女子会 17
いや~、長くなりましたね。楽しくなってつい筆が乗っちゃいました。
次からは新章になります。大変長らくお待たせいたしました。
遅筆で申し訳ないですが、頑張ります。
お夕飯を食べ終われば、少女達はお風呂に入る。お風呂に入れば、後は布団に入って夜通し語らうだけである。
昼間にひとしきり語り合った少女達ではあったけれど、話題が尽きる事は無く楽しそうにお喋りに興じる。
しかして、徐々に徐々に少女達は眠りに付き、やがてカフェテリアは静寂に包まれる。
そうして、少女達の女子会は終わりを迎えた。
とんとんとん。かちゃかちゃかちゃ。じゅーじゅーじゅー。
深い眠りの中、微かな調理の音を耳が捉え、食欲をそそる匂いが鼻孔をくすぐる。
大して大きな音を立てていたわけでは無い。それでも、普段から眠りの浅いレクシーが起きるには十分な音だった。
ぱちりと閉じていた目蓋を開くと、目の前にふわふわの何かが迫っていた。
一瞬それが何かは分からなかったけれど、それがシャーロットのお尻だと分かるとレクシーはシャーロットのお尻をぺちんっと叩いてから起き上がる。
「ふわぁっ……」
一つ欠伸をしてから、身体を伸ばす。
「起こしちゃいましたか?」
起き上がったレクシーに誰かが静かに声を掛ける。
声の方を見やれば、そこには割烹着姿の春花が立っていた。どうやら朝食の支度をしていたようで、レクシーが耳にしてたのはその音らしい。
時計を見やれば、時刻は六時半。レクシーがいつも起きている時間よりは三十分程早いくらいだ。
「そんな事は無いよ」
立ち上がり、雑魚寝する少女達を踏まないように歩いて春花の元へ向かう
「朝が早いんだね。いつも、これくらいの時間に起きてるのかい?」
「はい。眠りが浅いみたいで」
何か手伝おうと思って春花の隣に並んだけれど、既に殆ど用意されている状態であり、特にレクシーが手伝えることは無い様子。
「……昨日は、すまなかったな」
「何がです?」
「楽しくて悪酔いしてしまって、ついあんな事を……」
あんな事とは、レクシーがした求婚の事を言っているのだろう。本人はバツが悪そうにしているけれど、春花は至って平然としている。
「ああ。気にしてませんよ。慣れっこですから」
からかわれるのが、という意味では無く、そう言う事を言われる事に慣れてしまっている。何せ、ママと呼ばれたり、嫁と呼ばれたりしているのだ。今更悪酔いして言われた求婚を気にする訳も無い。それに、お酒が入ってつい冗談で言ってしまったのも分かっている。そんな事で怒ったりはしない。
「それは、求婚され慣れてると言う事かい?」
「いえ。ママだったり、ダーリンだったり、色んな人が急に変な事を言ったりしてるので。そういう突飛な行動には慣れているんです」
「突飛な行動……」
散々な言われ様だけれど、レクシーは文句を言える立場では無いので甘んじて受け入れる。確かに、春花からしてみれば突飛な行動に他ならないのだから。
お喋りをしながらも、慣れた手付きで卵焼きを作り、お皿に乗せる。取りやすいように卵焼きを包丁で切り、余った部分を箸で掴んで隣に立つレクシーへと向ける。
春花の意図を察したレクシーは素直に向けられた卵焼きを食べる。
「うん。美味しい」
春花の卵焼きに素直な感想を言うレクシー。
焼き加減も丁度良く、ふっくらとした食感に醤油の香味とみりんのほのかな甘みが見事に調和している。卵焼きは初めて食べたけれど、掛け値なしに褒める事が出来る程美味しかった。
レクシーの感想を聞いた春花は何を言うでも無く、少しだけ優しく微笑んでから調理を再開した。
朝食の献立はおにぎり、お味噌汁、卵焼き、たこさんウインナー、朝食用に取っておいたきゅうりの漬物である。
ウインナーを切って八本脚を作り、たこさんウインナーを量産していく。
そんな春花の様子を、レクシーはじっと見詰める。
「……確かに、突飛だったかもしれないが」
「はい」
