女子会 9
レクシーの口からとんでも無い発言が飛び出した直後、あれだけ騒がしかった室内から急激に音が消える。
数秒の沈黙の後、全員が驚愕に声を上げる。
「な、何!? どういう事!? 話の流れ的におかしくない!?」
「あら~!! あらあらあら~!!」
「た、確かにそういう話はしていたけど! どうして求婚に至ったのかしら!?」
「ど、どどどどどうして求婚してるのかな!?」
「何がどうしてそうなった!? おまえ等何話してたんだよ!?」
「ま、ママンに奥さんが!?」
「ぱ、パパンに奥さんが!?」
「何事ネ!? 何があったヨ!?」
「……大胆不敵……」
「これ、ワシの。レクシーに、やらん」
阿鼻叫喚の地獄絵図となったカフェテリア。餡子に至っては、普段の丁寧な文字とは比べ物にならない程に字が崩れていて、解読不可能となっている始末。
会話をしていた朱里達三人も、何がどうしてレクシーが求婚に至ったのかは定かではない。
「えっと……」
当の求婚された春花は困惑した様子で眉尻を下げている。
隣に座っていたチェウォンはぽかーんっと口を開け、突然の事態に固まってしまっている。
「まず、経緯を説明していただけると……」
春花の至極真っ当な言葉に、レクシーは鷹揚に頷く。
「あちらで恋バナをしていてね、ボーイフレンドに求めるモノを話していたんだ」
レクシーが経緯を説明しだせば、全員が傾聴する。
「私としてはボーイフレンドに求めるモノはそんなに無い。求めたとしても、常識的な事くらいだ」
言っている事に間違いは無い。先程四人で話をしていた内容通りなので、レクシーとお喋りをしていた三人は頷く。
「その時、ふと君が視界に入った。その時閃いたんだ。君と結婚をすれば全て丸く収まると言う事に」
「いや収まらねぇよ!?」
「い、今こうして荒れてるよ!?」
レクシーの言葉に、珠緒とみのりがツッコミを入れる。
二人のツッコミを気にした様子も無く、レクシーは話を続ける。
「君は若いながら、対策軍で仕事をしているからお金を稼ぐ苦労を知っている。お金にだらしなくも無いし、一人暮らしをしていて家事全般は得意だし、何より料理が上手だと聞く」
「まぁ、家事は出来ますけど、そんなに得意じゃ無いですよ?」
「そんな」
「事は」
「「無い!!」」
春花の謙遜を聞いて、唯と一は力強く否定する。
「洗濯、完璧」
「掃除、完璧」
「料理、完璧」
「母性、完璧」
「「まさに、理想のママン!!」」
「うん、僕男の子だよ?」
母性やらママンやら言う双子に、優しく訂正する春花。
「……掃除、料理は良いとして……アンタ、洗濯もしてるの?」
「うん」
朱里の問いに、春花は特に考える様子も無く頷く。
「お婆さん、腰を悪くしてるみたいだから。週に何度かお邪魔して、掃除とか洗濯物してるよ」
「そう……」
呆れたように頷く朱里を見て、皆が朱里の言いたい事を察する。
「それってつまり……全部よね?」
「全部?」
要領を得ない朱里の問いに、春花だけは察する事が出来ずに聞き返す。
これはストレートに言わないと駄目だと悟り、少し言いづらそうにしながらも、朱里ははっきりと春花に訊ねる。
「下着も洗って干してるって事よね?」
「うん」
朱里の言葉に、春花は躊躇いなく頷いた。
「ああ、そう言う事?」
ようやく納得したような声を上げる春花。
「安心して。下着は室内で干してるから。ご近所さんには見られないようにしてるよ?」
だが、何も分かっていなかった。
春花は、朱里が下着を干す場所が悪いと、ご近所さんに見られてしまうのを危惧しているのだと考えた。しかして、春花にも人並みに羞恥心と常識はある。安心して欲しい。下着はしっかり他人の目に触れないように洗濯していると、堂々とした態度で返す。
