達の事は任せな。出来る限りの事はしてやるさね」


「ありがとうございます。僕もちょこちょこ様子を見に来ます」


「ああ。いつでも来なね」


「はい」


 こうして、ひとまず真弓と千弦の事はお婆さんに任せる事となった。唯と一にも二人の事情は説明してあるし、気負わずに友達として力になってあげて欲しいとお願いした。育児放棄(ネグレクト)を受けていた二人としても、真弓と千弦の状況に思うところがあるのか、二つ返事で春花のお願いを聞いてくれた。


 後は様子見。では、あるけれど、二人をお任せした手前何もしない訳にもいかないので、菓子谷家へ行く頻度を増やす事にした。いくらお婆さんでも四人のお世話をするのは疲れるだろうと考えていたからだ。


 お願いした以上、そのお手伝いはしっかりするのが自分の役目だ。





「わぁ……」


 菓子谷家に真弓と千弦を預けてから二日後。真弓からは特に音沙汰なく、唯と一に聞いても元気でやってるとしか返って来なかったので、ひとまず自分の目で確かめる事にした。


 二人は元気でやっているだろうかと、二人が好きそうなお菓子や飲み物を買って――勿論、唯と一、お婆さんが好きな物も買った――菓子谷家を訪問してみれば、目の前に広がるのはまさに地獄絵図と言っても過言ではない惨状だった。


「にょ、にょわぁぁぁ!? あ、あわわ! あわわぁ!?」


「泡が噴き出たくらいで騒ぐんじゃないよ。火が強すぎさね」


「いっ!? ゆ、指切った!! 血ぃ、血ぃっ!!」


「見せてごらん。なんだ、ちょっと切っただけじゃ無いか。唯、消毒して絆創膏してやんな」


「らじゃ!」


「あと、食材を切る時は指を曲げな。こう、軽く握り込むようにして食材を抑えるんだ」


「な、なるほどです……」


「お、おおおお婆ちゃっ、つ、次なにするの!? あ、泡の後に泡が残ってる!!」


「それは灰汁(あく)だよ。お玉ですくってやんな」


 一つ何かをするごとにわーぎゃーと騒ぐ真弓と千弦。その横で落ち着いた様子で料理を教えるお婆さんと、背後でせっせかちょろちょろ動き回る唯と一。


「これは……」


 以前来た時は確かに綺麗だった台所が今は見るも無残な姿に変わっている。ぶちまけられた醤油に、テーブルに広がった小麦粉。ボウルに入った卵には殻が一杯混入しており、一はその殻を一生懸命取り除いていた。


 まさか洗濯物やごみも溜まっているんじゃと思い、春花はお菓子や飲み物が入った袋を居間のテーブルの上に置いて、家じゅうを見て回る。


 しかし、春花の予想とは裏腹に菓子谷家は以前来た時同じように綺麗にされていた。


 つまり、料理を教えているあの空間だけが惨劇の舞台となっているらしい。


 家の様子を確認した後、春花は居間に戻る。居間ではまだ騒がしく料理をしており、全員春花が来ている事に気付いた様子は無い。因みに、わざわざ出迎えるのも面倒だからと、玄関のチャイムを鳴らさないで入れと言われているので不法侵入ではない。


 さてどうしたものかと考えていると、不意に視線を上げた一と目が合う。


「ママ、ヘルプ」


 まるで春花が居る事が自然なように、特に驚く事も無く一は春花に助けを求める。


「はいはい」


 助けを求める一に慣れたように頷き、春花は割烹着を着てから台所に立つ。


 途中で唯とお婆さんも春花の存在には気付いたけれど、真弓と千弦は終始料理にしか目がいっておらず、料理が完成するまで春花の存在に気付く事は無かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