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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第2章 三本の剣

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異譚14 鶴の一声

「それじゃあ、今日は此処まで」


 汗一つかいていないアリスが地面に倒れている魔法少女達を見やる。


 アリスの解放宣言に地面にひれ伏す魔法少女達は、全身の力を抜きながら変身を解除した。


 これで終わったと思って安堵したのも束の間、アリスは淡々とした口調で講評を始める。


「一人一人見たけど、だいたい動きが悪い。皆魔法少女に変身してから訓練してるからだと思う。変身前の肉体の鍛える事も重要だから、そっちにも時間を割いた方が良い。後、異譚にルールは無いから、色んな格闘技の勉強もするべき。武器の扱いに関してもそう。型も美しさも必要無い。結果倒せればそれで良い。勿論、本人にとって一番良い戦い方は人それぞれだから、自分に合った戦い方を模索した方が良い。合同訓練もあって暫くは私が相手できるから、試したい事があれば色々試せば良い」


 ぺらぺらぺらぺらと常では考えられない程に饒舌に話をするアリス。


 しかし、珍しいアリスの姿に驚く余裕も無く、魔法少女達は地面で息も絶え絶えになっている。


「じゃあ、一人一人今日の反省点と自分で上手く行ったと思うとこを言っていって。まず貴女から」


 言って、アリスは一番近くで倒れている少女を指名する。


 が、少女は肩で息をしており喋る余裕が無い。


「……あ、アリスちゃ……少し、や、休ませ、て……くだ、さ……」


 そんな少女に変わって向日葵が言えば、アリスはなるほどと一つ頷く。


「なら、少し休憩してから反省会。暫く休むと良い。私も少し疲れた」


 汗一つかかず、息切れ一つしていないアリスのその言葉に、その場に居た全員の額に青筋が浮かぶ。


 『疲れたならそれ相応の反応しろよ』『無表情で言う事か』『煽ってんのかこの英雄』等々、思っても口にする余裕が無いのでただアリスに怒りを覚えるのみに留まっている。


 彼女達からヘイトを向けられているとはつゆ知らず、アリスは指を一つ鳴らして一人掛けのアンティーク調のソファと、水の入ったピッチャーと空のコップの置かれたアンティーク調のサイドテーブルを出現させる。


 アリスがふかふかのソファに座る間に、水の入ったピッチャーが独りでに動きコップに水を注ぐ。


 アリスはコップの水を飲むと、ふぅとリラックスしたように息を吐く。


 優雅に一人水を飲み、リラックスしているアリスを見て、その場の全員の額に更に青筋が浮かぶ。


「あ、アリスちゃん……」


「なに?」


 いつの間にか膝の上に乗っていたチェシャ猫を撫でているアリスに、向日葵が呻き声を上げながら手を伸ばす。


「お、お水、ください……」


 向日葵のお願いに、アリスは一つ頷いて水の入ったピッチャーを向日葵の方へ向かわせる。


 独りでに動いたピッチャーは仰向けに寝転がる向日葵の口目掛けて水を落とす。


「がぼぼぼぼ」


 がぼぼぼぼ言いながら文字通り浴びるように水を飲む向日葵。もう口から溢れて顔にも服にもかかっているけれど気にしない。それほどまでに疲れていて、浴びるように飲みたい程には喉もカラカラなのだ。ちょっと苦しそうだけれど、ピッチャーは止まらない。


 びしょ濡れになる向日葵を気にした様子も無く、アリスは何処からか出したクッキーを食べながら紅茶を飲む。


 ピッチャーは水責め(給水)を終えると唐突に姿を消す。


 アリスの一連の魔法を見た魔法少女達は、そのあまりの規格外さに声も出ない。


 あまりにも自由自在な魔法は最早、見る者が見れば奇跡と称されても過言ではない程の代物だ。


「アリスちゃん、本当に何でもできますねぇ……」


 びしょ濡れになった向日葵が言えば、アリスは指を鳴らしてタオルケットを出して向日葵の上に落とす。


「わぷっ……あらあら、ありがとうございます」


「別に」


 アリスがタオルケットを渡せば、向日葵は嬉しそうにはにかむ。


 因みに、優しさから渡したのではなく、びしょ濡れになったのでキャミソールが透けてしまっていて目に毒だからタオルケットを渡したのだ。今は少女の身体とは言え、変身を解いてしまえばアリスは春花()に戻ってしまう。こうした気遣いはお互いにとって必要な事だろう。


