異譚6 駄目だった?
お墓参りも終わり、チェウォン達海外の魔法少女は自国へと帰国した。チェウォン達が帰国する際には春花達は空港までお見送りに行った。
「お世話になりました。今度は韓国に来て下さい。誠心誠意おもてなしさせていただきますので」
「中国にも来るネ。美味しい食べ物一杯ヨ。皆で食い倒れようネ」
「遠いけれど、是非イギリスにも来て欲しい。私がイギリスを案内しよう」
「ワシとアフタヌーンティーする。茶、しばくまする」
自身のフライト時間になると少女達は別れの挨拶をしてから、自国へと帰って行った。
騒がしくも楽しい日々が終わり、春花達は日常へと戻って行った。丁度、学校の方も登校しての授業が再開になった。校舎の点検や割れたガラスの修繕等を終え、ちゃんと授業を受けられる環境が整ったのだ。
とはいえ、朱里の生活習慣が変わる事は無い。
朝早く起きて、ランニングウェアに着替えていつも走る道を走る。所々がアトラク=ナクアによる爪痕を感じさせるけれど、少しずつ復興が進んでいるのだろう。以前のような綺麗な街並みを取り戻しつつある。
日課のランニングを終え、朱里はマンションへと戻る。
家に戻れば、玄関の扉を開けて直ぐに食欲を誘う匂いが朱里の鼻孔をくすぐる。
タオルで汗を拭きながら良い匂いのする方へ向かえば、そこでは春花が割烹着を着て朝食を作っていた。
「あ、東雲さん。お帰りなさい」
朱里に気付いた春花は、薄く微笑んで朱里に声を掛ける。
その仕草と光景に、何故か朱里の心はどきりと脈打つ。これは、レクシーが交際を迫るのも分かる気がすると思いながらも、内心を覚らせないように平常心で返す。
「おはよ。起きてたんだ」
「おはよう。朝は早いんだ」
そう言いながら、朝食の準備をする春花。
トーストを三枚焼いて、ベーコンエッグを三人分作る。コンソメスープは既に出来上がっており、朱里がランニングをしている間に朝食を作っていたのが分かる。
春花には朝食や夕食などの料理をする事を告げられている。お邪魔するのであれば、お料理などの家事はしたいと言ったので好きにさせる事にした。ただし、洗濯は朱里がやる事にしている。唯と一とは違い、朱里には年相応の羞恥心があるのだから。
ともあれ、料理をしてくれるのは正直有難い事だ。春花が料理をしている間は別の事が出来る。忙しい朝の時間に余裕を持てるのは良い事だ。
「何が好きか分からなかったから、とりあえずオーソドックスな朝食にしてる」
「アタシは別に好き嫌いは無いわよ。あんだけ一緒にご飯食べてるんだから、それくらい分かるでしょ?」
「まぁ、何でも食べるなぁとは思ってたから、好き嫌いとか特にしない人なんだって思ってはいたよ」
「それだと、アタシが食い意地張ってるみたいに聞こえるんですけど?」
「そうは言ってないよ」
「どーだか」
心外な物言いに、じとりとした目で春花を見やるけれど、春花は特に気にした様子も無く料理を続ける。
これ以上視線だけで詰めても仕方がないと視線を外すと、出来上がっている料理の乗ったお皿が目に入る。
「……それ、三人分?」
用意された朝食は三人分。一人は朱里、一人は春花。もう一人は誰? なんて、聞く必要も無いだろう。
「朱美の分……?」
「うん」
「……別に、用意しなくても良かったのに」
「そういう訳にもいかないよ」
朱里の本意ではないかもしれないけれど、紹介されてしまった以上無視する事は出来ない。それに、朱里と朱美の間には確執があるかもしれないけれど、春花と朱美の間には確執は無い。無駄に首を突っ込むつもりは無いけれど、殊更に無視を決め込むつもりも無い。
「それとも、駄目だった?」
だが、朱里が嫌だと言えば止めるべきだとも思っている。居候の身であるなら立場は弁えるべきだ。朱里だって、自分の家で他人が勝手な事をするのに良い気はしないだろう。
春花が眉尻を下げながら訊ねれば、朱里はうぐっと息を詰まらせる。
「……そういう言い方は、ずるいわよ……」
可愛らしく『駄目?』と聞かれて、駄目ですと答えられる者はそうそう居ないだろう。
「? ごめん……」
しかし、春花は分かっていない様子でしゅんっと落ち込んだ様子で謝る。
「謝る事じゃ無いわよ。良いわ、アンタの好きなようにして。どうせあの人もご飯は食べるんだもの。それに、アンタが作ったなら、きっと食べるわよ」
「そう。良かった……」
朱里の答えを聞いて、春花は安心したように胸を撫で下ろす。
「んじゃ、アタシはシャワー浴びて来るわ。アタシが出てくるの遅かったら、先食べてて良いからね」
「うん、分かった」
春花は素直に頷き、止めていた手を動かす。
朱里は春花に言った通り、ランニングでかいた汗を洗い流すべく、着替えを持ってお風呂へ向かう。
服を脱いで洗濯籠に入れ、お風呂場に入りシャワーで汗を洗い流す。
シャワーを浴びながら考えるのは、先程の春花の様子。
どうにも、最近の春花は可愛さに磨きがかかっているように思う。ちょっとした仕草がこちらの庇護欲を刺激し、時折見せる微笑みで相手の心に違和感なく潜り込む。まるで、春花を迎え入れるのが自然とまで思ってしまう程、すんなりと心に入り込んでくる魅力を放っている。
「……っ、いけないいけない。そういうんじゃ無いっつーの」
春花を魅力的に思う事は、きっと悪い事ではないと思う。だが、今の春花の魅力をそのまま受け入れるのはなんだか違うような気がするし、そもそも色恋のために春花を同居に誘ったわけでは無い。あくまで、春花が次の住居を構えるまでのつなぎとして誘ったのだ。
「アイツは、ただの友達で居候。んで、頼れる戦友。それ以外は特に無いわよ」
自分に言い聞かせるように、朱里は今の気持ちを言葉にする。
「本当に、それだけなんだから……」
しかし、最後にそう自信無さげに呟く。
自信無さげに呟いた言葉は、シャワーの水音に掻き消されて誰の耳にも届く事は無い。
その言葉の真意を知る者は、朱里ただ一人だけだった。




