異譚43 内なる炎
今年中にはこの章が終わらせられるはずです。多分……。
自身の火力に振り回されながらも、ロデスコは爆速で本体へと迫る。
「段々慣れて来たわよ……っと。んじゃまずは、小手調べっ!!」
空中で縦に回転し、炎を纏った脚で踵落としを叩き込む。
今の自分の火力がどれほどの威力を持っているかの確認。口に出した通り、ちょっとした小手調べのつもりだった。
だが、結果はちょっとした、なんてものでは無かった。
ロデスコの踵が打ち付けられた個所は爆発により大きく抉られる。衝撃波と熱波が広がり、硬いはずの本体には罅が入り、熱波に当てられた部分はドロドロに融解している。熱波はただの余波。にも関わらず、アトラク=ナクアの本体へ明確にダメージを与えている。
「威力上々ね。細かい調整は……今は必要無いわね」
細やかな調整を必要とする相手では無い。これを認めてしまうのは癪だけれど、突撃が得意なロデスコにはうってつけの相手と言えるだろう。
「んじゃま、もっと火力を上げますか!!」
声を張り上げると同時に、炎が吹き荒れる。
高温故に眩く光り輝き、同時に周囲に熱波を放ち続ける。ロデスコの周囲の空気は歪み、信じられないくらいの高温にドロドロとアトラク=ナクアの身体は解けていく。
それでも、ロデスコはその熱に侵されない。その炎はロデスコを傷付けない。ロデスコこそが炎であり、炎こそがロデスコなのだから。
生ける炎の姿を見て分かった。ただ全てを燃やす高熱であれば良い。ただ全てを滅ぼす炎であれば良い。
まるで炎の防壁のようにロデスコを包み込む炎からは、紅炎が絶えず飛び出している。
まるで炎の化身となったロデスコから放たれる熱波に、思わず顔を顰めるイェーガーとマーメイド。巻き込まれないように上方で待機していたけれど、安全圏だと思っていた場所にまで届く熱波に、素直に驚きを隠せない。
「あっつ……あいつ、太陽にでもなったの?」
「……なら、あれは、プロミネンス……」
「プロミネンス? なんだそれ?」
ビュンビュンっとロデスコの熱の防壁の外を飛び出る紅炎を指差すマーメイド。
「……プロミネンス。太陽の外側に、盛り上がる、炎状のガス……」
「なるほど」
「……理科の教科書に、載ってる……」
「あー、寝てたかも、そん時……」
少しだけバツの悪そうな表情を浮かべるイェーガー。
「ガス……ガスね……あっ」
何かに気付いたように声を上げるイェーガーは、ぽんっとマーメイドの頭をまるでクイズ番組の回答の為のボタンのように叩いてから言う。
「つまり……あいつ屁って事か?」
「……うい……」
「ういじゃ無いんですけど!?」
二人の会話が聞こえていたのか、下方からロデスコが文句の声を上げる。
確かに、ロデスコの周囲で発生しているモノは紅炎だけれど、それは魔法的なイメージの産物であり、ロデスコから放出されたガスでは無い。断じて無い。無いったら無い。
「ったく、好き勝手言ってくれちゃって……」
好き勝手言う二人に少しだけ悪態を吐くロデスコ。その間にも、ロデスコの火力は上がっていく。
そんなロデスコを脅威と思ったのか、それともアトラク=ナクアに備わった元々の防衛機構なのかは分からないけれど、スカスカの身体からわらわらと灰色の織り手が現れる。
十、二十、三十――瞬く間に数を増やす灰色の織り手。数は、巣の中に居た時と変わらない。だが、状況はあの時と一変している。
高まっていた火力が更に上昇する。
「我が物顔で居座ってんじゃないわよ、害虫!!」
気迫の声と共に、熱波が広がる。
灰色の織り手達は熱波に焼かれて燃えカスとなる。
蜘蛛団子にされた時は、一瞬で燃やし尽くす程の火力が無かった。最高火力に到達するまでに時間が掛かり、削がれた勢いを取り戻すのに時間が掛かった。最高速度と最高威力を得るには距離も必要だった。
それが今は必要無い。今までは最高火力まで上げる必要があったけれど、今では常に最高火力であり、それを調整して出力しなくてはいけない。