「いや、そもそもちゃんとコップで水を飲ませてあげれば良かったのでは?」


 そんな二人を見て、いつまでも地面で寝転がっていては部隊長の沽券に関わると思った夏夜が起き上がりながら言えば、分かって無いなぁと言った表情で向日葵が言う。


「普段塩対応のアリスちゃんが優しくしてくれるから良いんじゃないですか」


「なんだろう……そこはかとなく向日葵はダメ男に引っ掛かりそうな気がする……」


「ぶぅ! 見境無い訳じゃないですぅ! アリスちゃんだから良いのですよ!」


「見境無い訳じゃ無いからこそ、一人にどっぷりって事になりそうだよ」


 夏夜の言葉に、周りの魔法少女達も同意するような顔を浮かべる。


「彼氏が出来たら一度私に知らせるように。きっちり精査してあげるから」


「作るつもり無いです」


「モテるのに?」


「じゃあ夏夜ちゃんは作る気あるんですか? 夏夜ちゃんもモテますよね?」


「無いよ。男共は猿にしか見えないからね」


 嫌な事でも思い出したのか、少しだけ眉間に皺を寄せる夏夜。


「猿……」


 あんまりと言えばあんまりな評価に、男でもあるアリスは思わずぼそりとこぼしてしまう。


「キヒヒ。猿だって、アリス」


 おかしそうにチェシャ猫は笑う。


 アリスはムッとしたように眉を寄せてチェシャ猫の髭を引っ張る。


「アリスも気を付けた方が良い。奴らは股間で物事を考える猿ばかりだからね」


「それは、偏見かと……」


「いや偏見では無いよ。奴らは私と話す時に胸やお尻しか見ない下衆(ゲス)共だ。それに……」


「それに……?」


「……いや、長くなるからよそう。とにかく、アリスも可愛いのだから、十分に気を付けるように。他の皆も、男は(ケダモノ)だと思うように」


「はぁ……」


 物凄く男性に対して敵意を持っている夏夜。余程苦い経験をしたのだろう。


 アリスはそもそも男なので男性と付き合うという気は一切無い。アリスは普通に女の子が好きだ。恐らく、きっと。今まで一人たりとも好きになった事は無いのでどちら(・・・)が好きなのかは定かでは無いけれど。


「そうなんだ……」


「わたし達も気を付けないと、かな……?」


「気を付けないとだよ! 夏夜先輩が言うんだから!」


 アリスは夏夜の言い分に特に思う所は無いけれど、他の子達は違う。


夏夜はボーイッシュな見た目から後輩達からまるで王子様のような慕われ方をしている。つまり、敬愛する夏夜が言うのだからそうなのかもしれないと判断する者が多いという事だ。


「夏夜ちゃん、中高一貫で女子高育ちなので、男子に免疫が無いのですよ」


 ずりずりと匍匐前進をしながらアリスの足元までやってくる向日葵。


「で、一度夏夜ちゃんに猛アタックをした男子が居てですね、男子に免疫が無い夏夜ちゃんはころっと落ちてしまった訳ですよ」


「そう」


「でもでも、その男子は夏夜ちゃんの魔法少女という肩書とルックス、普通の女子高生が持ち合わせない財力が目当てだったのですよ。後はまぁ、肉欲と言いますか……」


「キヒヒ。それは確かに猿だね。うっきっきー」


「夏夜ちゃんのお父さんが気付いて一線(・・)を超える前に事無きを得た訳なのですが、それからどうも男子に対して当たりが強いのですよ」


「なるほど」


 アリスにとってこれといって役に立たない情報ではあるけれど、春花にとっては役に立つ情報だった。


 春花の時には用があったとしても気を付けようと心に誓う。少しのミスでも彼女の中では大きな失態に昇華されかねない。春花の職務的に、稀にだけれど他部署と行き来する事も在る。禍根を残すと色々と面倒だ。


 それからざわざわとお喋りが始まり、全員が地面に座り込んだ(・・・・・)状態になる。


「皆元気一杯だね。じゃあ、一人一人反省点と改善点を言って行こうか」


 よく通る声でアリスが言えば、一瞬で全員が口を噤む。そう言えばそれがあったとばかりに気まずそうな顔でアリスから眼を逸らす少女達。


「はい!」


 が、そんな中、向日葵が元気よく手を挙げる。


「じゃあ、一番手どうぞ」


「シャワー浴びて着替えてからカフェテリアでやりましょう! お腹空きました!」


「……」


 どうやら、一番手を名乗り出た訳では無く、身体を洗った後でご飯を食べながらやりたいという提案をしたかっただけであった。


 アリスは無言で立ち上がり、ソファとサイドテーブルを消しながら入口へと歩く。


 流石に怒らせたかと全員が冷や冷やする中、アリスは静かな声で告げる。


「三十分後、共同カフェテリアに集合。遅れたら……明日は本気(・・)でやるから」


 それだけ言って、アリスは訓練場を後にした。


 直後、魔法少女達は慌てた様子で立ち上がりシャワー室へと向かった。


 皆の様子を見て、夏夜は笑う。


「あはは。まさに、鶴の一声だな」


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[一言] モテる男の条件を完全に満たす王子様……
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