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魔法少女異譚【書籍化決定】  作者: 槻白倫
第8章 ■■の魔道使い

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424/499

異譚19 塩水

そう言えば、450万PV突破していました。ありがとうございます。

大きめの目標としては書籍化なのですが、小刻みにした目先の目標だとブクマ5000、総合評価2万ポイント、500万PVになります。これからも頑張って書いていきますので、応援の程よろしくお願いします!

 真弓の家で掃除をした翌日。土曜日だけれど、春花は規則正しい生活をしているので、朝早くに起きて朝御飯の用意をする。


 東雲家(此処)での生活ももう慣れたもので、冷蔵庫の中身の管理から、食器や調理器具の場所の把握まで完璧である。食材の買い足しも春花が行っているし、料理だって春花が行っている。最早東雲家の台所は春花が掌握していると言っても過言ではない。


『聞こえますか。今、貴方の脳内に直接話しかけています。私に水を持ってくるのです。水道水では駄目です。冷蔵庫でキンキンに冷やしてある天然水を持ってくるのです。さあ、持ってくるのです』


 ヴルトゥームは春花を召使だとでも思っているのか、時折今のようにテレパシーで春花に自身のお世話をするように要求してくる。


「東雲さんの部屋には勝手に入れないよ」


 春花はキッチンに居るけれど、元旧支配者のヴルトゥームであれば春花の声を拾う事は容易い。


『奴は今、日課のランニング中です。後ニ十分は帰ってきませんよ』


「奴って……だとしても、女の子の部屋には勝手に入らないよ。それに、お邪魔させて貰ってる身だからね。勝手な事はしないよ」


『ちっ、召使のくせに……歯向かうだなんて生意気です』


「僕は君の召使になったつもりは無いんだけど……」


『ではどうして、ロデスコとその母を甲斐甲斐しく世話しているのです?』


「さっきも言ったけど、お邪魔させて貰ってるからだよ」


『それは分かりますが、貴方の献身はいささか度が過ぎているようにも思います。暫く観察させていただきましたが、貴方が来てからロデスコやその母の家事の頻度は大きく下がりました。二人が行っていた家事を貴方が代行し、二人が行っていなかった(・・・・・・・・)部分の家事も貴方が行っています』


 ヴルトゥームの言う通り、東雲家の家事の殆どを春花が行っている。日々の家事は勿論、休日でも普段やらないようなところを掃除したり、朱里が食べたいと言っていたお菓子を作ってみたりもしている。


『傍から見れば、貴方はおさんどん(・・・・・)です』


「よくそんな言葉知ってるね」


 おさんどんとは、家事手伝い目的で雇われている女中の事である。あまり一般的な言葉ではないだろう。


『まぁ、女神ですので。って、そんな事はどうでも良いのです。幾ら居候と言えども働き過ぎでは? 此処以外でも家事をして、学校に通い、その上魔法少女もしているだなんて、ハードワークにもほどがありますよ』


「自分でもそう思うけど、不思議と疲れは無いんだよね。別に苦でも無いし」


 傍から見なくとも自分の生活の中に多くのタスクが積み上がっている事は理解している。それでも、そのタスクをこなす事は別段苦でも無ければ、大変な訳でも無い。


 今日だって、この後は真弓の家に掃除に向かうけれど、別段大変だとは思っていない。


「朝食を朱美さんに渡して来るから、一旦お喋り止めるね」


『私の水がまだですが?』


「それは東雲さんに頼んで。東雲さんの部屋には入れないから」


『ぶー。いーじゃないですか、お水くらい』


 ぶーぶー文句を垂れるヴルトゥームを無視して、春花は出来上がった朝食を持って朱美の部屋へと向かう。


 時刻は朝の六時半だけれど、朱美はこの時間でもしっかり起きている。引きこもり生活が長いと生活リズムも狂ってしまいそうだけれど、朱美は正しい生活リズムを保っている。


「朱美さん。お早うございます。朝食を持ってきましたよ」


 いつものように朱美の部屋をノックして朱美を呼べば、ゆっくりと朱美の部屋の扉が開く。


 いつも通り、朱美にお盆を差し出すが、どういう訳か朱美はお盆を取ろうとしない。


「どうしました? 嫌いな食べ物でも入ってましたか?」


 小首を傾げて春花が問うけれど、朱美は首を横に振る。


「……どうして、良くしてくれるの?」


「え?」


「……どうして、アタシなんかに良くしてくれるの?」


 言いながら、何故か朱美はほろほろと涙を流し始める。


「え、え、え?」


 突然涙を流す朱美に驚きを隠せない春花。此処でチェシャ猫が居たら『キヒヒ。アリス、泣かせた。悪いんだ』なんて言っていた事だろう。しかし、今はチェシャ猫はいない。居ない代わりに、ヴルトゥームが脳内で『あー、いーけないんだー。泣かせた泣かせたー。せんせーに言ってやりますー』と水をくれなかった事に対する嫌がらせをしてきている。


