女子会 1
アトラク=ナクアを倒し、世界に平和が訪れた。
魔法少女達も激戦の疲労を癒すべく、身体を動かす事無くゆったりと休息をしている。
「寛ぎながら映画を観られるなんて……此処は良い所ですね」
「そうですね」
童話のカフェテリアの二階にて、ソファに座って映画を観るチェウォン。その隣に座るのは、部屋着姿の春花。しかし、ただの部屋着ではない。そもそも、この部屋着自体春花の私物ではない。
ふわふわもこもこの白と薄いピンクのボーダー柄で、可愛い丸耳の付いたフードも付いている。上は長袖、下は上着と同じ素材のショートパンツ。ショートパンツから伸びる白い脚の上ではチェシャ猫が我が物顔で寛いでいる。
とても可愛らしい恰好で、春花はチェウォンとソファに座り、愛犬を殺され愛車を盗まれた殺し屋の映画の最終作を観ている。
何故チェウォンが日本に居るのかと言えば、アリスが飛空艇で日本に連れて来てしまったからだ。体力を考えても、韓国に寄り道をする余裕は無く、韓国に寄り道をする余裕が無いのだから、同乗してきた凛風やアーサー、レディ・ラビットを送り届ける等最早不可能であった。
そのため、一度まるっと全員日本に連れてきて、それから国に送り返そうとしていたのだ。だが、チェウォン達を国に送り返すのは少し先の話となった。
アトラク=ナクアの被害にあった国は漏れなく疲弊している。各国も受け入れ態勢が整っていないので航空会社も暫くは運休。状況が整い次第、航空会社も運行再開となる。
体力も回復しているのでアリスが送って行っても良いし、軍用機で送っても良い。だが、各国の回答は『大事の後だ。無理して帰国する必要も無い。ゆっくり身体を休めてから帰国されたし』とのお達しがあった。
海上都市の時も似たような回答を貰い、少女達は日本でのびのびと羽を伸ばす事が出来た。本国の復興に力を貸したいとは思うけれど、上層部からの気遣いを無碍にするのも申し訳無い。
それに、疲労困憊なのもまた事実。慣れない土地ではあるけれど、徹底的に休んで、向こうの態勢が整った時に復興に力を入れられるようにしておこうと考えた。
良い機会なので、チェウォンは春花と親睦を深める事にした。もちろん、他の魔法少女達とも親睦を深めるつもりである。その第一弾として春花と親睦を深めているだけだ。
因みに、春花の着ている服はチェウォンが用意した。家がダメになったと聞いて、不便があるだろうと開いているお店に行って部屋着やその他の服、必需品を買って来たのだ。金に色目は付けなかった。総額を聞いて朱里やアーサーは若干引いていたけれど、友人が困っているのだ。それくらい当たり前だと答えた。チェウォンの答えを聞いた二人は何とも言えない顔をしていたけれど、チェウォンにはその理由が分からなかった。
ふわふわもこもこになった春花は、ぴしっとした私服――着替えは無いので日本で買ったモノ――に身を包んだチェウォンを見て、どうして自分の方にも似たようなのを買ってきてくれなかったのだろうと、少しだけ思う。
ジュースを飲みながら、お菓子を食べ、チェシャ猫を撫でる。チェウォンは知らないけれど、春花もアリスとして戦っていたので疲労は溜まっている。こうして、ゆったりと映画を観ていられる時間は春花にとっても重要だった。
「この俳優さん、良いアクションをしますね」
「そうですね」
「銃撃戦も良いですね。このアングル、一本撮りでしょうか?」
「どうでしょう。途中で壁とかで途切れますから」
「これって防弾スーツですけど、結局直撃したら痛いですよね。肋骨とか折れて無いんでしょうか?」
「弾は貫通しないですけど、衝撃は受けますからね。一作目から見てると、この人本当に人間なのか疑わしいレベルでタフですから、折れながら戦ってる可能性もありますよ」