「どうだろう? 本気で私と付き合うつもりは無いかい?」
これまた唐突に、レクシーは春花に問いかけた。
ちらりと横目でレクシーを見やれば、いつも通り笑みは浮かべているけれど、昨夜のように酔った軽はずみな言動という訳では無さそうである。
「それはまた……どうしてです?」
「魔法少女は危険な仕事だ。殉職率も極めて高い。異譚が終わった後は神経がささくれ立っている事も多い」
そう言いながら、レクシーは春花の背後に回り込み、優しく後ろから春花を抱きしめる。料理の邪魔をしないように、春花のお腹に腕を回している。
「そんな時、家に帰って、君みたいな優しくて柔らかい笑みを浮かべる人がいてくれたら……と、考えてしまったんだよ。君みたいな人が居てくれたら、異譚終わりの張り詰めた精神も直ぐに緩む。何より、君と一緒に居ると落ち着くんだ」
「そうですか」
「……むぅ。まったく動じないのは、いかがなものかな? これでも口説いているつもりなんだが……」
声色が変わらない春花を見て、レクシーはむくれたように言う。
「……うーん……多分、僕の今の態度が答えなんだと思います」
むくれたレクシーに、春花は少しだけ申し訳なさそうな声音で返す。
「僕、好きとかそういうの、良く分からなくて……嬉しいとか、悲しいとか、そういう感情の起伏も乏しいみたいなんです。二年より前の記憶が無い事も関係しているのかって思うんですけど……」
失った記憶の中に答えがあるのか、それとも元々淡白な性格なのかは分からないけれど。
「記憶喪失、というやつかい?」
「はい」
「……そうか。すまない。辛い事を話させてしまったね」
「いえ、別に。特に困っては居ないので」
人並みに生活は出来ているし、友人にも恵まれていると思う。寂しいとは思うかもしれないけれど、チェシャ猫が居るのであんまりそういう気持ちは湧いてこない。
そういえば、女子会中はチェシャ猫を見ていないなと思っていると、春花を抱きしめる腕に少しだけ力がこもる。
「なら、これからたっぷり楽しい思い出を作らないとだな」
「そうですね」
「感情の起伏が大きくなれば、きっと君も、私の魅力に気付いてくれるだろうからね」
そう言って、ちゅっと軽く春花の頬に口付けをするレクシー。
昨夜は酔いが回っていたけれど、今は違う。
何も伊達や酔狂で春花を口説いているわけでは無い。レクシーは本気で春花に魅力を感じているし、ちゃんと本心から、春花の事を好いている。ライバルも多いみたいなので、此処で一つリードをしておくべく大胆な行動に出てみたというわけだ。
しかして、春花に照れた様子は無い。
もう少し年頃の男の子らしく照れてくれてもいいのにと思っていると、不意に視線を感じる。
視線の方を見やれば、そこにはたった今起きましたと言わんばかりに寝癖を付けた少女が三人――シャーロット、チェウォン、餡子がじーっと二人の事を見詰めていたのだ。餡子はあわわと顔を真っ赤にしており、チェウォンは敵意剝き出しの目でレクシーを見やり、シャーロットに至っては携帯端末で動画を撮影している。
「……未成年に手を出しましたね?」
胡乱な瞳でレクシーを睨み付けるチェウォン。
見られていたのは気恥ずかしいけれど、相手がチェウォンであるのなら遠慮はいらないだろう。
レクシーは自然な動作で、もう一度、今度は見せつけるように、ちゅっと春花の頬に口付けをする。
「未成年にぃ!! 手をぉ!! 出しましたねぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええ!?」
怒髪天を衝く勢いでチェウォンは声を荒げる。
それがまだ眠っていた少女達の目覚ましになったのは言うまでもない事だろう。
チェウォンがレクシーを引き剥がし、春花の頬を何度も拭いたのも言うまでも無い事だし、そこからレクシーを問い詰めるなど一波乱あった事も言うまでもない事だろう。




