異譚15 反省会
対策軍には全ての部署の者が使える共同カフェテリアが在る。共同とは言うけれど、他の部署のカフェテリアも基本的には自由に使う事が出来る。あえて他の部署まで行ってくつろぐ必要が無いために専用のカフェテリアという扱いになっているだけであり、実際は全員が使う事が出来る。
共同カフェテリアは職員も使用するのでかなりの広さがあり、今回アリスと合同訓練をしたメンバー全員が入っても余裕があった。
本当は会議室を使いたいところだけれど、会議室の使用には事前申請が必要となっているので使わない。
アリスがチェシャ猫と一緒に待っていると、続々と少女達が集まり、アリスの周りの席に座る。
「二十八分。ペナルティは無し。残念」
全員が座った段階で懐中時計を確認したアリスは、懐中時計をエプロンドレスのポケットにしまう。
「残念じゃない」
「本気でアリスちゃんと戦ったら一時間も持たないですよ」
残りの時間をずっと地面に身を投げて過ごす事になってしまう。そうなったら訓練どころではない。
「まぁ、最終的には本気の私と戦ってもらうけど」
異譚支配者の代わりとして立ち塞がるのだ。本気で戦わなければ意味が無い。
「……その時までに精進するとも」
「私も頑張りますね」
「そうして。……それじゃあ、早速――」
「待った。まだ料理とか頼んでないよ。言っただろう。ご飯を食べながらって」
「大丈夫」
「なにがさ」
「もう頼んでおいた」
アリスがそう言った直後に、続々と料理が運ばれてくる。と言っても、カフェテリアなのでがっつりと夕食として食べられるものではなく、サンドイッチやサラダ、ポテトフライなどの軽食だけだ。
それでも、まとまった量が続々と運ばれてくるので、夕食には丁度良い量にはなるだろう。
それに、全員が手に取りやすい料理ばかりだ。これなら、食べながら話もしやすいだろう。
「飲み物は適当に頼んで」
「あ、ああ……後で代金の確認を……」
「必要無い」
言いながら、アリスは近くのウエイターのトレーにお金を置く。勿論、お金はポケットの中から出す。
「早く始める」
「……いや、流石に全額払ってもらう訳にはいかないだろう」
「ていうか、アリスちゃんポケットからお金出しました? 財布持って無いのですか?」
「お金は気にする必要は無い。手痛い出費でも無いから。お財布持って無い。必要無いから」
夏夜と向日葵の問いに淡々と答えるアリス。
「早く、始める。分かった?」
「……君がそう言うなら」
「アリスちゃん。お財布くらい持ちましょう? おしゃれしましょう?」
夏夜は後で個人的にアリスに何かお菓子でも渡そうと考える。ここで食い下がったところでアリスは頷かないだろうし、お菓子を奢ると言ってもアリスは要らないというだろうから黙っておく。こっそり買って押し付ければ流石にアリスも食べざるを得ないだろう。
向日葵はおしゃれを捨てたアリスを見て心配そうに眉尻を下げる。向日葵以外の少女も、数人がアリスがポケットからお金を出したのを見てぽかんとした表情を浮かべた後に、少しだけ引いたような表情を見せていた。
美奈なんて思わず『ださっ……』と口に出してしまっていた。奢って貰った相手に言うような言葉では無いけれど、それはそれ、これはこれである。
「良いから、反省会」
「……今度一緒に買いに行きましょうね」
「いや」
向日葵の言葉に、アリスは面白くなさそうに首を振る。
皆してポケットからお金を出す事をダサいだのなんだの言うので、最初は何も思っていなかったけれど段々と意固地になってきてしまったのだ。もうこうなったら意地でもアリス用の財布は買わない。一生ポケットからお金出し続けると密かに誓う。
「食べながらで良いから反省会を始める。一人一人、反省点と改善点を述べて。そこから他の人から見た改善点とかも言ってあげて」
