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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第8章 ■■の魔道使い
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異譚7 朝御飯

 朱里がシャワーを浴びている間に、春花は朱美の分の朝食をお盆に乗せ、朱美の部屋へと向かい、朱美の部屋の扉をこんこんこんっとノックする。


「おはようございます、しの――」


 東雲さん。そう言いかけて、この家には東雲しかいない事に気付く。


「――朱美さん。朝御飯を作りました。良かったら食べませんか?」


 扉越しに声を掛ければ、扉の向こうで人が動く気配がする。


 暫くして、がちゃりとドアノブが動き、ゆっくりと扉が開く。


 扉の隙間から、ぼさぼさの髪をした朱美が一瞬だけ春花を見やり、その後に春花の持ったお盆を見やる。


「朝御飯です。いかがですか?」


 少しお盆を持ち上げてみれば、朱美は少しだけ間を置いた後にぺこりと頭を下げて春花からお盆を受け取って部屋の扉を閉める。


 一緒に食べる事は無いと考えていたからお盆に乗せて持って来たけれど、今の朱美の様子を見るに恐らくお盆に乗せていなかったら断られていただろう。


 食欲があるのは良い事だ。お腹が空いていても食べられなかった時期のある春花からすれば、食欲がある事は良い事である。


 ひとまず、春花が居る間は料理を担当するつもりなので、朱美の分の食事も用意しようと思う。登校までまだ時間はあるので、朱美の分の昼食を作る事にする。時間があるとはいえ、そこまで余裕がある訳でも無い。今日は簡単な料理になってしまう。


 自分は総菜パンくらいしか食べないのでお弁当を作る必要は無いけれど、朱里の分のお弁当は作らなくてはいけない。そして、朱美の分のお昼ご飯を作る必要がある事を考えると、同じものを作った方が手間が無いだろう。


 そう考えると、春花は直ぐに調理を開始する。


 ピーマン、ベーコン、玉ねぎをみじん切りにして、熱したフライパンで炒める。程よく炒めた後、二人分のご飯をフライパンに投入して、塩と胡椒、ケチャップをかける。これでケチャップライスの完成だ。


 ケチャップライスを半々に別けて、お弁当箱とお皿に盛る。その上に、薄く焼いた卵を乗せる。簡単だけど、オムライスの完成だ。


 オムライスだけだと(いろど)りが無いので、ミニトマトにたこさんウインナーを並べ、茹でたブロッコリーに少しだけマヨネーズをかけてあげる。これで、朱里のお弁当と朱美のお昼ご飯は完成である。


 朱美のお昼ご飯にはラップをかけて冷蔵庫に入れようと振り返る。


「うわっ」


 振り返ると、いつの間にか立っていた朱里が牛乳を飲みながら春花を見ていたので、思わず驚いたように声を上げてしまう。


「それ、お昼ご飯?」


「うん。オムライス。嫌いだった?」


「好きよ、オムライス。でも、それ二人分しか無いわよね?」


「うん。僕はパンでお腹いっぱいになるから」


「……気を遣って痩せ我慢してる訳じゃ無いわよね?」


「痩せ我慢なんてしてないよ」


「……なら、良いけど。……いや、良く無いわ。これだとアタシの分だけお弁当作らせてるみたいじゃない」


 朱里と春花が同棲をしている事を知っているのは童話の魔法少女達だけである。なので、クラスメイトには朱里がお弁当を持ってきて、春花が総菜パンを持ってきているだけといういつもの光景に映るはずだ。


 だが、事情を知っている白奈とみのりからすれば、朱里のお弁当を春花が作っていると知り、その上で春花が総菜パンを食べているのを見れば、朱里が春花にお弁当を作らせていると思ってしまうのも無理からぬ事だろう。


「でも、同じお弁当にすると、一緒に住んでるって知られちゃうかもしれないよ?」


 朱里は魔法少女としての世間体というものを気にしている。自身のブランディングにも気を遣っているのを知っているので、春花としては朱里を気遣ったつもりでもある。


「……確かに」


 春花の言う通り、お弁当の中身が全部一緒だと事情を知らないクラスメイトに勘ぐられてしまう事になる。かと言って、別々のおかずを用意してもらうのは春花の手間を考えると得策ではないし、このまま春花だけ総菜パンというのも朱里の良心が痛む。


「……いや、良いわよ、別に。勘ぐられたら素直に答えれば良いだけの話だし。アタシは人助けをしてるだけだしね。何もやましい事なんて無いわ。アンタが手間じゃ無かったら、一緒にお弁当作ってくれる?」


「分かった。手間なんかじゃないから大丈夫だよ」


 春花の手間を考えるのなら朱里が作った方が良いのだろうけれど、正直な事を言うのであれば自分で作る料理よりも、春花の料理が美味しいので春花にお弁当を作って貰えた方が嬉しい(・・・)のだ。


 母の味、というものなのだろうか。優しくて、温かい味わい。


 もう何年も朱美の手料理を食べていないし、宗教に入って団地に住んでいた時も手料理と言って良いような料理は出てこなかった。ご飯に納豆、インスタントのお味噌汁。トーストにマーガリンを塗っただけのもの。そんな、世のお母さんが作ってくれる手間暇のかかった料理とは程遠いモノ。


朱美は、料理を作る手間を省いてでも宗教団体に奉仕する事を選んだ。


 とはいえ、朱美に出来る事などそんなに無く、朝も昼も夜も馬鹿みたいに祈ってばかり。時折内職のような仕事を振られる事もあったけれど、それだって何も考えずに出来る単純作業だけだった。


 朱美が朱里を構う事は無く、また朱里も朱美に期待する事は無かった。そういう、無意味な日々。


 そんな日の方が長かったからか、小さい頃に出されていたであろう朱美の手料理の味なんてものは一つも憶えていなくて、朱里にとっての母の味は団地生活の時に食べたあの味気の無い食事だけだった。


 魔法少女になって、美味しいものを食べられるようになってからは、箍が外れたように外食や買い食いをした。


 母の味なんて知らなくても、世の中には美味しいものが一杯ある。アリスを連れ回してみたり、白奈達と一緒に行ってみたり、後輩を連れて行ってみたり。そうやって、美味しいものを一杯食べて来た。


 けれど、また食べたいなと思う事はあっても、毎日食べたいとは思わなかった。


「アンタ、毎日料理とか大変じゃない? 双子んとこでも料理してんでしょ? 外食の日とか決めとく?」


「別に、大変じゃ無いよ。好きでやってる事だし」


「そう。でも、外食したい時は言いなさいよ? ファミレスだって近くにあるんだし」


「うん、分かった」


 朱里の言葉に素直に頷く春花。


 素直に頷く春花を見て少しだけ安心するけれど、何故か残念にも思ってしまう自分が居る。


「さ、お弁当も出来たし、朝御飯食べようか」


「え、ああ、うん」


 その事を深く考えようとするも、春花に朝食を食べようと言われて思考を中断する。


 きっとそんなに深く考えるような事でも無い。そう思い、朱里は春花と一緒に朝食を食べた後、学校へ向かった。


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