異譚3 あんがと
朱美との挨拶を済ませ、一旦朱里の部屋に戻って来る。
「ってな感じだから、あの人の事は気にしないで」
「……うん」
気にしないでと言われても、同居人である以上は気になってしまう。
それでも、本人が気にしないでと言うのであれば、こちらから何か言う事はしない。本人にとっても、触れられたくない事だろうし。
「そんな事より、お昼ご飯はどうする? 何処かに食べに行く?」
「キッチンを使って良いなら、僕が何か作るけど」
「良いわよ、気を遣わないで。アンタに家事して欲しくて誘ったんじゃないんだから。お昼はどっか食べに行きましょう。ね?」
朱美の分はどうするの? とは聞けなかった。此処はきっと素直に頷いた方が良いのだろう。
「……うん」
「よし。決まりね。そう言う事だから、アンタ達はお留守番ね」
『はいはい。どうぞ行ってらっしゃいませ』
「キヒヒ。二人で楽しんでくると良いさ。あ、お土産は期待しているよ」
ヴルトゥームは当然として、チェシャ猫もペット可の所でなければ入店は出来ない。そのため、二人はお留守番である。
「分かってるわよ」
「じゃあ、行ってくるね」
二人はお財布と携帯端末だけを持って、お店にご飯を食べに行く。
二人が選んだのは、朱里の住むマンションの近くのファミレスだ。朱里の住むマンションは家賃も高く、セキュリティも万全。部屋数も多く、設備も整っているのだけれど、対策軍が作ったマンションであるため、魔法少女やその家族以外は入居不可である。
ともあれ、対策軍が作ったマンションであるため、家賃が高く設備がよくとも、いわゆるところの高級住宅街に建っているわけでは無い。そのため、周囲には普通の民家もあるし、コンビニやファミレスも近くにあったりする。
朱里の住むマンションからファミレスは徒歩数分圏内であるため、朱里も頻繁にそのファミレスを利用している。
ファミレスに入り、適当に注文をし、ドリンクバーで入れて来たジュースを飲む。
暫く無言になる二人だけれど、唐突に朱里が口を開く。
「ごめん」
「え?」
突然の謝罪に、思わず呆けた声が出る。
「気まずかったわよね、あんなとこ見せられて」
あんなとことは、先程朱美に挨拶した時の事だろう。
「アンタを誘ったのはアタシなのに、アンタに気まずい思いさせるとか……ほんと、なにやってんだって感じよね……」
からりからりとグラスの中の氷をストローで弄ぶ朱里。
「……あの人、たまにしか部屋から出てこないから、今日みたいな事にはならないと思う。アンタもあの人の事は気にしないで。ばったり会っちゃったら、挨拶だけしてくれれば良いから」
「……うん」
「はぁ……マジでゴメン。気まずかったら、いつでも出てって大丈夫だから。って、誘った側が言う事じゃないわよね……はぁ……」
本当に申し訳無いと思っているのだろう。落ち込んだ様子で何度も溜息を吐いている。
「大丈夫。お邪魔してるのは僕の方だし。それに、最近は家庭に色々抱えてる人と接する機会が多いから、ちょっと慣れてる」
「それもどーなわけ? 世の中、家族円満の方が珍しいのかしらねぇ……」
ずごごっと乱暴にジュースを飲む朱里。
「……因みに聞くけど、家庭に色々抱えてる人って誰?」
「菓子谷さん達と、上狼塚さん」
「あぁ……確かに、そうね」
直接は関わってはいないけれど、朱里もこの三人の家庭環境については聞いている。
「二つとも、アンタが解決したんだっけ?」
「菓子谷さん家はよく話し合わなかった事が原因だから、僕の方から特に何かをした訳じゃないよ」
「それだって切っ掛けを作ったのはアンタな訳でしょ? そりゃ、双子もアンタにべったりになるわよ」
からころとグラスの中の氷をストローで回す。
「アンタにとっては大した事じゃないかもしれないけど、わだかまりを解決するって当人にとっては難しい事なのよ。その切っ掛けを作ってくれるって、とってもありがたい事なんだから。それに、瑠奈莉愛ん時はアンタが動いてくれたんでしょ? あんな事になっちゃったけど、アイツも解決してくれたアンタには凄い感謝してたしね」
出来る事なら、末永く幸せに暮らして欲しかった。それが、あんな結果になってしまった事は今でも残念でならない。
「偉ぶれだなんて言わないけど、アンタは確かに誰かを幸せにしたんだから。その事は、ちゃんと受け止めなさいよ」
「……うん」
話が一区切りついたところで、タイミング良く二人が頼んでいた料理が届く。
「さっ、暗い話は終わり。この後も予定あるから、ちゃちゃっと食べちゃいましょ!」
「うん」
朱里は頼んだパスタを上品に食べ、春花も頼んだサンドウィッチにぱくりとかぶりつく。
話に一区切りは付いた。けれど、きっとこの話には続きがあるのだろう。なんとなく春花はそう思ったけれど、朱里にしつこく聞く気にはなれなかった。
違っていたら朱里の機嫌を損ねるし、失礼になってしまう。
それに、この後の予定の事を考えれば、深く突っ込んで聞いて朱里と気まずい空気になりたくはなかった。
それ以前に、春花は何処まで突っ込んだ話をして良いのかが分からなかった。
これは聞いて良い、これは聞いちゃ駄目。なんとなくは分かるけれど、なんとなくのラインが人よりも浅い事は自覚している。
瑠奈莉愛の時は自ら首を突っ込んだけれど、あの時程の感情は今の春花には無い。
まあ、暫くは朱里の家にお世話になるのだ。その間に何かあれば、その時に相談に乗るなりすればいい。春花よりもうんちくのあるチェシャ猫も居るのだ。三人で考えれば、何か良いアイデアも思い付くかもしれない。
突っ込んで話は聞けない。その線引きが下手糞である事を春花は自覚している。けれど、向こうが話しやすい体勢を作る事は出来る。
「……何かあったら、言ってね?」
「はあ? 急に何よ」
脈絡の無い春花の言葉に驚きながらも、朱里は少しだけ考えるような仕草を見せた後、小さく返す。
「……ま、なんかあったらね。そん時は、お願いするかもね」
「うん。何かあったら力になるよ」
「……あんがと」
春花の言葉に、視線を逸らしながらお礼を言う朱里。
その後、ご飯を食べ終わるまでこの話に触れる事は無く、他愛も無い会話を楽しんだ。朱里が少しだけ取り繕っているように見えたのは、きっと春花の気のせいでは無いだろう。




