異譚13 鬼、悪魔、弱い者いじめのサディスト
合同訓練は各訓練場で同時に行われている。花は花を教え、星は星を教えるという形式ではなく、それぞれのエキスパートが集まって新米魔法少女達に訓練を施している。
ただ、全員が全員、時間がある訳では無い。哨戒任務や定期的にある講演のための準備、異譚対策会議等々、それぞれに仕事がある。
アリスの担当しているバランス型の合同訓練に花しか居ないのは、星の魔法少女達は新米も合わせて哨戒任務に出ているからだ。
その哨戒任務も交代になり、合同訓練に参加すべく訓練場にやって来た星の魔法少女達が、入るなり目に飛び込んできた光景に言葉を無くす。
「こ、これは、いったい……」
呆然と眺めていた星の魔法少女の部隊長、白鳥夏夜はようやくといった様子で言葉を絞り出す。
ある者は地面に座り込み、またある者は地面に倒れている。まさに死屍累々と呼ぶに相応しい光景。
芽も蕾も花も関係無く地面に落ちている中、空色のエプロンドレスを着た少女だけが立っていた。
「ぐぅ……あ、アリスちゃん……手心を、ください……がくっ」
「まだ余裕そう」
アリスの足元で倒れている向日葵がアリスに少しだけふざけた調子で頼み込めば、アリスは余裕有りと判断して向日葵から距離を取って拳を構える。
「無い! 余裕なんて無いですぅ!!」
拳を構えて臨戦態勢のアリスに、向日葵は必至になって白いハンカチを振る。恐らく白旗という意味なのだろうけれど、アリスはそれも冗談と受け取り臨戦態勢は解除しない。
「う、うぅ……アリスちゃん、やっぱり鬼ですぅ……」
呻きながら立ち上がり、拳を構える向日葵。
が、攻めたのは向日葵の方だった。
鋭く踏み込み、迷わずアリスの顔に拳を放つ。
合図も無しに始まった戦闘に、アリスは焦る事無く即座に対応。
顔目掛けて放たれた拳を、手の甲で外に流し、空いた手で即座に拳を放つ。
向日葵も同じように手の平で押して拳を逸らし、流れるような動きで上段から斜め下に落とすように蹴りを放つ。
蹴りを身体を屈めて躱したアリスに、狙ったように反対の足での追撃の後ろ蹴りが放たれるが、アリスは手の平を踝に押し当てて蹴りを逸らす。
「っんの……!」
完全にアリスに背を向けている状態から、既に地面に着いていた軸足で地面を蹴りつけ、蹴り付けた勢いでアリスの顎目掛けて足を振り上げて前方宙返りをする。
普通の人間には不可能に近い動きも、身体能力が常人の域を軽く超えている魔法少女であれば可能なのだ。だからこそ、変身前の向日葵では無理な芸当である、無理な体勢からの片足での前方宙返りも可能なのだ。
しかし、アリスは振り上げられた踵を少し下がって回避する。
前方宙返りの最中に身を捻ってアリスの方へ向き直り地面に着地をしたその瞬間、向日葵は即座に地面を蹴り付けてアリスへと肉薄する。
向日葵は高速で流れるように拳と蹴りを繰り出すも、その全てをアリスは余裕の表情でいなす。
それを、地面に伏しながら眺める花の魔法少女と、訓練場の入り口で呆然と固まる星の魔法少女達。
ボクシングや総合格闘技の試合よりも更にスピーディーに行われる二人の攻防。縦横無尽に攻撃を繰り出す向日葵に対し、最小の動きで全てを凌ぐアリス。
やがて、一瞬の隙を突いてアリスが向日葵にボディブローをかます。
「ぐえっ……!!」
向日葵はおよそ魔法少女が出してはいけない声を漏らして訓練場の地面をごろごろと転がる。
「こ、降参ですぅ……」
涙声で向日葵が白いハンカチを振るも、アリスは無慈悲に返す。
「降参とか無いから」
言って、アリスは地面に伏している者達を見渡す。
「ほら、立って」
「鬼ぃ! 悪魔ぁ!」
「弱い者いじめして恥ずかしく無いの!?」
「サディスト!!」
無慈悲なアリスに、花の魔法少女達が口々にアリスに対する文句を言う。
「ていうか、合同訓練って新人育成じゃ無かったの?! いつの間にか私達まで戦ってるんだけど!?」
「……? 私は最初から全員ぼこ……強くするつもりだった」
「ぼこって言った!? ぼこぼこにするって意味でしょ!!」
「あんたのストレス発散の相手じゃ無いのよ!?」
「サンドバッグが欲しいなら特注品を自分で作りなさいよ!!」
ぎゃーぎゃーと文句を言い続ける花の魔法少女達。
しかし、文句を言うのは蕾以上の魔法少女達だけであり、芽の魔法少女はしこたま動いて体力が底を尽きたのか、へとへとになった様子でアリスを見ているだけだった。美奈だけはアリスを恨めしそうに睨みつけているけれど。
