ヴルトゥームの華麗なる一日?
言い忘れていたというか、言う必要が無いと思って言わなかった事が一つ。
アトラク=ナクアの終焉の形はあくまでこの世界だけの話です。
こうだったら面白いなぁって感じなのです。はい。
これは、ヴルトゥームが朱里と出会うまでのお話。
千年の眠りから覚め、一気呵成に地球に攻め込んだ。
なんてことはない科学力も乏しい辺境の惑星。裏で糸を引いているモノが居るけれど、大した事は無いだろうと高をくくっていた。
が、結果は惨敗。火星人の脳は全て焼かれ、科学力の粋を集めて作った星間重巡洋艦ヴルトゥームは大破。最早、ヴルトゥームに残されたモノは大破の寸前に放出した自身の種子のみ。沢山放った種子は一つしか芽吹かず、芽吹いたとて自身を護る科学力も無い。
『どうしましょう……』
森の中で芽吹いたヴルトゥームは一人途方に暮れていた。
完全に無防備なヴルトゥーム。このままでは小動物にも負けてしまう。
『わっ、こらっ、集るんじゃありません!! 離れなさい虫けら共!!』
虫に集られ、慌てて触手で振り払う。
小動物だけではない。このままでは、虫にすら負けてしまう。
『くっ……この私が、なんて無様……っ』
星間重巡洋艦と融合する前のヴルトゥームでも、この地球上の生物に負ける事は無い。いや、海洋生物には負けるかもしれない。塩水は駄目だ。後、自分より大きい相手。
何にせよ、今のヴルトゥームは最弱の生物だ。このままでは死は避けられない。そうなっては生き延びた意味が無い。
『ひとまず……よっ、と』
手近に通った小動物に触手を伸ばし、頭に乗る。
『ちょっとくすぐったいですよ』
小動物の頭に根を伸ばし、耳から根を入れて脳を侵食する。
旧支配者としての権能は殆どを失ったけれど、これくらいの事はまだ出来る
小動物の頭を支配して、ヴルトゥームは街を目指す。
街を目指す理由は自身を破滅へと導いた、破滅の炎。彼女に会うために、今は街を目指している。
負けてしまい、全てを失ったヴルトゥームに出来る事と言えば、余生を謳歌する事くらいだ。その余生に彩りを与えるために、この盤上遊戯に案内したあの者に少しでも嫌がらせをしてやるのだ。
一矢報いるためにも、絶対に朱里の元へと辿り着いて見せる。
『って、ロデスコの家を知りません。どうしましょう?』
ヴルトゥームのクローンである自分は、以前のヴルトゥームの記憶を有しているけれど、知り得ない情報を知るための力は無い。星間重巡洋艦さえあれば、こんな事簡単に知る事が出来たのに。
『まあ良いでしょう。魔力の質感は憶えています。地道に探すとしましょう』
とはいえ、街まではかなりの距離がある。それまで、この小動物の身体は持たないだろう。追跡されないように遠方へと飛ばしたのがあだとなった。
いや、本当に遠方に飛ばし過ぎた。消滅に焦って飛翔距離を出鱈目に設定してしまったのがいけなかった。確か、この種子の射出先は青森だったはず。青森と言えば日本の本土最北端。大分遠い所まで飛ばされてしまった。
『これは乗り継ぎが必要ですね』
と口走った矢先――
『へ?』
――ヴルトゥーム、もとい、小動物の身体は唐突に空へと誘われる。
『なっ、この無礼者!! 離しなさい!! 私を誰だと思っているのですか!!』
小動物の身体を攫ったのは、一羽の猛禽類。
少し広い所に出た瞬間、無防備な姿を晒したヴルトゥームは一瞬にして空へと誘われてしまったのだ。
瞬く間に高度を上げる猛禽類。この高さから落ちれば、今のヴルトゥームではひとたまりも無い。
『くっ……こうなっては、早速ですが乗り継ぎです!』