「はいはーい。それじゃあ、まずは私から行きます」
アリスの言葉の後、向日葵が元気に手を挙げる。
「アリスちゃんと戦ってて気付きましたが、私の戦い方は少々強引で、強化された身体能力に物を言わせた戦い方でした。次の攻撃への道筋も乱雑で――」
淀みなく、向日葵は自身のダメだったところを挙げる。
部隊長である彼女が、一番手としてダメなところを多く挙げる事で下の子達が反省点を挙げやすいようにしているのだ。
「――って、ところですかね。いやぁ、結構ダメダメですねぇ、私」
「ダメという事はつまり、その分伸びしろが在るという事だ。まぁ、学ぶ事が多いという事でも在るけれど、学ぶ事が可視化出来ると考えればむやみやたらに学ぶ必要が無い分、効率的だろう」
「訓練は良い所を伸ばすという側面もあるけれど、ダメなところを見付けるという側面もある。長所を伸ばして、短所を見付けて対策を立てる。訓練とは本来そういうもの」
漫然と同じ事を繰り返してもある程度は強くなるけれど、それ以上は強くなれない。
「さっきも言ったけど、変身前の肉体も鍛えるべき。後は、変身前の身体での戦闘も試してみる。魔法少女への変身は元の身体を『強化』している状態。元が強ければ、その分変身後も強くなれる」
魔法少女が変身をする原理として、魔法少女は自身に『魔法少女化』という強化魔法を常時発動しているので身体能力が向上しているのだ。
元の身体能力から更に強化される仕組みになっているので、元の身体を鍛えれば鍛える程、魔法少女になった時の身体能力は向上する。
アリスも変身前の身体を鍛えているし、他の童話の魔法少女も毎日鍛えている。
「うぅ……私も鍛えてるつもりなんですけども……」
「まだまだ。無駄肉が多い」
「む、無駄肉!? 酷いですぅ……」
悲しそうな顔をしながらお腹をさする向日葵。
「そういうアリスは、さぞ立派な身体をしているのだろうね。是非とも見せていただきたいものだ」
「駄目」
「それはどうしてだい?」
「トップシークレットだから」
「個人的に?」
「組織的に」
「なら仕方ない。すっごく興味あったんだけどな。残念」
アリスの正体を知られてはいけない。現状、誰にもバレていないけれど、油断は出来ない。
もしここで変身でも解こうものなら、パニックになる事は間違いないだろう。
「あ、あの……」
一人の新米魔法少女がおずおずと手を挙げる。
「なに?」
「ふと疑問に思ったのですが、どうしてアリスさんの正体って秘密なんですか?」
当然と言えば当然の質問。けれど、疑問に思っても誰も当人に聞く事の無かった質問。
秘密にしているというのだから、何故秘密にしているのかも語る事は出来ないだろう。そこからヒントになる可能性だってあるのだから。
何も答えてはくれない。向日葵や夏夜はそう思っていたけれど、意外にもアリスはその理由を口にした。
「身の安全のため」
「身の安全、ですか……?」
「そう。私は多くの異譚を終わらせてきた。けど、それは裏を返せば多くの人を助けられなかったという事にもなる」
異譚による死者は必ず出る。一人も死なせずに異譚を終わらせるなど不可能に等しい。
アリスに限らず、出撃回数が多い者であれば救えなかった命の方が多いだろう。特に、アリスのように強者であればそれだけ難しい異譚を任される事が多い。異譚侵度が高ければ高い程、魔法少女でさえ生存率は絶望的になる。
「私は、死なせ過ぎた。救えなかった相手を全員憶える事は不可能。その家族ともなれば、憶えてもいられない」
「……ッ!!」
アリスの言葉に、美奈が恨みの籠った目で睨みつける。
それはそうだろう。アリスが死なせた人の家族である美奈からすれば、看過出来る言葉ではない。
「恨まれて変身前に殺される可能性も在る。だから、正体は明かせない。例え、誰であろうとも」