互いに思った感想を口にしながら、お菓子を食べたりジュースを飲んだりチェシャ猫を撫でたり、ゆったりとリラックスをしながら映画を観る。
そんな二人を、背後の階段から観察するのは、チェウォンと同じく暫く日本での休暇を楽しむ事となったシャーロットと、春花強火勢のみのり、要らんことに首を突っ込む詩の三人だった。
「あ、あの二人、な、仲良いよね?」
「ベストフレンドの距離感」
「……果たして、どうだろう……」
「え、ど、どういう事?」
「……肩と肩、くっ付いてる……」
詩がそう指摘する通り、二人は肩がくっ付く程の距離感で座っている。何なら、身動ぎするたびに当たっている。
「た、たたた、確かに!」
「友達、こんなもんじゃ?」
「だ、男女だから違うよ! い、イギリスはどうか知らないけど、に、日本は違うんだよ!」
「……お触り、即、死刑……」
「オゥ……ワシ、死刑何回分?」
「……一生分は、求刑されてる、はず……」
「なら、何回やっても変わんね」
「……言えてる……」
「だ、ダメだよう! お、お触り禁止! も、もっと距離感を――」
「ちょっと、煩いですよ。お喋りするなら一階でしてください」
みのりの言葉を遮り、チェウォンが眉を寄せて注意をする。映画は一時停止されているので、春花も振り返って三人の方を見ている。
「ご、ごめんなさぁい……」
怒られ、しょんぼりと謝るみのり。
そんなみのりとは対照的に、シャーロットと詩は特に懲りた様子も反省した様子も無い。
「ワシら、警察」
「は? 何を言ってるんですか?」
「……十三時二十二分、肩くっ付け過ぎ罪で、逮捕……」
時間を確認した後、詩は何処に持っていたのか手錠を取り出して二人に見せつける。
「肩? ……ああ、すみません。ちょっと、近かったですね」
言われて初めて距離感に気付いたのか、少しだけ顔を赤らめて座り直すチェウォン。
「いえ、別に」
春花は特に気にした様子は無いが、チェシャ猫がキヒヒと笑って春花に言う。
「キヒヒ。アリス、本来なら男性であるアリスが気にする場面だよ」
「……そうかも。ごめんなさい」
「ああいえ。謝らないでください。私は別に嫌な思いはしていませんから」
申し訳なさそうに謝る春花を見て、チェウォンは安心させるように笑顔でそう答える。
「……ノット、逮捕……?」
「ノー。ギルティ」
「……イェア、ギルティ、ギルティ……」
「そ、そうだよ! た、互いが良くても、ふ、風紀は守って貰わないとだよ!」
二人の様子を見ていた三人は、二人に有罪判決を下す。逮捕をすっとばして有罪が出ているけれど、三人は気にしない。
「少し肩が触れただけです。手を握った訳でも、脚を撫でた訳でも無いですよ。それに、貴女達にだけは風紀がどうとか言われたく無いです」
じとっとした目で三人を見やるチェウォン。
「聞くところによると、シャーロットさんは春花さんの脚を撫でたとか?」
「すべすべだたよ」
「詩さんは、頭の上に顎を乗せたとか」
「……丁度良き、顎置き……」
「みのりさんは……存在が危険だと他の人が言ってました。よってギルティです」
「ど、どうしてかな!? わ、悪い事なにもしてないよ!?」
「ともかく、肩が触れただけで貴女達にとやかく言われる筋合いは有りません。分かったら、映画鑑賞の邪魔をしないように」
それだけ言って、チェウォンは前を向き直って一時停止していた映画を再開させた。
「敏腕弁護士」
「……こちらの、罪状が、重すぎた……」
「ど、どうしてわたしを見るのかな? み、皆有罪判決だったよね?」
怒られた事もあって、小声で言い合いながらすごすごと退散していく三人。
そんな三人が降りて行ったのを横目で確認して、まったくと一つ溜息を吐くチェウォン。
そして、空いてしまった空間を見て、もう一度まったくと溜息を吐くのだった。