最初は芽の魔法少女だけがトランプの兵隊と戦っていたのだけれど、その矛先は後ろから指導をしていた花の魔法少女達にも向かい、最終的にはアリス対他の花の魔法少女達という構図になり、一番善戦した向日葵がもう一戦やらされた訳である。
「この中で核と戦った事が在る人は居る?」
ぎゃーぎゃーと文句を言う魔法少女達にアリスは淡々とした声音で訊ねる。
アリスが訊ねれば文句はなりを潜めて、三人がおずおずと手を挙げる。
「つまり、殆ど核との戦闘経験が無い事になる。因みに、私は毎回戦ってる。一人で倒した事も何回かある」
「……自慢……?」
「違う。事実。経験はここぞという時に活きる。私は、一人で核に勝てる。つまり、程度の差はあるけれど、異譚支配者と同等の力を持つと言っても過言ではない」
アリスの言葉に、この場に居る全員が言葉を無くす。その事実は理解していたけれど、言葉にされると納得と共にアリスに対して畏怖の念が生じる。
確かに、アリスは異譚支配者を一人で倒す事が出来る。アリスと異譚支配者の力は同等であるか、もしくはそれを凌駕するかのどちらかだ。
どちらにしろ、異譚支配者と同じ力。それだけで、畏怖の対象にはなる。
彼女達が抱く感情を知ってか知らずか、アリスは淡々と続ける。
「つまり、核との戦闘経験を疑似的に積める事になる。それは大きなアドバンテージになると、私は思う。強い相手と死を覚悟しないで戦えるなんて事、戦場では有り得ない。貴方達が生き残るためにも、私との戦闘は必要だと考える」
アリスに言われ、異譚支配者と戦った事の無い花の魔法少女達は素直に納得をした。
確かに、自分達は新人ではない。何度も異譚を生き抜いてきたけれど、それは雑魚に専念していたからだ。一番危険な役目を担った事は無かった。
アリスとの戦闘で腕を上げ、異譚支配者とも戦えるようになれば自分だけではなく全員の生存率が上がる。一人一人がレベルアップすれば、それだけで多くを救う事が出来るのだ。
アリスの言う事を素直に聞くのは癪だけれど、アリスの言う事は間違っていない。間違っていないからこそ、正論パンチを食らってちっぽけな反発心が刺激されてしまうのだけれど、今はそんなものは要らない。
大切なのは、プライドよりも何よりも生きる事、生かす事。
一人、また一人と花の魔法少女達は立ち上がる。
その目には先程までのアリスを疎むような色は無い。真剣に、強くなることを考えているだけの目だ。
「じゃあ、再開。作戦を立ててからでも良いし、一対一が所望なら受けて立つ。何度でも、何度でも」
「一対一で! 一発ぶん殴らないと気が済まない!!」
一人の魔法少女が一気呵成にアリスへと迫った。
順番待ちをする者、数人で作戦を立てる者、ちょっと休みながらアリスの動きを観察する者と様々だけれど、誰もが殺る気に満ちていた。
それを見ていた夏夜はふっと苦笑を漏らすと、後ろに立つ星の魔法少女達に言う。
「さ、私達も行こうか。アリスを殴れるなんて滅多に無い機会だ」
言いながら、夏夜は準備運動とばかりに肩を回す。
それに続いて、やる気に満ちた表情で星の魔法少女達が続々と訓練場に足を踏み入れる。
「あ、星組はまずこの子達と戦闘。それが終わってから私と。因みに今日は格闘だけ。武器の使用は可」
星の魔法少女達が居る事に既に気付いていたアリスは花の魔法少女の拳を受け止めながら、トランプの兵隊を召喚する。
「えぇ……せっかくアリスとやれると思ったのに」
残念そうにしながらも、夏夜は拳を構える。
星の魔法少女達はトランプの兵隊と戦闘を始める。
そんな彼女達を横目で見た後、美奈はアリスへと視線を戻す。
「……母さんを見殺しにしたくせに、偉そうに……」
そうこぼしながらも、美奈はアリスの動きを観察する。
アリスは憎い。けれど、その強さだけは本物だ。悔しいけれど、アリスから学ぶ事は多い。
それは反発心だろう。母親を見殺しにしたアリスを許す事の出来ない、母親を愛する子供として当然の気持ち。
それが向上心へと繋がるのであれば、アリスはそれでも良いと思っている。それで、美奈が強くなるのであれば、アリスは憎まれても構わない。それで、美奈が生きてくれるのであれば。
憎まれてでも、恨まれても、何が何でも美奈を強くする。それが、彼女に報いる事が出来る唯一の方法だと信じて。




