女子会 10
突然に春花に求婚したレクシーを見て、思わず思考が飛んでしまっていた。
求婚? どうして突然? 私の友人に? 何故? というか告白飛んでません? どうして付き合っても無いのに結婚? というかそんな素振り無かったですよね? いつの間にそんな気持ちを持ったんですか? え、私が知らない間に連絡を取り合ってました? 私が知らないだけで二人はもう恋仲? そんな素振り無かったですよね? もしかして私の電話とか迷惑でした? 既に恋仲だったら私とんだ迷惑者です。どうしよう。なんでこんなに胃が痛くて心が苦しいんですか? なんで、どうして――
延々と頭の中で情報がまとまらない。取り留めのない事や、飛躍した思考がぐるぐると巡る。
が、ぐるぐると巡る思考の中、レクシーの発言が突発的な物である事が分かった。であれば、黙っている訳にはいかない。
「絶対絶対駄目です!!」
声を上げて春花への求婚を阻止するチェウォン。しかし、星辰へのダメージは大きく、心なしか涙目になっている。
「そもそも、春花さんは未成年です!! それに、日本で結婚可能な年齢は男子は十八歳です!! 春花さんはまだ結婚できません!!」
「おっと、それもそうだ」
チェウォンの言葉に、レクシーは冷静に頷く。
いかに高名な魔法少女と言えども、法律を無視する事は出来ないし、そんな強権を持っている訳でもない。法律を無視する事も、捻じ曲げる事も出来ないのであれば春花と結婚をする事も出来ない。
だが、レクシーは至って冷静である。
「なら、結婚を前提にお付き合いしよう。それなら文句は無いだろう?」
「も、文句ありありです!! 大人が未成年に手を出して良いと思っているんですか!?」
「手なんて出さないさ。私は法律を犯す気は無いからね」
「だとしても駄目です!」
「けれど、付き合う分には問題無いだろう?」
「あります!!」
「どうして?」
「そ、それは……」
純粋な面持ちでレクシーが訊ねれば、今までの気迫は何処へやら。もにょもにょと口を動かすばかりで明確な言葉を口にしないチェウォン。
チェウォンは春花に友愛の心を向けている。友人として好いているのだ。せっかくできた友人が取られる事を嫌っているだけ。気恥ずかしいけれど、「私の友人を取らないでください」と、それだけ言えば済む話なのだ。
なのに、言えない。どうしてか、言う事が出来ない。
「ふむ。まぁ、こうして私達が言い合っていても仕方ない。春花くん。答えを聞かせてくれるかい?」
チェウォンがもにょもにょと言い淀んでいると、レクシーは春花に答えをせがむ。
答えに窮していたチェウォンはばっと春花の方を勢い良く向き、不安そうな目で春花を見やる。
チェウォンだけではなく、事態を静観していた少女達もまた、春花の答えに注目していた。
この場に居る全員に注目されている春花。しかし、困ったように眉尻を下げるだけで、特に臆した様子は無い。
春花は二、三度、確かめるようにすんすんっと鼻を鳴らした後、答えをレクシーに言い放つ。
「お酒臭い……」
春花の言い放った言葉に、レクシーとシャーロット以外の少女達は全員が「は?」と声を上げた。
「なるほろ」
シャーロットだけは事態を理解したようで、ぽんっと納得したように手を叩く。
「レクシー、お酒呑んどる」
言って、レクシーの飲んでいた飲み物を指差す。レクシーが飲んでいたグラスには赤紫色の液体が入っており、その液体の入っていた容器には筆記体でWINEと書かれていた。
「ぶどうジュースじゃ無かったのね……」
白奈がぽつりとこぼす。
「ていう事は……」
「レクシーちゃん、酔ってる~?」
笑良がレクシーに訊ねれば、レクシーはとろんとした目で笑良を見やる。
「よってにゃいよ?」
「よ、酔ってるよね!? 絶対に酔ってるよね!?」
「酔ってない~」
普段は見せないレクシーの気の抜けた姿に、一同は思わず唖然としてしまう。
あまりにも唐突なレクシーの行動だったけれど、酔っ払っていたのであれば説明が付く。普段のレクシーであれば、皆の居る前で唐突に告白などしない。冗談で口にするかもしれないけれど、こんなに情熱的に口説く事は絶対にしない。付き合いの短い少女達ですらレクシーの誠実さは理解している。
公開告白に驚いてその事を失念してしまっていた。
なんだ酔っ払っていただけかと、少女達は謎の緊張感から解放される。
「で~? どうするんだ~? お姉さんと結婚するのか? 三食昼寝お小遣い付きだ。週二回はデートに行こう。君の好きな映画を観たり、ドライブしたり、美味しいレストランでディナーを楽しんだり。イギリスでの生活もきっと楽しくなるぞ?」
春花の前にしゃがみ込み、春花の手を取って春花に迫るレクシー。
酔っ払っていると分かっていても、事態が解決した訳では無いのだ。何せ、レクシーの求婚が終わったわけでは無いのだから。
「止まりなさい、この酔っ払い!! 春花さんには春花さんの生活があるんです!! 貴女と結婚なんてしません!! ね!! 春花さん!?」
語気を強めに春花に同意を求めるチェウォン。
「そ、そうだよ!! こ、こっちでの生活もあるんだから!!」
「ママン居ないなったら」
「途轍もなく寂しい」
みのりと双子もチェウォンに加勢するように言葉を紡ぐ。
「……どーすん……?」
いつの間にか春花の隣に陣取っていた詩が、春花に訊ねる。
話が終わっていないのであれば、春花が答えを出して終わらせる他無いだろう。
なにより、春花の答えは最初から決まっている。これ以上長引かせても面倒が増えそうなので、この話に終止符を打つ事に決める。
「レクシーさん」
「なんだい?」
「ごめんなさい。結婚も、お付き合いも出来ません。今は、自分の事だけで精一杯なので……」
特に誤魔化す事無く、春花は素直な気持ちをレクシーに告げる。
言葉通り。今は自分の事だけで精一杯だ。付き合って、その誰かを気に掛けて、特別な関係を築き続ける自信が春花には無い。
「そうかぁ……残念」
春花の答えを聞いたレクシーは残念そうに言葉を漏らす。
そして、春花の答えを聞いた幾人かは、我知らずほっと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、女子会の続きをしよう! 私はまだまだ語り足りないぞ!」
「いや自由人過ぎるなぁ!?」
話が一段落した瞬間に、女子会を再開させようとするレクシーに、鋭くツッコミを入れる珠緒。奇しくも、レクシー以外の全員の気持ちが合わさった瞬間だった。




