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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第8章 ■■の魔道使い
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異譚17 矢羽々千弦

 慣れた様子でキッチンの掃除を行う春花だけれど、キッチンの掃除だけで終わりという訳では無い。


「これは、いる……これも、いる……これは、いらなーい……」


 リビングの掃除を任された真弓は、ごみ袋を片手に難しい顔で要る物と要らない物の選別を行っている。


 しかして、普通に散乱しているごみであれば迷う事無く捨てているのだけれど、捨てるかどうか微妙な物はゆっくりと吟味しているので、遅々として掃除は進んでいない。


「矢羽々さん」


「ひゃい!!」


 春花が声を掛ければ、真弓はびくっと身を震わせる。


 そんなに驚かせるような声量だったかなと思いながらも、春花は何事も無かったかのように続ける。


今日は(・・・)ごみだけ捨てましょう。要る要らないは明日以降にしましょうね」


「ひゃ、ひゃい! ……え、きょ、今日は?」


「はい。矢羽々さん、明日の土曜はオフですか?」


「お、オフですが……」


 明日は土曜日。基本的に、魔法少女は土日も働いたりするけれど、人数の兼ね合いで休める事もある。


「では、明日は掃除の日にしましょう。自分も明日はオフにしてるので、朝からお掃除に来れます」


「え゛」


 春花の発言に思わず低い声が出てしまう真弓。


「キッチンをある程度綺麗にする事は可能ですけど、油汚れとかも落とす必要があります。それに、こんな事を言うのは大変心苦しいですが、この部屋は少し匂います」


「う゛っ……」


 腐って色の付いた水。お弁当やカップ麺のゴミも沢山あるので、そこから悪臭が漂っているのだろう。シンクの排水溝には謎のぬめぬめがあるし、IHコンロはべたべたになっている。


 今日中に全て終わらせる事は不可能だろう。せめてキッチンとリビングだけでも綺麗になれば、料理を教える事が出来る。


「こんな環境で料理を教える事は出来ないですし、何より衛生的にも良くないです。料理を教えるのはそれからです」


「うゅぅ……はぁい……」


 春花に正論を言われ、しょんぼりと肩を落とす真弓。


 そうして二人が掃除をしていると、不意にリビングの扉が開かれる。


 勝手に扉が開いたのでびくっと身を震わせる春花。だが、けっして怪奇現象が起きた訳ではない。


 扉を開けたのは赤色のランドセルを背負った一人の少女。少女は掃除をしている真弓を見て驚いたように目を見開く。


「……ただいま。何してるの?」


「おそーじー……」


 しょんぼり顔で手に持ったごみとごみ袋を少女に見せる真弓。


「珍しい。お姉ちゃんがお掃除なんて……」


「うぃ……」


 頷きながら、真弓は春花を見やる。そうすれば、少女も春花が居る事に気付いた。


「あ、どうも……」


「初めまして。矢羽々さんの後輩の有栖川春花です」


 春花が柔らかく笑みを浮かべながら挨拶をすれば、少女はどぎまぎとした様子で返す。


「は、初めまして。矢羽々千弦(ちづる)です」


 そう言って、ぺこりとお辞儀をした少女――千弦は、たたたっと真弓の方へ寄ると小声で真弓に訊ねる。


「な、何、あの綺麗な人? なんでこんな汚い部屋に居るの?」


「……友達だから呼んだにょ」


「このクソ汚い部屋に?」


「……にぇ……」


 しょんぼり顔で頷く真弓。


 千弦は真弓から視線を外し、キッチンを掃除している春花を見やる。


「掃き溜めに鶴とはこの事よねぇ……」


「にぇ~」


「なんで女神に掃除させてるわけ?」


「……にゃんでだろねぇ」


 真弓とて掃除をさせる為に呼んだ訳ではない。当初の予定としては春花に料理を教えて貰うはずだったのに、部屋に来た瞬間から掃除が始まってしまった。


「千弦もおそーじ手伝ってぇ……今日はごみだけ捨てゆから……」


「分かった」


 千弦は一旦リビングから出て、自分の部屋にランドセルを置きに行く。


「妹さん、いたんですね」


「うん。血は繋がって無いんだけどにぇ」


「え?」


 突然のカミングアウトに思わず呆けた声を漏らす春花。


「あっ、お料理教えて貰う事は千弦には内緒でおにぇがいにぇ?」


「え、ええ……分かりました」


 何故内緒なのかは分からないけれど、本人が知られたく無い事をべらべらと喋るつもりも無い。それよりなにより、血が繋がってない事をさらっとカミングアウトした事が気になって仕方が無い。しかして、本人がそれ以上喋らない事を訊ねるのもデリカシーに欠ける。


 お料理を教えて欲しいというのが、恐らく千弦絡みである事くらいは想像が付くけれど、その内容までは流石に分からない。


 血の繋がり云々は気にならないにしても、お料理を教えて欲しいと思う理由くらいは聞いても問題無いだろう。その理由によっては教える料理の方向性を決められるし、本来の趣旨から外れた料理を教えてしまっても申し訳無い。


 そう思って、料理を教えて欲しい理由を尋ねようとしたけれど、それよりも先に千弦が戻って来る。


「お掃除手伝うよー」


「あいあと~」


 千弦は真弓と一緒になってリビングのお掃除をする。


 千弦は真弓と違い、ぽいぽいとごみをごみ袋に投げ入れていく。


「これ要らない。これも要らない。これもごみ。あれもごみ」


「あ、あ、あー! そ、それまだ使えるやつ! それもまだ中身入ってゆー! ごみ以外捨てないで~!」


「もーっ! そういうこと言ってるからいっつもお片付け出来ないんでしょー!」


「片付いてゆのー! 使うから置いてあゆんだからー!」


「使ってないからずっと置いてあるんでしょー! もう今日という今日は使ってないのは全部捨てるから!」


「だぁめぇ! 後で使うからとっといてー!」


「使うって言って使わないでしょ!」


「つーかーうーのー!!」


 わーぎゃーと姉妹仲良く言い合いをする二人。二人のそのやり取りだけで、どうしてこの汚部屋になったのかが分かってしまった。


 勿体無いという気持ちが出てしまって、本来なら捨てるような物もいつか使うかもでとっておいてしまうのだろう。確かに、よく見やれば使いさしの物も多く散乱している。それはそれとして、普通にごみも散乱してはいるけれど。


 ともあれ、千弦という監督官も居るので、今日の所はごみを纏める事くらいは出来るだろう。


 真弓の事は千弦に任せ、春花はせっせと汚れたキッチンの掃除を続けた。


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