自身の内に燃え滾る炎が在る。抑えておかなければ、平気で全てを焼き尽くしてしまう程の熱く大きな炎。
自身の内に宿る炎。これは、ぽっと自分の中に生れ落ちたモノじゃない。自分を見つめ直してみれば分かる。この炎は、ずっと自分の中にあったモノだ。
この炎を燃え上がらせる事を、心の奥底では恐れていた。居るだけ周囲を熱し、放つだけで誰かを焦がす。
この炎を恐れていた理由なんて明白だ。あの日の事を今でも後悔しているからだ。怒りに任せて母に手を上げたあの日。あの日から、母は自分を怖がるようになった。大好きだったのに。今だって、あんな目にあっても母親の事を好きでいるのに、あの時はどうしても自分を止める事が出来なかった。自分の感情に蓋をする事が出来なかった。
もう一度同じ事をしないという確証は無い。追い詰められて、母親にしたように同じ事をしてしまうかもしれない。力を付けてしまった今、それをしてしまったら取り返しの付かない事になってしまう。
自分の感情の行く先が、敵では無く味方に向いてしまうかもしれないという可能性が怖かったのだ。瑠奈莉愛の時だって、覚悟を決めていたつもりなのに、結局は火力を上げきる事が出来なかった。
見ない振りを決め込んでいたのだ。傷付けてしまう事が怖かったから。心の奥底では、また力の振り方を間違えてしまうんじゃないかと恐怖していたのだ。
だってこの力は、絶対に誰かを護る為だけに使いたかったから。
力に気持ちが追い付いていなかった。
「虚勢だらけの見栄っ張りは卒業よ、アタシ」
今も怖い。絶対にあり得ない話では無いのだから。それでも、この炎は必要で、絶対に護りたい仲間が居る。
それなら、もう立ち向かうしかない。強敵にも、弱い自分にも、この力にも、立ち向かって戦うしかない。
強さも、弱さも、全部受け入れた先にしか道は無い。
それでも、一人で抱え込むのが辛かったら、その時は……。
「……」
ロデスコは、上空で致命の極光を放ち続けるアリスを見上げる。
「辛かったら、アンタには話すわ。きっと、それでイーブンよね。や、アンタの過去の方が重いか……」
暗い過去の大小なんて人それぞれで、抱え込める量も人それぞれだ。誰だって自分が辛いときは世界で一番辛いような気持ちになるし、幸せな時は世界で一番幸せな気分にもなる。ロデスコの過去を聞いて、アリスはそれを重いと感じるかもしれない。
それでも、話だけでも良いから聞いて欲しい。何も言わなくて良いから、ただ耳を傾けるだけで良いから、傍に居て欲しい。きっとそれだけで、自分は前に進める気がするから。
認めた相手に弱い自分を曝け出すのは、きっと悪い事では無い。相手を知れば、それだけ相手を思う事が出来るのだから。
アリスの過去を聞いて、ロデスコは迷惑だなんて思った事は一度も無い。重荷に思った事も一度も無い。知れて嬉しいとさえ思えた。友達として支えようとも思えた。それが、人と繋がると言う事なのだとさえ思った。
アリスが自分と同じ気持ちになるかどうかは分からない。嫌がったら、話すような事はしない。でも、アリスなら黙って話を聞いてくれる気がする。どうしてか、そんな確信がある。
温度が上昇する。全てが歪み、全てが溶ける。
視線をアトラク=ナクアへ戻す。
「後でいっぱいお喋りしましょうね。二人きりでも、女子会でもなんでも良いから」
今は、話をしたい。話を聞きたい。そんな気分。
一つ息を吐いて、思考を切り替える。
「はい、アンニュイタイム終了!! 場も温まって来た事だし、そろそろ行くわよ!!」
火力の調整はなんとなく掴めてきた。まだフルパワーでは無いけれど、アトラク=ナクアを抉るには十分な火力だ。
「うじゃうじゃうじゃうじゃ喧しいわね。旧支配者だかなんだか知らないけどね……ここは、アンタの世界じゃ無いのよ。此処は――」
ロデスコが加速する。熱で溶かすよりも速く、ロデスコの蹴りがアトラク=ナクアに突き刺さる。
「アタシ達の世界よ」
轟音と炎熱をまき散らす爆発が起きる。
だがそれでも、アトラク=ナクアの捕食は止まらなかった。




