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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第2章 三本の剣
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異譚18 イェーガー

 チェシャ猫の的は上下左右から更に手前や奥に行き、斜めだったり急に加速したり外したら『外れだニャー』と言ってくるようになった。


 煽ってくる的に対して――アリスに対してでもある――全員額に青筋を浮かべつつも、全員が集中して的を狙う。


 全員の命中率が一定に達したところで、アリスが指を弾いて鳴らす。


「じゃあ、反撃開始」


「「「「「「「「「「はぁっ!?」」」」」」」」」」


 唐突に発せられたアリスの言葉に、全員が声を上げてアリスを振り返る。


 が、それが良くなかった。


『反撃ニャー!』


『日頃の恨みニャー!』


『猫の反乱ニャー!』


『ペットに甘んじる猫じゃ無いのニャー!』


 ニャーニャーと騒ぎながら、的からふわふわの猫の手が射出される。


「痛っ!?」


「ぐっ……柔らかそうに見えて重い……!?」


「あふんっ!?」


 ふわふわの猫の手が魔法少女達を襲う。


 流石に熟練の魔法少女達は避けたり迎撃したりしているけれど、新米魔法少女達は全員ふわふわの猫の手の餌食になっている。


「今度は避けながら攻撃。障害物(バリケード)も作ってあげるから、頑張って」


 地面がせり上がり、壁が出来上がる。


 新米魔法少女達は慌てて障害物(バリケード)に隠れる。


 が、美奈だけはムキになった様子で猫の手を頑張って避けている。しかし、避けるのに精一杯で出鱈目に放った魔法は的に当たりもしない。


 対して、熟練の魔法少女達は大したもので、迫り来る猫の手に対応しながら的に魔法を当てている。


 数人は障害物(バリケード)を利用しているけれど、攻撃の間合いを掴むための一瞬の障壁に使っているだけであり、即座に障害物(バリケード)から出て攻撃をする。


「当たってもちょっと痛いだけ。それに、速度も大した事無い。躊躇わずに外に出て」


 後ろで優雅に紅茶を飲みながら、アリスは新米魔法少女達に声をかける。


「これはまだレベル1。レベル5まであるから。頑張って」


 因みに、レベル2で的が実体化して動きも現実的な敵の挙動になり、遠くから猫パンチを飛ばしてくるようになる。煽り文句に『これが本場の猫パンチニャー!』が追加される。


レベル3は更に動きが俊敏になり、猫パンチの速度も上がる。煽り文句に『猫に勝てない奴とか()るって……ま? プークスクス、うける』が追加される。


 レベル4では数体の猫が合体しチェシャ猫のような可愛らしい猫から、異譚生命体のような(いびつ)で形容しがたい四足歩行の獣になる。更に動きが激しくなり、背中から生えた触手が中距離から伸びて魔法少女達を攻撃する。煽り文句に『オデ、ニンゲン、クウ……オデ、ニンゲン、マルカジリ……』が追加される。


 レベル5では全ての獣が合体し、一般的な家程の大きさの多足型の名状しがたい獣が現れる。百足の様な多足に加え、自由に動かせる四本の腕が生え、背中から伸ばされる触手からは強力な酸――今回は臭い色水――を噴出してくる。酸の攻撃には広範囲型と狙撃型があり、狙撃型は当たっても死にはしないがとても痛い。煽り文句に『猫の足元にも及ばぬ人間共め! 平伏(ひれふ)すが良い! にゃはははははは!』が追加される。


