異譚41 未来的魔法少女形態
心の深奥に潜っていた意識が表層へと帰る。
その直後、致命の大剣の未来的な意匠が光り輝く。
未来的な意匠の部分から光が放たれ、アリスを包み込む。
光に包まれたアリスはその姿を変える。
黒く短い髪は色が落ちたように青みがかった銀色の長髪へと変化する。伸びた髪は編み込まれ、二本の柔らかな三つ編みとなる。
肌は病的なまでに白くなり、体型すらも変化し、いつもより薄く細くなる。
服装は青みがかった白のレオタードのような、身体に密着するタイプのモノへと変化する。
腕には長手袋。脚には膝上まで丈のあるブーツ。
服装が整った後、金属製の機器が現れ、二の腕、腰、髪留め、頭に装着される。装着された機器にはラインが入っており、そのラインから淡く光が放たれる。機器が光を放つと、二の腕と腰の機器から光のヴェールが放出され、まるで袖やスカートのように光のヴェールは風になびく。
頭部に装着された機器は目の前を通るように光のバイザーが展開され、バイザー部分には数値や謎の文字が浮かび上がる。
アリスが閉じていた目蓋を開けば、呼応するように衣服に光のラインが浮かび上がり、背部に輪状の機器が出現する。輪状の機器の外周からは絶えず魔力が放出されており、オーロラのように煌めいている。
今回はアリスの新しい姿に反応をする者はいないが、そんな事を気にしている場合では無い。
「衛星軌道上転移装置、展開」
アリスがそう声に出せば、衛星軌道上に突如として巨大な人工衛星が出現する。何処の国にも、何処の機関にも属さない人工衛星は、現存するどの人工衛星よりも巨大であり、見た事の無い形状をしていた。
「空間転移装置、起動」
アリスの指示に呼応し、人工衛星は静かに変形する。
地表方面に向けて人工衛星は八角形の輪を作ると、輪の内側に紫電が走る。紫電は段々と大きくなり、やがて輪の内側の空間が歪み別の景色が映し出される。
アリスは自身の背部に展開されている輪状の機器を、自身の前方へ移す。アリスの前方に移る間に、輪状の機器は巨大化し、元の大きさの倍以上の輪を作る。
輪状の機器の内側は本来であれば何も映っていないはずだ。何せ、輪っかの内側には何も無い。ただ輪の向こうの景色が見えるだけだ。
だが、輪状の機器の内側には別の景色が映し出されていた。それは、遥か上空から見た地球の地表。その景色は歪み、少し別の角度から見た景色になり、また歪み、別の角度から見た景色へと移り変わる。
「ターゲットをアトラク=ナクア、脚部根元に設定。……ターゲット、ロック完了」
アリスは致命の大剣を構える。そして、躊躇う事無く致命の大剣を振り上げ、致命の極光を放つ。
放たれた致命の極光は輪状の機器の内側を通る。内側を通ったはずの致命の極光は輪の向こうに現れる事は無い。
では、致命の極光は何処に行ってしまったのか。答えは、即座に示される。
上空から八本の極光が降り注ぎ、アトラク=ナクアの八本の脚の根元に直撃する。
突然上空から降り注ぐ致命の極光に、その場で戦闘をしていた魔法少女達は驚愕と困惑を浮かべた事だろう。だが説明をしている時間は無い。それに、今のアリスであれば誰にも被害が出ないように致命の極光を放つ事が出来た。その自信と技術が今のアリスにはある。
アリスがした事は、規模は大きいが説明は容易だ。
まず、衛星軌道上に人工衛星を生成する。現代の科学技術では到底作り上げる事の出来ない技術力を持った人工衛星だけれど、未来の力を先取りしているアリスには関係の無い事だ。
人工衛星には様々な機能が搭載されているけれど、アリスがメインで使用するのは空間転移装置である。本来の使用用途は空間と空間を繋げて移動をする事であり、遠い地への物資の運搬を容易にするための装置である。
それを、アリスは致命の極光を遠く離れた相手に当てるために利用しているのだ。衛星軌道上であれば大概の相手は手出しが出来ない。一方的に致命の極光を浴びせる事が出来る。
そんな凶悪な装置をアリスは衛星軌道上に八つも展開している。
それでも、アトラク=ナクアの脚を一撃で切断する事は出来ない。それどころか、アリス・エンシェントの致命の極光よりも威力は落ちている。
あまりに高出力にすると装置が耐えられずに損壊してしまうので、致命の極光の威力を抑えなければいけない。
だが、アリス・エンシェントの時と同じように、ほぼ無限の魔力を使えるためアトラク=ナクアの脚を斬り落とすまで放ち続ける事が出来る。逆を言えば、アトラク=ナクアの脚を斬り落とすまでは、アリスは致命の極光を放ち続けなければいけない。それ以外に割くリソースが無いので、アリスはこの場を動く事が出来ない。
致命の極光はじりじりとアトラク=ナクアの脚を苛んでいく。ゆっくりゆっくり苛み、やがて脚を貫通するけれど、切断までは至らない。
『アトラク=ナクアはまだ完全に覚醒してない! 倒すなら今しかない! 脚は私が止めるから、全員で本体と神核をお願い! 何処に神核があるかは分からないから、全員で攻撃して!! 頭部に近い人は頭部を攻撃して!!』
アトラク=ナクアと戦闘している魔法少女全員の小型無線機に接続し、アリスは指示を出す。
覚醒したアリスの能力は抜きん出ている。しかし、たった一人抜きん出た能力を得たところで勝てる相手では無い。
アトラク=ナクアは今もなお星を喰らい続けている。星を喰らい、卵を宇宙に産み放てればいい。その分のエネルギーさえ蓄えられ、産み放つ腹さえあれば良い。極論を言えば、脚など無くとも構わないのだ。
脚一つで国を壊滅まで追い込まれる事を考えれば、魔法少女からすれば脚を無視する事は出来ない。さりとて、アリスが脚にかかりきりになってしまえば、アトラク=ナクア本体を倒す事が出来ない。
アリスだけでは勝つ事は出来ない。よしんばアリス一人で倒せたとしても、それは地球が終わった後の出来事になる。
このままでは、地球を喰らい尽くされる。
そう、このままでは、の話である。
突如として脚の一本が爆発し、その中から炎が上がる。
あまりに巨大な爆発に、その周囲に居た魔法少女も蜘蛛も関係無く吹き飛ばされる。
当然、アリスのセンサーもその爆発を捉える。
その爆発の中心地。そこに立つ一人の魔法少女を見て、アリスは直ぐに意識をアトラク=ナクアへと戻した。
「遅い」
文句を言いつつもその頬は明らかに綻んでおり、彼女を無事に安堵しているのは誰の目にも明らかであった。もっとも、アリスの表情の変化を目にする者はこの場には居ないのだけれど。




