異譚22 羞恥心
家を出て春花は矢羽々家へと向かった。
一度訪れたので家の場所は憶えている。迷う事無く春花は矢羽々家へと辿り着いた。
エントランスでインターホンを押して真弓にエントランスのドアを開けて貰い、そこから真弓達の住む部屋へと向かう。
部屋のインターホンを押せば、程無くして真弓が部屋の鍵を開けて扉を開く。
「うにゅぅ……おぁよぉ……」
眠たそうに欠伸をしながら玄関の扉を開けた真弓を見て、思わず絶句した後に慌てて真弓を部屋に押し込む。
「ちょちょちょっと!」
「う、にゅ? にゃ、にゃにぃ?」
何故部屋に押し込まれたのか分からない真弓は、眠たそうながらも困惑の声を上げる。
「……自分の恰好を良く見てみてください」
呆れた様子でそう言い、春花は真弓に背を向ける。それと同時に、防犯のために部屋の鍵も閉めておく。
「かっこー…………ぁっ!?」
春花に言われた通り、自身の恰好を確認した真弓は思わず声にならない声を上げてしまう。
真弓は上にオーバーサイズのTシャツを着ていた。Tシャツには『まほーしょーじょ』と書かれている。
それは良い。文字のプリントされたTシャツを着ていたところで特に恥ずかしいと思う事は無い。問題は、その下だ。
「んにょぉわぁぁぁぁぁああああああああああああっ!?」
自分の痴態に気付き、悲鳴を上げて真弓は自室へと走る。
そう。真弓はズボンを履いていなかったのだ。真弓は暑がりなので常はTシャツしか着ていない。冬にはちゃんと履いているけれど、まだ少し暖かいのでTシャツだけを着て寝てしまっていた。
そして、いつも休日はお昼まで寝てしまっているので、春花が来る時間帯に起きる事は稀である。結果、インターホンで起きてしまったので下にズボンを履いていない事に気付けなかった。
オーバーサイズだから下着は見えていなかったけれど、それでも本来は下を履いていなければいけない服装で履いていないのを見られるのは、年頃の女子としてはいささか恥ずかしいものがある。
真弓だって女の子だ。人並みの羞恥心を持っているし、幾ら相手が一見女の子のように見える春花であっても男子にそんな無防備な姿を見られるのは恥ずかしい。
真弓は自室に積み上げられた衣服の山から、比較的直近で履いた覚えのあるズボンを選んで素早く履く。因みに、比較的直近で履いた覚えがあるズボンを選んだのはその山が既に来た後の衣服の山になるので、いつ着たか分からない服も積まれているのだ。そのため、多少、少し、ほんのちょっと、臭うのだ。
ズボンを履いてから、自室の扉を開けてひょこっと廊下に顔を出してにぇへへっと恥ずかしそうにはにかむ真弓。
「ご、ごめんにぇ……寝起きだったかやぁ……」
「大丈夫ですよ」
恥ずかしそうにする真弓に穏やかに返す春花。流石に、下を履いていない状態で玄関を開けられた時は焦ったけれど、それ以上の感情は特に無い。これが正常な年頃の男子であれば話は変わるだろうけれど。
「一応は僕も男子なので、次から気を付けていただければそれで」
「にぇへへ……はぁい」
照れたように笑い、真弓は完全に部屋から出て来る。
丈は短いけれど、今度はちゃんとズボンを履いている事にほっと安堵する春花。
「千弦さんは、もう起きてますか?」
「うーん……多分寝てゆ」
言って、真弓は千弦の部屋であろう扉を躊躇いも無く開けると、部屋の中を確認してから春花の方を見る。
「うん、寝てゆ!」
「もう八時ですけど……」
「まゆぴーも千弦も、お休みの日はお昼まで寝ゆよ?」
「そうですか……」
春花自身が早起きというのもあるけれど、朱里も朱美も朝はしっかり起きているので、真弓や千弦のようにお昼まで寝ている人は珍しく感じてしまう。もっとも、春花が知らないだけで、唯と一もお婆さんに起こされなかったらお昼まで寝ているし、詩も平気でお昼まで寝ている。
それでも、童話の魔法少女は基本的に生活リズムが整っている面々が多い。お昼まで寝ている方が少数派である。
「起こしましょう。今日は朝御飯を食べて、しっかりとお掃除をします」
「りょうかい! 千弦~お~きて~!!」
声を張り上げながら、真弓は眠っている千弦にダイブする。
春花は真弓の行動は見えないけれど、部屋の中から『ぐえっ!?』と呻き声とどさっという重たい物が落ちる音が聞こえて来たので、真弓が千弦にダイブをして無理矢理起こしたのだと悟る。
「はるにゃん来てゆよ~! 起きておそーじおそーじ!」
「うぐぅ……ばか姉ぇ……もっと優しく起こせぇ……」
「起きて、ご飯食べて、おそーじ!!」
「うるさぁい……なんでそんな元気なのさぁ……」
そんな会話が聞こえて来た後、真弓が眠たそうに目をしょぼしょぼさせた千弦の手を引いて千弦の部屋から出て来る。
「千弦起こしたぁ!」
「じゃあ、朝御飯を食べてからお掃除開始です」
「りょかーい!」
「ぁーぃ……」
「朝御飯は僕が作って来たので、リビングで食べちゃいましょう」
「やったー! はるにゃんの手作りだ~!」
春花が朝食を作って来たと言えば、真弓は嬉しそうに両手を上げる。千弦は真弓に手を握られているので、片手だけ強制的に上げられる。
朱美の事は気掛かりだけれど、春花も考えを纏める時間は欲しい。掃除に熱中している間に、どうにか考えを纏める事が出来たら僥倖と言ったところだろう。
「さぁ、ぱぱっと食べて、ちゃちゃっと掃除しちゃいましょう」
「ぱぱっとは簡単だけど……」
「ちゃちゃっとは簡単じゃないよねぇ……」
「それはお二人の頑張り次第です。……今日はおさぼりは許しませんからね?」
春花が笑顔でそう言えば、真弓はびくっと身を震わせ、千弦も眠たげな眼から一気に覚醒する。
「「が、頑張ります……」」
笑顔の春花におののきながらそう答えれば、春花は満足そうに頷いた。




