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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第8章 ■■の魔道使い
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異譚24 怖いもの

総合評価16000ポイント突破しました。ありがとうございます。

これからも応援の程、よろしくお願いします。

「なんやおかしな事してはるなぁ」


「珍しいな二人が掃除だなんて」


「ほんと。明日は雪でも降るんじゃない?」


 部屋に入るや否や、真弓と千弦が掃除をしている事を珍しがる真弓のチームメイトの三人。三人は玲於奈が送った動画を見て、そろそろ掃除(その)時期かと思いながら、動きやすい恰好で真弓の部屋を訪れた。


「あれま。春花ちゃんおったんやねぇ。どうしたん? この子に汚部屋の掃除でも強要されてん?」


 せりりんこと、瀬里沢うさぎは掃除をする春花を見て、春花を案じるように声を掛ける。


「いえ。お部屋に招待されたと思ったら、この有様だったので……」


「あぁ……普通のお部屋かと思うたら汚部屋やったわけやねぇ」


 正直に言って、この汚部屋をチームメイト以外に掃除させるのは本当に申し訳無い。何せ、掃除をしている最中に阿鼻叫喚が飛び交う程の汚部屋だ。


「うわっ、うわっ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? ご、ごきぶ、ぶ、ごきぶ!!」


 かさかさと動く人類の敵と邂逅してしまったりぃちゃんこと、乙倉(おとくら)李衣菜(りいな)は恐れ戦いた様子でゴキブリと対峙する。


「ど、どどどどどうすれば良い!? どうすれば良い!? だ、誰か、助けてぇぇぇぇえ!!」


 大慌ての李衣菜を見てふふふっとおかしそうに笑う玲於奈。


「ちょっ、早くどうにかしてよ!! あんたが見つけたんだから、あんたがどうにかしてよね!!」


 ゴキブリ発見の報告を受けて、即座に李衣菜から離れるまーぴーこと、(はかり)真昼(まひる)


「ほんで、どーいう経緯でこの汚部屋にお呼ばれしてん?」


「諸事情ありまして……」


 言って、ちらりと真弓を見やる。真弓は汚部屋に現れたゴキブリに意識を持っていかれており、春花とうさぎが喋っている内容に意識を向ける余裕は無さそうだった。


「にょ、にょわぁぁぁぁぁぁああああ!? り、りぃちゃんりぃちゃんりぃちゃん!! 早く倒しちぇ!!」


「ぎゃっ!? こ、こっち来てる来てる!! りぃちゃん早くして!!」


 真弓と千弦はお互い抱き合って李衣菜に早急にゴキブリを倒せと声を上げる。


 本人達の声の大きさも相まって、春花とうさぎが小声で話す分には問題は無いと思うけれど、万が一という事もある。それに、誰に何処まで話して良い内容なのかも分からないし、春花も詳しい事情は聞いていない。


 春花は近くにあった雑誌を丸めながら、うさぎに言う。


「僕からは、なんとも言えないです」


「そうなんやねぇ。ほな、後で本人に聞いてみるわぁ」


 春花の言葉に、うさぎはそれ以上深く訊ねる事は無く、素直に引き下がる。


 春花は騒いでいる玲於奈達の元へ行き――


「えいっ」


 ――軽い掛け声と共に、丸めた雑誌でぷちっとゴキブリを叩く。


「はい。掃除を再開してください」


 何事も無かったかのように、ティッシュでゴキブリをくるんでごみ袋に捨てる春花。


「め、女神様、強ぇ……!!」


 ゴキブリに臆する事無く平然と叩き潰す春花を見て、千弦は尊敬を込めた眼差しを向ける。


 春花としては、異譚生命体を見ているので悍ましい生物には慣れている。異譚生命体とゴキブリ、どっちの方が悍ましいかと言われればどっちもどっちだけれど、攻撃をしてこない分ゴキブリの方がマシではある。


 なので、特に臆する事無くゴキブリを叩き潰す事が出来た。


 そんな事とはつゆ知らず、少女達はゴキブリに臆さない春花に感心の目を向ける。


 しかし、今の春花にとってゴキブリなんて些事である。今一番大事なのは、この部屋の掃除である。因みに、チェシャ猫はゴキブリが出るといの一番に逃げる。それこそ、いつものようにぱっと姿を消すくらいには苦手としている。


 ゴキブリなんて出てこなかったとばかりに掃除を続ける春花を見て、少女達も止まっていた手を動かす。


「春花くんは動じないな……遊園地の時も、特に動じて無かったし……」


 遊園地に行った時、李衣菜は春花達が絶叫マシンに乗っているところを見ている。その時、笑良は悲鳴を上げていたけれど、春花は無反応だった。朱里は楽しそうに声を上げていたけれど。


