異譚16 文句、文句、かまってちゃん
合同訓練二日目――に入るのは今日ではなく明日。
合同訓練も毎日行う事は出来ない。訓練自体は毎日行われているけれど、日取りの調整も在る。そのため、今日は合同訓練は無し。
アリスはカフェテリアの二階席にて、いつも通り本を読んでいる。
昨日は少し美奈に対して言い過ぎたかなと思いながらも、紛れも無い自分の意志でもある。美奈に譲れないものがあるように、アリスにも譲れないものがある。
あの人の娘という事で最初は動揺したし、罪悪感も持ち合わせているけれど。
だからこそ、美奈が死なないように強くしようと思った。それがアリスの出来る唯一の贖罪であるとアリスは考えているからである。
「……はぁ」
一つ溜息を吐いて、アリスは本を閉じる。
「用があるなら手短にお願い」
本を読んでいる間ずっと感じていた視線に目を合わせれば、階段から覗き込むようにアリスを見ていた瑠奈莉愛がびくっと身を震わせ、瑠奈莉愛の下から覗き込んでいた詩はすすすっと隠れるように少しだけ顔を引っ込ませる。
「……アリス、余計な事した……」
恨みがましそうに、詩はアリスを見やる。
「余計な事……?」
「……合同訓練」
「ああ……」
詩の言葉に、アリスは納得をする。
詩は人前に出る事が得意ではない。そのため、魔法少女として活躍しているにもかかわらず、アリスのようにメディアへの露出を控えたり、講演も担当していない。
静かに慎ましやかに生きて、たまにネット弁慶になるくらいが詩には丁度良いのだ。
なのに、サポート系の合同訓練の教導役に抜擢されてしまった。詩だけが教導役では無かったけれど、人前に出るのが苦手な詩はとても苦労をした。
どうしてこんな事になったのだと内心で激昂していたところ、アリスが犯人であると突き止めた詩はこうして文句を言いに来たのだ。
「ステップアップには必要な事。生存率を上げるためだと思って諦めて」
「……私は教わる側が良かった……それか、サポート係……」
「文句言わないで。そもそも、教導係を選んだのは私じゃない」
今回、結果的に童話組は全員教導係になったけれど、選んだのはアリスではなく各部署の部長である沙友里達だ。
「……でも、きっかけはアリス……わいわい皆でパーリナイを企画するなんて……恨めしい陽キャに、なっちまったな……アリス……」
「別に陽キャじゃないし……」
まるで私の知らないアリスになってしまったとばかりの顔をする詩。
「……で、そっちも文句?」
「じ、自分は違うッス! 自分は、昨日お話できなかったので、ちょっとお喋りしたいなぁって、思ってただけッス……」
しょんぼりした様子を隠しもしない瑠奈莉愛を見て、詩がやれやれと肩をすくめる。
「……アリス、女泣かせ……プレイガール……」
「違うけど……」
詩の言葉を否定してから、アリスは瑠奈莉愛に言う。
「私が奢った事は気にしなくて良い。いつも通り、下で皆と話していれば良い」
優しい瑠奈莉愛の事だ。アリスが奢ってくれたのを気にして声をかけに来たのだろうとアリスは考えたけれど、瑠奈莉愛は違いますとばかりにわたわたと手を振る。
「ち、違うッス! 自分、アリスさんともっと仲良くなりたくてお喋りがしたいだけッス!」
瑠奈莉愛の意外な返答に少しだけ驚きながらも、アリスは淡々とした口調で返す。
「別に、私と話して楽しい事なんて無い。それに、私は本を読んでいたい」
「あうぅ……ダメなら、しょうがないッスけど……」
今は生えてない耳と尻尾がぺたりと力無さげに垂れている姿を幻視してしまう。それくらい、目に見えてしょんぼりと肩を落とす瑠奈莉愛。
「……アリス、女泣かせ……ただの悪い奴……」
「失礼極まる言い方」
別に泣かせてはいない。瑠奈莉愛だって泣いていない。落ち込んではいるけれど。
「……人嫌いな癖に、合同訓練とは、これいかに……?」
「確かに、それはアタシも気になってたわ」
