異譚13 亀の甲より年の功
「と、いう事になっておりまして……」
朱里に裸を見られた翌日、春花は菓子谷家へと来ていた。
今日は、週に二日ある菓子谷家で家事のお手伝いをする日。
料理をしながら、春花は自身の現状をお婆さんに相談していた。
相談してねと朱里には言ったけれど、それで素直に相談をする朱里ではない。かといって、朱里に直接聞くのは春花としても勇気がいるし、素直に教えてくれるとも思えない。
朱美が宗教にハマり、その宗教で嫌な思いをしたと朱里は語っていた。その内訳を知らないけれど、喋りたくならない程に酷い出来事であったのは想像に難くない。
だが、人生経験が浅く、記憶喪失である春花には朱里や朱美の気持ちを推し量る事は出来ない。
そのため、人生経験豊富であろうお婆さんに相談をしてみようと思った訳だ。
「なるほどねぇ……」
お婆さんは料理の手を止める事無いけれど、難しそうな表情を浮かべている。
暫く考えたお婆さんだったけれど、少ししてふんっと鼻息を吐いてから口を開く。
「難しい問題さね。あんたも軽く教えて貰っただけなんだろう? 又聞きしただけのあたしじゃ何とも言えないね」
「そうですか……」
お婆さんであれば何か分かるかもしれないと思っていたけれど、確かに、春花から状況を聞いただけでは何も言う事は出来ないだろう。
少ない状況だけで知ったような口を叩ける程お婆さんは浅慮では無いし、春花が真面目にしてくれた相談に適当に返すような事もしたくはない。結果、お婆さんが出した答えは『何とも言えない』であった。
「……うちの子達が世話になってるからね。あたしもあんたの力になってやりたいのは山々だけど、こればっかりは勝手な事は言えないからねぇ」
「そう、ですよね……やっぱり、僕の方から東雲さんに聞いた方が良いんでしょうか?」
「うーん……そうさねぇ。何となくだけど、それも止めた方が良いと思うさね」
「東雲さんにとっては話したくない過去ですからね……」
「それもあるとは思うけどね。……よくよく考えてみれば、家庭環境が複雑なのに住まわせようとするかね? 幾らあんたとその子が仲良いとは言え、普通はそういう家庭事情は見せたく無いものだろう?」
「確かに……」
言われてみれば、確かにそうだ。
春花が住む場所を無くして困っているとは言え、わざわざ家庭事情が複雑な自宅に住まわせようとは思わないだろう。それこそ、チェウォン達が言ったように部屋が決まるまではホテルに泊まるでも良いはずだ。それに、春花の場合はアリスのプライベートルームがある。そこでの寝泊まりで問題は無かったのだから、わざわざ朱里が自分の家に誘う理由も無い。
それに、思い起こしてみればあの時の朱里はどこか強引なようにも見えた。朱里が強引なのはいつもの事だけれど、いつもの様子ともちょっと違うような気もした。
唯と一はお婆さんと対面するのが気まずかったから、春花を連れ込んでその気まずい空気を中和したかった。だから、あえて自分の家でご飯を食べるように誘った。
けれど、朱里にその様子は一切見受けられない。相変わらず、我関せずを貫き通している。
「ましてや、あんたは男の子だ。そんなあんたを住まわせたら周囲にやいのやいの言われる事くらい、想像できるだろうしね。あたしには、あんたを助けたい気持ちと、なにか期待をしている気持ち半々で行動してるように思えるね」
「その期待してるのって、何ですか?」
「それが分かれば苦労しないさね。あたしはその子に会った事が無いからね。それに、会ったところであたしには言わないだろうからね」
会って直ぐの相手に自身の家庭事情を話す程、朱里は自分の過去を軽く見てはいない。それこそ、信頼している春花だからこそ話した部分はある。春花であれば言いふらすような事はしないだろうし、仮にその話を誰かにしてもそれは春花がそうする必要があった時だろうと考えてもいる。それに、肝心な部分を春花には話していない。まぁ、それでも、何をされそうになったかなんて想像する事は容易いだろうけれど。
「なんにせよ、その子はきっとあんたに何かを期待してるって事さね。その何かは、あたしにはとんと分からないけどね」
「期待、ですか……」
こんな自分が期待されるとは思ってもいなかったので、お婆さんの言葉には意外感を憶えてしまう。相手が朱里であれば尚更だ。
「まぁ、あんまり考え過ぎない事さね。基本、他所ん家の家庭事情には首を突っ込まないのが一番だ。それに、あんたに出来る事も限られてくるからね。何も出来なくたって、自分のせいだなんて思う事は無いんだよ。いいね?」
「はい……」
とはいえ、あの朱里が頼る以上、少しだけでも良いから朱里の状況を改善してあげたいとは思ってしまう。
あまり納得の行っていない様子の春花を横目で見ながらも、お婆さんは特に何も言わない。
「ああ、それと。困った事があれば迷わずうちを頼りなね。住む所が無いって時も、本当なら、いの一番にうちを頼るべきだったよ。あんたは一回うちに泊まってるんだし、部屋だって空きもある。それに、馬鹿娘二人もあんたが一緒なら喜ぶからね。ま、そうでなくとも、こんな婆で良ければいつでも頼りにしな。あんたよりも長く生きてんだから、それなりに知恵は貸してやれるからね」
「はい。ありがとうございます。また何かあれば、相談させて貰います」
お婆さんの言葉に、素直にお礼を言う春花。
「ふんっ、そうしな。あんたはもうあたしの子供同然だからね。変に遠慮なんてするんじゃないよ?」
「はい」
お婆さんの言ってくれた言葉に、思わず口角が緩む春花。
「あんた、最近よく笑うようになったね。良い事だよ。子供なんだから、よく食べて、よく寝て、よく笑いな。それがあんたの仕事さね」
「善処します……」
春花は小食だし、表情にも出ないので二つほど難しいと思ってしまうけれど、さりとて無理ですと突っぱねる気持ちなんてさらさらない。難しいなぁとは思うけれど。
その後は、いつも通り料理を作ってからある程度家事をこなして対策軍へと向かった。双子や皆の分のお弁当をお婆さんと一緒に作ったので持って行ったけれど、どれも好評だった。
『これを毎日食べられるとか……』と一部の者が朱里にヘイトを向ける事にはなったけれど、春花はまったく気付いていなかった。