「そこじゃない!!」
「けど、そこを考えられるのは偉いネ。我の好感度は少し上がったヨ」
「そうだけど~! もっと気にする所あると思うわ~!」
「し、知り合いとは言え、お、女の子の下着を洗濯するのはどうなのかな!?」
「というか、貴女達もどうして有栖川くんに洗濯をさせているの!?」
白奈に言われ、唯と一は互いに顔を見合わせた後に平然と答える。
「ママンに」
「パパンに」
「「お世話されるのは、当たり前」」
「いや当たり前じゃねぇよ!! 下着くらい自分で洗濯しろや!! あたしでさえ洗濯は自分でやってるぞ!?」
唯と一からしたら、春花は異性では無く親のようなものであり、下着を見られることに何ら抵抗は無い。それが同級生だとしたら嫌だけれど、春花に対しては特に忌避感を持つ事は無い。
「ああ、そっちだったか……」
女子達の反応を見て、自分が間違えた解釈をしていた事に気付く春花。
「……鈍感、ぼーい……」
「でも、そこが、可愛い」
マイペース二人組は既に求婚のショックが抜けているのか、そもそもショックを受けていないのか、いつもの調子で春花に群がり、うりうりと肘でぐりぐりしたり、頬をぐりぐりしたりする。
「いや、違うんです。その話はもう終わってたから……」
春花の言葉に、たまたま春花と目が合った餡子が小首を傾げてどういうことですかと意志を伝える。
「うん。お婆さんが腰を悪くしてるから、出来る事をやろうと思って色々やってたんだけど、流石に僕も女性の下着を洗うのはどうかと思ったんだ」
「良かったわ。正常な判断が出来てるようで……」
春花の言葉に、朱里はほっと安堵に胸を撫で下ろす。
「それで、二人に言ったんだ。『洗濯をするけど下着類は自分で洗ってね?』って」
「……聞くまでも無いかもしれないけれど、二人はなんて言ったのかしら?」
白奈の質問は春花にではなく、呑気にお菓子を食べている唯と一に向けられる。
「めんどくせ」
「ママンお願い」
「「って言った」」
「いや自分でやれ!?」
「そこは素直にママンに従うところネ」
「なるほど~。三人の中では解決してたから、なんとも思わなかった訳ね~」
「解決、違う。春花、諦めてる」
「どっちでも良いわよ……」
全員が唯と一に呆れたような表情と言葉を投げかけるけれど、二人の態度は変わらない。その態度のふてぶてしさから感じられる意志はただ一つ。『ママンに甘えて何が悪い!!』である。
洗濯でひとしきり騒いだ後、レクシーはうむうむと鷹揚に頷く。
「素晴らしい。異性の下着を洗っていながら邪な感情を抱く事無く、ただ甲斐甲斐しくお世話をするその慈愛の心。うむ、綺麗な心を持っているのだな。ますます君が気に入ったよ」
「そ、そう言えばこっちも大変だった!?」
「なんか謎に好感度上がってるし……」
「優しく、慈しみを持った心根。それに、君は誠実だ。そんな素敵な君だ。浮気なんて絶対にしないだろう? 下着の件だけじゃない。これだけの美少女達に囲まれていても手を出す事無く、適切な距離感を保っている。まさに紳士の鑑だ」
饒舌に春花をべた褒めするレクシー。
レクシーに美少女と評されて一瞬喜びの感情が顔を上げる少女達であったけれど、そんな事で誤魔化されはしない。
「どうだろう? 私と結婚しないかい? その愛を、私に向けてくれれば――」
「だ、だだだだだだだ駄目ぇぇぇぇぇえええええ!!」
更に求婚をするレクシーの言葉を、今まで衝撃で硬直していたチェウォンが正気に戻り、慌てて遮る。
チェウォンは、レクシーを下から睨むと、力強い言葉で言い放つ。
「絶対絶対駄目です!!」