いつの間にか二階に登ってきていた朱里が、詩の言葉に賛同する。
「どーいう風の吹き回し? アンタ、今まで合同訓練なんて提案した事無かったでしょ」
詩の頭に肘を置きながら朱里が訊ねる。
「別に。普通だけど」
「普通じゃ無いから訊いてんじゃないの。『私、何にも興味ありません。勝手にやってください』って顔してるアンタが自ら率先して合同訓練を企画するなんて、前代未聞でしょーよ」
「年々、異譚はその脅威を増している。いつまでも、私だけが英雄では困る」
「前回死にかけた癖に……偉っそうな英雄様ね」
「でも事実。私だって、いつまで魔法少女でいられるか分からないから……」
死ぬ、もしくはタイムリミットが来れば、アリスは魔法少女を辞めざるを得ない。
そうなれば、英雄無しで異譚と戦わなければならないだろう。
今の内に多くを経験して、魔法少女としてレベルアップしてくれるに越した事は無い。たとえ一人では無理でも、大勢であれば異譚侵度Sランクの異譚を終わらせる事が出来るかもしれない。
「私の代わりにSランクの異譚を終わらせられる魔法少女が必要。そう思ったから、合同訓練を企画した。それだけ」
本当の理由では無いけれど、アリスがずっと思っている事でもあるのだ。
今回の合同訓練はアリスが動くのには良い機会だった。
「は? アタシが居んでしょーが」
苛立った様子で朱里がアリスに言う。
「単身でAランクの異譚を終わらせられるアタシが居るんだから、アンタがいつ消えても安泰よ、安泰。好きな時に消えてくれて構わないわよ。てか、そんな事気にしてるんなら今すぐ辞めたら?」
「しゅ、朱里先輩! そんな言い方無いッスよ!」
「自分が消えた後の事なんて考えてるから、正直に現実ってやつを教えてやってんじゃないの。こんな奴、いつ消えたって構わない、って」
睨むようにアリスを見る朱里。そんな朱里を見て、瑠奈莉愛が悲しそうな顔をし、詩はやれやれと呆れたように肩をすくめる。
「……素直じゃない……」
「なにが?」
「……素直に、いなくならないで欲しいって、そう言えば良い……」
「はぁ? 別にいなくなったって構わねーわよこんな奴。今だって、ずーっと二階に居て、居ても居なくても分からないような存在なんだから」
「……寂しがり屋のくせに……」
「寂しがり屋じゃありませんー! いい加減な事言わないでくださいー!」
苛立った様子の朱里が詩の頬を引っ張る。
「……いひゃい……」
「うっさい! アンタも自分が居なくなるとかくだらない事考えてないで、もっとマシな事考えなさいよ!」
詩の頬を乱暴に離した後、朱里はどかどかと荒い足取りで一階へ降りる。
「い、いくらなんでも、あんな言い方無いッスよ……」
悲しそうな顔をする瑠奈莉愛に、詩が赤らんだ頬をさすりながら言う。
「……まぁ、怒るのも分かる……あの子、自分が思ってるより、アリスの事大好きだから……」
「そんな事無いですけどー!!」
聞こえていたのか、階下から朱里の怒ったような声が聞こえてくる。
しかし、上がってくる様子は無い。
「……アリスも、あまり人を悲しませるような事、言わない方が良い……アリスが思ってるよりずっと、皆アリスの事が、好き……」
それだけ言って、詩は一階へ降りて行く。
「じ、自分もアリスさん大好きッスから! 悲しい事は言わないで欲しいッス!」
言いながら、瑠奈莉愛はアリスの隣にどかっと座る。
「あ、あと、ちょっとは、構って欲しいッス……自分、姉妹の中で一番上なんで、お姉ちゃんとかいなくて……」
と、照れたようにアリスに言う。
そんな瑠奈莉愛の様子を見て、アリスは諦めたように溜息を吐いて本を置く。
「……私は、楽しい話は出来ない」
「大丈夫ッス! 異譚の事とか、聞きたい事が一杯あるッスから!」
にぱっと花が咲いたように笑う瑠奈莉愛。
そんな二人をサンベリーナが悔しそうな顔で涙を流しながら隠れて盗み見していたが、チェシャ猫に咥えられて強制退場させられた。