女子会 14
割烹着姿の春花は皆の視線を真正面から受けながらも、特に気にした様子も無くキッチンへと向かう。
キッチンでは既に双子が食材を広げており、春花が料理しやすいように綺麗に並べている。因みに、このお手伝いを双子は家でもちゃんとやっている。春花だけにではなく、お婆さんにもしている。お皿の準備やテーブルの上のモノを片付けるなどもしている。
「アイツ、あの恰好で買い物行くとか……いや、別に恥ずかしい恰好では無いけど……」
割烹着姿が恥ずかしい訳では無い。だが、あまりにも母親然とした恰好である事は確かであり、現代では物珍しい恰好である事もまた確かだ。年頃の男子高校生が羞恥心を無しに着られる恰好では無い。
「まぁ、似合ってるから問題は無いんじゃないかしら……凄いしっくり来てるし……」
「そうね~。着慣れてるって言うより、着こなしてるって感じがするもの~」
「あれ、あの動画の時限定じゃ無かったのですね……」
「アレ可愛いネ。我も一着欲しいヨ」
春花の恰好を見て、やいのやいのと話をする少女達だけれど、その中に否定的な意見は無い。皆総じて、似合っているという評価に落ち着く。だが、春花のあの恰好が似合い過ぎているだけに、何故だかどこか負けたような気がしてしまう。
「今日のご飯は~」
「すき焼きなり~」
春花のお手伝いをして帰って来た双子が、今日のお夕飯を皆に知らせる。
「す、凄い! よ、予想通りだね」
「ふふっ、有栖川くん検定一級取れるかしら?」
「なんだその検定」
「すき焼きか。有名な日本食だな。楽しみだ」
「すき焼き。私も初めてです」
春花の手料理であればどんなものでも嬉しいけれど、それが食べた事のない日本食ともなれば期待値は爆上がりである。
少女達がお夕飯についてあれやこれやと思いを巡らせている間に、春花は早速料理に取り掛かる。
まな板を用意し、野菜を切っていく。
「……何か、する……?」
詩の問いに、春花は少しだけ考える。
お夕飯の準備は罰ゲームとして行われている。春花にとってはいつもの事であるので罰ゲームという感覚は無いけれど、料理をしない詩とシャーロットからすれば野菜を切る事ですら面倒臭い事なのだとは思う。
だからと言って、野菜を切って貰うのも少し怖い。包丁を握り慣れていない人に包丁を使わせるのは怪我に繋がる。切って入れるだけなので特に手間は無いけれど、折角だから人参は飾り切りをしようと思っている。割り下の用意があるとは言え、それも大した手間ではない。
すき焼きの他にお米を炊いたり、サラダを作ったりはするけれど、それ以上は作るつもりは無い。
「猫屋敷さんは料理作れる?」
春花がそう問えば、餡子は自信満々に何度もこくこくと頷く。
「じゃあ、猫屋敷さんはお米の用意とサラダをお願いして良い?」
春花がお願いをすれば、びしっと敬礼で答える。
「ワシ、何する?」
「……なにすーん……?」
「二人は……」
一瞬だけ間を置いて、春花は二人に指示を出す。
「二人は、休んでてください」
キッチンはそんなに広くはない。それに、餡子が手伝ってくれるのであれば手助けとしては十分なのだ。なので、二人は休んで貰っていた方が春花としてはやりやすいし、シャーロットに関してはお客様なので休んでいて欲しいとも思う。
「……戦力外、通告……」
「女子力、不足……」
春花から暇を言い渡され、しょぼーんとした様子でキッチンを去る詩とシャーロット。
春花の言葉に二人が言ったような意図は無かったけれど、二人共料理が出来る方ではないので甘んじて受け入れる事にした。
「……キッチンは、まだ、早かった……」
「お料理シミュレーターで、べんきょーするます」
イギリスがどうかは分からないけれど、詩に関して言えば家庭科の授業で調理実習が在ったはずだ。その時に何度か料理をしているはずだけれど、それでもキッチンは早かったのだろうかと素直に疑問に思う春花。
お料理は少しでも出来た方が良い。今回は時間も限られているので餡子にだけ手伝って貰う事にしたけれど、詩が料理をしたいのであれば、今回の埋め合わせをしなければいけないだろう。
「今度、お料理教えますね」
去り行く詩の背中にそう投げかければ、詩は脚を止めて振り返る。
「……手取り足取り……?」
「丁寧には教えますよ?」
「……マンツーマン、みっちり、個別指導……?」
「お望みでしたら、二人だけでも」
そもそも、もし仮に春花が料理を教えるとして、人が集まるとも思えない。なので、軽い気持ちで二人だけで料理をする事を受諾する春花。
「……ふひひ……」
春花の答えを聞いて邪悪な笑みを浮かべる詩。
「……マンツーマン。つまり、セクハラし放題……」
「し放題では無いですけど……場所も、此処を借りますし……」
「……ふひひ。楽しみに、してる……」
春花の言葉を一切聞いていないのか、ふひ、ふひひと笑いながらキッチンを去る詩。
詩の脳内では春花が新妻に変換され、ちょっとえっちないたずらをする旦那を自分に変換した妄想が繰り広げられている。らぶらぶ新婚生活的なシチュエーション。実に良い。
「……ふひひひひ……」
詩の脳内なんて知るよしもない春花は、詩の邪悪な笑みを受けても小首を傾げる程度だけれど、餡子はくいくいっと春花の袖を引いてスケッチブックを見せる。
『私も参加しても良いですか?』
「うん。大丈夫だよ」
春花が二つ返事で答えれば、餡子は嬉しそうに笑みを浮かべる。
こうして、餡子によって詩の野望は簡単に打ち砕かれた上に、どうせ色んな人に邪魔される結果になる事に、この時の詩は気付いていなかった。詩はただ、可愛い子にちょっとえっちないたずらを出来る時間がある事に、ただただ浮かれているだけだった。