「結局、我が身が一番可愛いって事じゃ無い!」
声を荒げ、美奈がアリスに噛みつくように言う。
「止めなさい美奈ちゃん」
アリスに噛みつく美奈を止めようとする向日葵。その表情は常の優しそうな表情からは想像が出来ない程真剣なものだった。
「アリスちゃんだって、死なせたくて死なせてる訳じゃ無いわ。それに、あの異譚の時はアリスちゃんはまだ魔法少女になって一ヶ月だったはずですよ。今、丁度美奈ちゃんも一ヶ月程ですよね。美奈ちゃんに、アリスちゃんと同じ事が出来ますか?」
「……っ、そ、それは……」
出来ない。出来るはずも無い。むしろ、魔法少女になって一ヶ月で英雄まで登りつめたアリスが異常なのだ。
「私は、アリスちゃんは良くやったと思います。アリスちゃんが異譚支配者を倒さなければ、現状よりも遥かに悪い事が起きていた可能性が高いです。ともすれば、日本が無くなっていた可能性だってあります」
「……でも、こいつは……」
向日葵の正論に言葉を詰まらせる美奈。
向日葵の言う事は正しい。アリスが倒さなければ日本が終わっていた可能性だって十分にある。今こうして美奈が生きていられるのも、アリスが日本史上最悪の異譚を終わらせたからだ。
けれど、そんな事は分かっているけれど……。
きっと個人の想いは大勢の正しさには勝てない。だって、誰もがアリスは正しいと言うのだから。功績の方を重視されて、個人の想いなんて黙殺されてしまうのだ。
「それ、家族が死んでも同じ事言える?」
けれど、意外にも向日葵の言葉をアリスが否定する。
まさかアリスに言葉を返されるとは思っていなかった向日葵は目をぱちくりさせるけれど、直ぐに先程と同じような真面目な顔に戻る。
「分からないですね。でも、その時が来たら今と同じ事を言えるように、私はこれからも魔法少女としてあり続ける覚悟を持っています」
「そう。けど、誰しもが同じ答えを持っている訳じゃ無い。私には家族が居ないから――」
「アリス。それはトップシークレットだよ。キヒヒ」
「あ……」
思わず口をついて出てしまった言葉を、少し遅かったけれどチェシャ猫が止める。
珍しく、しまったという顔をするアリスだったし、他の皆も驚いたような顔をしているけれど、アリスは言ってしまった事は仕方ないと諦めて続ける。
「……家族を失うのは辛い事だと私は思う。その結果抱く感情は正しくても、間違えていても、どうしようもないくらいにその人の感情なんだと、私は思う」
アリスはしっかりと美奈を見据える。
「だから、貴女が私にどんな感情を持っていたとしても、私は止めない。ただ、私にも譲れないものがある。それだけは理解して欲しい」
「……っ」
美奈はどうしたら良いのか分からずに、逃げるようにアリスから顔を背ける。
「……さ。反省会の続き」
「え、この流れで!?」
「ちょ、ちょっと情緒が追いつかないです……」
「でも時間が無い。それに、喋ってる間に情緒も何も無くなる」
「いや、そうかもしれないけど……」
「早く始める」
無理矢理の話題転換に情緒が追いつかないけれど、それでも今の気まずい空気よりはマシであろうと考える。
無理矢理進められる反省会。そんな中、美奈は感情の持って行く場所が分からずにずっと下を向いていた。それを咎める者は誰も居なかった。
誰だって、感情を向ける先が分からない時はある。家族の事ともなればなおさらだろう。
頭では理解している事も、感情では理解したくない時がある。
こぼれそうになる小さな嗚咽を、美奈は必至に堪えた。
きっと、アリスの方が傷付いている。大勢を助けたはずなのに矢面に立ち、真っ向から批判をも受け止めているアリスの方が、ずっともっと傷付いている。
それでも、それが分かっていても、許せないという気持ちが自分の中にはまだあるのだ。だって、自分の大好きなお母さんだったのだから。
 