 これは全てアリスが考えた創作上の敵性生物であり、今日のために設定からビジュアルを頑張って絵に描いて作り上げたのだ。


 因みに、煽り文句はアリスが考えたのではなく、それを見ていた童話組が勝手に加えたものだ。


 レベル2が瑠奈莉愛で、レベル3が珠緒、レベル4が詩で、レベル5が餡子である。


 煽り文句はともあれ、実力は本物である。流石に異譚支配者とまではいかないものの、そこそこの強さは持ち合わせている。良い練習台にはなるだろう。


『猫の反乱の時ニャー! 同志よ、この日のために磨いた猫パンチを見せてやるニャー!』


『反乱ニャー!』『反乱ニャー!』『反乱ニャー!』


 レベル1の煽り文句を言いながら、猫達は勇猛果敢に猫パンチを飛ばす。


 レベル1の煽り文句は笑良が隣で可愛い猫のイラストを描きながら考えた。


「このっ……すばしっこいわね……!」


「うわっ、回り込んできた!?」


「カーブするんだけどこの猫パンチ!?」


 叫喚しながら、新米魔法少女達は猫の相手をする。が、上手く行かずにわちゃわちゃと慌てる始末。猫パンチに吹き飛ばされながら、逃げ回るのがやっとである。


 そんな彼女達をしつこく追い回す猫達。


「うわぁ……やっぱこれやってたんだ……」


 アリスの背後から聞き慣れた声が聞こえてくる。


 振り向けば、アリスの背後には赤い頭巾を被った珠緒が立っていた。


イェーガー(・・・・・)、何か用?」


「新人達がどれだけ無様晒してるか見に来ただけ。ぷっ、めっちゃ吹っ飛んでる……ウケる」


 くすくすと意地悪く笑いながら、珠緒(イェーガー)は腰のホルスターに入れていた短銃を引き抜き、片手でおざなりに構える。


 直後、鋭い発砲音が鳴り響き、一体ずつ素早く撃ち抜いて行く。十体の猫の眉間が撃ち抜かれ『痛いニャー』の大合唱が響く。


「イェーガー、邪魔しない」


「こいつらの顔見ると撃ちたくなるんだよねー。誰かさんのせいで」


 突然の乱入者に新米魔法少女達は驚くも、直ぐにそんな場合じゃ無いと思考を切り替えて猫の対処に当たる。


「訓練は?」


「休憩中。あんたと違ってこっちには休憩あるから」


「……こっちだって休憩してる」


「じゃあ何回休憩したわけ?」


「……まだ……」


「はぁ? もう始めてから二時間は経ってるんですけど? こっちは一時間おきに休憩入れてるわよ?」


「でも実戦で休憩なんて無いから」


 アリスが当たり前と言えば当たり前の事を言うけれど、イェーガーは心底呆れたような顔でアリスを見やる。


「ばっかじゃないの? 実戦を想定したメニューと技術力向上を計ったメニューに分けんのがふつーでしょ。なーにが『実戦に休憩なんて無いから~』よ。訓練だっつーのバーカ!」


 下手な物真似をしながらアリスに食ってかかるイェーガー。けれど、アリスは特に言い返す事はしない。


 イェーガーが誰かに食って掛かるのはいつもの事だし、イェーガーが言っている事も一理あるのだから。それに、口が悪いのは彼女が元気な証拠だ。元気なのは良い事だ。


「メニューは、イェーガーの時とは変えてない。だから平気」


「はい馬鹿ー! あたしと星屑クソ雑草共(・・・・・・・)一緒にすんなし! 温室育ちのぬくぬく星屑クソ雑草が、あんたの馬鹿みたいに鬼畜なメニューに着いて来られる訳無いじゃん! ちょっと考えれば分かるでしょそんくらい!」


「ちょっとそれどういう意味よ!!」


 そこそこ大きな声量で話していたイェーガーの言葉に、新米魔法少女の一人が食って掛かる。


 即座にイェーガーは短銃を発砲。食って掛かって来た新米魔法少女に猫パンチをかまそうとしていた猫の眉間を撃ち抜く。


 他の者達の意識もアリスやイェーガーに向き始めていたので、アリスは一旦猫達の動きを止める。


 猫達が動きを止めれば、全員が二人を見やる。


「さっきの、星屑だのクソ雑草だの……どういう意味よ!」


 先程食って掛かった新米魔法少女が、イェーガーを見て声を荒げる。


「はっ、言葉通りよ。現にあんたら、逃げ回って適当に魔法撃つだけでなーんも出来てないじゃん」


「始めたばかりだから仕方ないだろう? 君にだって同じ時期があったはずだ」


 新米魔法少女が何かを言う前に、夏夜が言葉を返す。


「あんたらと同じだと思わないでくれる? 少なくとも、向き合う姿勢は違った。逃げて隠れて適当に魔法撃って……そんな無様は晒さなかったわ。死ぬ訳じゃあるまいし、ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃーみっともないったらありゃしない」


 心底呆れたように言うイェーガーに、しかし、事実である以上言い返す事が出来ない。


「立ち向かわなきゃ挑戦じゃない。前に進まなきゃ訓練じゃない。教育と仲良しこよしは一緒じゃない。そんな事も分んないんなら、こんな訓練無駄だから止めたら?」


 言いたい事は言ったのか、イェーガーは踵を返して訓練場から出ていく。


 最悪の空気にしたイェーガーをもの言いたげに目で追うアリスだったけれど、最後までイェーガーは振り向く事は無かった。


 アリスは文句を言うのを諦めて前を向く。


 だが、新米魔法少女達の表情は険しく、向日葵や夏夜達、熟練の魔法少女達の表情も考え込んでいる様子だった。


 どんより重い空気の中、アリスは静かに口を開く。


「それじゃあ、少し休憩」


「キヒヒ。他に言う事は無いのかい?」


「うるさい」


 余計な事を言うなと言わんばかりに、アリスはチェシャ猫の髭を引っ張った。


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[一言] 台詞を考えたのがアリスだと知らないよ方々はえ?って思いそう
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