「そやねぇ。春花ちゃん、怖いもんとかあらへんの?」


「怖いもの、ですか」


 うさぎに言われ、春花は考えるような声音にはなるけれど一切掃除の手は止めない。


「……強いて言えば、仲の良い人が居なくなってしまう事、ですかね?」


「そら皆怖いわなぁ。うちかて友達亡くすんはえろう恐ろしいしなぁ。それ以外に、なんかあれへんの? お化け怖いとか」


「お化けより異譚生命体の方が怖いです。実害ありますし」


「それ言ったら、大抵の物がそうでしょ。あれよ、高所恐怖症、先端恐怖症とか。そーいうの無いの?」


 高所なんか怖がっていたら空も飛べないし、先端だって怖がっていたら戦えない。


「集合体恐怖症とかもありますよね。私はそういう恐怖症とかは無いですけど、この間の蜘蛛の時は流石にぞっとしました……」


「ちょっ、止めてくれ! 思い出しただけでも鳥肌が立つ!」


 情けない声を上げて身震いする李衣菜。先程のゴキブリでも大騒ぎしていたように、李衣菜は虫が苦手なのだ。


「んで、どーなん? なんか怖いもんとかあるん?」


「あー……特に、無いかもです」


「ほわぁ……女神様すっげぇ」


「まゆぴー怖いのいっぱいあゆよ~……見習いたい、その精神」


「……多分、特に誇れる事ではないと思いますけど」


「そんな事無いんじゃない? 怖い物が少ない方が生きやすいでしょ」


「そうですね。虫一匹で大騒ぎしないですし」


「それはもしかしなくても私の事を言ってるのか?」


「ええ、貴女達の事を言ってますよ」


「くっ……何か言ってやりたいけど、現に騒いでしまった手前何も言い返せない……!!」


「なんかこっちにも流れ弾来たし……」


 お喋りをしながらも、少女達は掃除の手を止める事は無い。


「ああ、でも。怖かった物ならあります」


 唐突に、春花は自身の怖かったものを思い出す。二年も前の事であり、もう乗り越えた事だったのですっかりと失念してしまっていた。


「お、なになに? 何が怖かったの?」


「ご飯と、人です」


 春花の答えを聞き、全員が思わず言葉を失う。


 何せ、ご飯が怖いだなんてこの中の誰も思った事が無いはずだ。それこそ、拒食症を患った事がある人くらいだろう。だが、拒食症は太る事に対する食べる事への恐怖と不安から来るものである。


 春花は太っていないし、それどころか痩せている。元々食が細いとは言っていたので、太っていた時期は恐らく無いはずだ。そう考えると、ご飯が怖いという言葉に言外の重みがあるような気がしてならない。


「一時期ご飯を食べられない時期があって、何食べても直ぐ吐いちゃってたんです。その時は何故かご飯が怖かったんです。多分、二年よりも前の記憶が関係してると思うんですけど、思い出せない事には事情も分からないんですよね」


 何ともなしに言いながら、春花は部屋のごみをせっせか捨てる。


「ちょ、ちょっと待て! その言い方だと、君は記憶喪失って事になるんだが……」


 李衣菜がそう言えば、春花は数秒手を止めた後、李衣菜を見て言う。


「あれ、言ってませんでしたっけ?」


「「「「「言ってない!!」」」」」


「あれー?」


 力強く否定され、思わず小首を傾げる春花。


 あんまり気にしていないので、最早誰に言って誰に言っていないのか分からない。そんなに広める事では無いけれど、自身が仲が良いと思っている人には別に言っても構わないとは思っている。


 が、それは本人が思っているだけだ。記憶喪失というのは本人が思っている以上に重い話であり、掃除の合間にするような話ではない。


「記憶喪失ってどういう事だ?」


「今はご飯大丈夫なの?」


「人が怖いって言ってましたけど、何かされたんですか? 処しますか?」


「記憶喪失なんやから、そないな事分かれへんやんなぁ。今はもう平気なん?」


「どーしてそんな大事な事言わなかったのさー!」


「ご家族はどうしてるんですか!? もしいないのだったら、私が妹になりましょうか!?」


 てんやわんやの大騒ぎに発展してしまい、流石に焦る春花。


「あ、あの……それより掃除を……」


「それより!? それよりではない!! 掃除より大事な事だ!!」


「そうよ!! この事って他に誰が知ってんの? あんたちゃんと人を頼れてる?」


「掃除……」


「掃除はええから。ご飯は食べてはるから平気やんな。人ももう大丈夫なん? 他になんかあったら遠慮せんで言いや?」


「そうですよ。一緒に遊園地に行った仲なんですから。遠慮しないで、困ってる事とかあったら何でも言ってください」


「じゃ、じゃあ、掃除を……」


「そーじはもー良いにょー! 今ははるにゃんの事ー!」


「そーですそーです! お掃除の前に、春花さんの事もっと知らないとです!!」


「いや、掃除……」


 掃除の続行を主張し続ける春花だったけれど、少女達はまったくもって聞く耳を持ってくれなかった。


 結局、春花達は掃除を中断し、近くのファミレスへと脚を運ぶ事になり、お昼過ぎまで矢羽々家に戻る事は無かった。


 自分がなんとも思っていない事でも、他人からしたら重大な事もあると言う事を学んだ春花だった。


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みんな優しいなぁ……。
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