「だ、大丈夫ですか? えっと、とりあえず座りましょうか。ね?」


 春花がそう提案すれば、朱美は泣きながら自分の部屋へ戻っていく。扉を閉めていないので、入って良いと言う事なのだろうと解釈し、お盆を持ったまま朱美の部屋に入る。


 初めて入る朱美の部屋は綺麗なものだった。というより、綺麗過ぎた。春花の部屋よりも飾り気がなく、春花の部屋よりも物が少ない。ベッド、箪笥、テレビ、テーブル、後は生活に必要な小物がちらほら。それくらいしか置かれていない。まるで、モデルハウスのようだ。


 春花はテーブルにお盆を置き、ベッドに座った朱美の隣に座る。


「どうかされましたか?」


 朱美はしゃくり上げながら、ゆっくりと春花に言葉を返す。


「……だ、誰も……ア、タシに……優しく、してくれないからぁ……っ」


 堪える事無く、ずっと泣き続ける朱美。


 泣き続けるだけで、朱美はそれ以上何も言ってはくれない。


 泣いた子供のあやし方さえ分からないのに、泣いた大人の宥め方など分かるはずも無い。


『大丈夫、俺が付いてる。って言って、ハグしてチューすれば一発ですよ。頑張ってください』


 なんて脳内でヴルトゥームが好き勝手言ってくるけれど、そんな事出来ようはずも無い。


 朱美の世界はこの家だけ。朱美に挨拶をした時の朱里の様子を見るに、まともにコミュニケーションを取っているとは思えない。朱美がこの部屋に籠ってどれくらい経過しているのかは分からないけれど、その間誰ともコミュニケーションを取っていない可能性は高い。


 ただ、朱里がこの部屋に朱美を閉じ込めているとも思えないのだ。春花の知る朱里は、そんな事をしない。それは断言出来る。


 春花が朱里を信じるのであれば、朱美は自分からこの部屋に閉じ籠っている、という事になる。


 ひとまず、朱美の背中をさすりながら、春花は出来るだけ優しい声音で朱美に言う。


「何があったか、聞かせてください。ゆっくりで良いです。あ、その前に、温かい内にご飯を食べちゃいましょう。ね?」


 春花が優しく言えば、朱美はこくりと頷いて春花の用意したご飯に手を伸ばす。


 泣きながらご飯を食べる朱美の背中を、春花は優しく撫で続けた。


『未亡人の背中を触るなんてセクハラです、セクハラ。まさか、さっきのハグしてチューを真に受けてしまったのですか? 泣いてるからいけるとでも思ってしまったのですか? はー、これだから人間の男というのは。ふー、やれやれですよ。これは言い逃れ出来ませんよ? ロデスコに知られれば貴方もこの家に居られなくなってしまうでしょう。ですが安心してください。私は私に仕える召使にはとても寛容な寛容(・・)植物です。あ、今のは旧支配者ゆえの高等なジョークです。それはさて置き、ロデスコにばらされたく無かったら、極上の天然水を用意してください。山の方まで行って、沢蟹が生息する程の綺麗な水を持ってきてください。たまには本当の天然水が飲みたいのです、私はそもそも自然の中に住んでいたので――――』


 脳内で何やらごちゃごちゃ言っているヴルトゥームに対しては、そろそろ本当に制裁を加えるべきだろうと考える春花。とりあえず、朱美の話が終わったら塩水を用意しようと固く決意する春花であった。


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― 新着の感想 ―
なんだかね、春花の性格や外見って周囲に好意を持たれるようにって感じの邪神の思惑がチラついてる気がして怖いんだよなぁ。 不覚にも寛容植物で笑ってしまった。
水道水に塩のコンボは思いつかなかったwww
ここ最近圧をかけたり、イラついて(?)るっぽい春花くん。情緒がしっかりあるんだぁ、良かったぁって結構感動してますわ。 とりあえず水道水に塩入れてまくか……
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