にゅるにゅると触手を動かし、猛禽類の脚から背中に回り、耳の穴に根を捻じ込もうとするヴルトゥーム。
突然ヴルトゥームが自身の身体に巻き付いて来たので、パニックになり暴れる猛禽類。
『ふふふっ。暴れたところで意味はありませんよ。背後を取らせていただきましたからね。さあ、大人しくその身体を寄越すのです』
邪悪な笑みを浮かべながら、ヴルトゥームは猛禽類の耳の穴から根を捻じ込み、脳を支配する。
『ふふふっ! なんだ、雑魚ばかりではないですか! これなら今の私でも簡単に生きて行けそうです!』
ふふふっと不気味な笑い声を上げて、空を飛ぶヴルトゥーム。
そんな風に調子に乗っていたのも束の間、ぱぁんっという乾いた音が響いたかと思うと、猛禽類の身体に風穴が空いた。
『へ?』
ヴルトゥームは脳を支配しているだけであって、身体全てを支配しているわけでは無い。つまり、身体に穴が空けば補強は出来ないし、脳から電気信号を送っても、傷付いた部分は動かす事が出来ないので意味が無い。
つまり、このまま落下するしかないのだ。
『ひゃぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああ!?』
長い悲鳴を上げるけれど、テレパシーなので誰の耳にも届かない。錐揉みしながら落ちて行くヴルトゥームは、銃を撃ったあほんだらを恨みながら自身の無事を神に祈るしかない。元神様として情けなくはあるけれど、それが今のヴルトゥームに出来る唯一の助かる方法なのだ。
因みに、銃はヴルトゥームに向けて放たれた訳では無い。猟師が鹿を撃とうとして、たまたま高低差があり、たまたま木々の間をすり抜け、たまたま空を飛んでいたヴルトゥームの操る猛禽類に直撃しただけである。
『へっ、ぶっ、ぼっ!? ぶわっ!?』
枝を幾つもぶち折りながら、ヴルトゥームの身体は重力に従って地面に叩き付けられる。
だが幸いな事に幾重にも重なった木々が速度を落とし、猛禽類の身体が地面に叩き付けられたお陰で良い緩衝材となってヴルトゥームは無事であった。
『し、死ぬかと思いましたぁ……』
とはいえ一度死んで間もないにもかかわらず、もう一度死の淵に立たされたのだ。神性は無くなり、感性がより人間らしくなったヴルトゥームからしたら非常に恐怖体験であり、思わず涙目になってがくがくと震えてしまう。
『そ、空はもう止めましょう。あんな不安定な生物を信じるなんて、あ、阿呆のする事ですから。ええ、そうです。陸路にしましょう。地に足を付けて生きるのが大事です。まあ、私は足なんて無いですけど』
触手をうねうねさせ、地面をゆっくり進むヴルトゥーム。
この時のヴルトゥームはまだ知らない。この旅が存外長いモノになる事を。この先に待ち構えている不幸の連続……野良猫に追い回されたり、電信柱の影に隠れていたら酔っ払いに尿を引っ掛けられたり、水路を行こうとしたらナマズに飲み込まれそうになったり、楽をしようと電車に乗って目的地を通り過ぎて近付いた距離を更に引き離されたり、等々。
彼女の困難の旅の序章である事を、ヴルトゥームはまだ知らない。
『ひぃっ!? し、鹿ぁっ!? な、何故こんなところに!? わ、私は食べても美味しく無いですよ!! あっちに行きなさい!!』
まだ、知らない……自身の不幸の片鱗は感じ始めているけれど、うん、まだ知りたくないし、認めたくない。
『だ、誰か!? 誰でも良いから助けてください!! お願いします何でもしますから――――――っ!!』
ヴルトゥームのテレパシーは誰にも届かない。
頑張れヴルトゥーム。負けるなヴルトゥーム。明日が在れば、きっと明るいぞ。多分。




