異譚38 誰よりも輝く
自分に言い訳して来た。今まではそれで良かった。
自分は近接特化だから火力を上げれば良い。それ以外が出来ないなら、それだけを極めれば良い。
その結果がコレだ。
自分の言い訳の声を掻き消すのは、今まで直面したどうしようも無い事実と、その事実を冷静に分析している自分。
最初は誤魔化せていた自分の気持ちを、自分自身で否定している。
この熱じゃ足りない。この炎じゃ足りない。
薄々、いや、しっかりと分かっていた事だ。
今の自分では、到底アリスに並び立つ事は出来ない。
胸元の赤い鍵が熱を上げる。熱に強いはずのこの身体が熱に痛みを覚える程に。
エイボンに渡された赤い鍵。この鍵が何かは分からない。だが、熱を持つ今の赤い鍵からは途轍もない力の片鱗を感じとる事が出来る。
この力を手にすれば、自分は今までよりもずっと強くなれる。その確信が持てる程の力の片鱗。
肌に触れているから分かる。肌から神経を通って赤い鍵から流れて来る強い強い思念。身を焦がす程の、熱い感情。
良くない物だと言うのは分かるが、それでも、この鍵を手に取れば自分は強くなれる。どうしてか、確信が持てる。
この鍵さえあれば、この鍵を使えば、自分は今よりもっと強くなれる。
この熱が自分にもあれば、この炎が自分にもあれば、こんな事にはならなかった。
「……っ」
心底気に食わない。それでも、この場を切り抜けるには、これしか――
「今のアタシには、これしか……」
――無い。この方法だけが、この場を切り抜けられる唯一の方法であり、この先を生き抜くための、大いなる力に他ならない。今のロデスコに残された道は、この力を受け入れることだけ。
「これしか無い……」
「なんて…………言う訳無いでしょうがッ!!」
ロデスコは怒髪冠を衝いたように大声で吠える。
「誰かに頼った力で先に進める訳無いじゃない!! 誰かに貰った力で胸張れる訳無いじゃない!!」
よしんばその力で先に進めたとしても、それは自分の力では無い。自分の力では超えられない壁にぶつかった時、仲間が手を貸してくれる。それは正解だ。仲間を頼る事は決して悪い事では無い。ロデスコだって、仲間に支えられてきた。その自覚は持っている。
でも、誰かから貰った力に頼るのは違う。確かに、現状を打破する事は出来るかもしれない。けれど、そんな力に頼って進んだとしても、その先に今以上の強敵が現れた時にきっとまた同じように躓く。その時は、きっと助からない。
だから、ロデスコの答えは決まっている。
「この先もアタシは戦い続ける!! 何処の誰だか知らないけど、アンタの力になんて絶対に頼らない!!」
鍵が持つ熱を抑え込むように、ロデスコは鍵を強く握る。
「ええそうよ!! 確かにアタシは蹴るしか脳が無いわよ!! だから何よ!! そんな事言い訳にしてたまるもんですか!!」
炎が燃え上がる。
鍵の主のモノでは無い。それは、紛れも無くロデスコ自身の炎。
「それしか出来ないなら、開き直ってやるわよ!! うじうじ考えたってアタシには一つの事しか出来ないんだから!!」
感情は足りている。足りないのはイメージだ。
「アタシはこの脚で進んできた!! これからもこの脚で進んで行くわ!!」
今まで出逢った中で、心を揺さぶられる程の強敵はいなかった。自分の炎の行きつく先に出逢わなかった。
「蹴る事しか出来ないなら、アタシはソレを極めてやるわよ!! 立ちはだかる奴全員、アタシの脚で蹴り殺す!!」
多分、皆が皆、持っているものが自分には無い。
自分が進むべき道標。自分の心の向かう先。自分の先を行く偉大なる先人。
色々な言葉で言い表せられるけれど、より端的な言葉で言い表すのであれば、それを人は憧れと言うのだろう。
「超近接特化上等!! 遠距離相手だろうが堅い奴相手だろうが何もかも全部蹴り殺す!!」
アリスには憧れた。だが、憧れたのは全てを背負おうとしたその心の強さだった。実際はロデスコから見てそう見えただけで、アリスの本当の心の内は違うけれど。アリスは、皆が思う程心の強い子では無い。そう在ろうと頑張っているだけなのだ。
一人で立てるアリスに憧れた。アリスを超えたら、アリスのように一人で立てると思っていた。正しく、アリスはロデスコの憧れであり先駆者であった。
それは一人の人間としての目標であり、魔法少女としての憧れでは無い。
魔法少女として、ロデスコの先を歩いてくれる人は、誰も居ない。こんな尖った魔法を持つ魔法少女は居ないのだ。
誰もロデスコに教えてはくれない。一人、手探りで突き進むしかなかった。
基礎は教わった。異譚で護って貰った。一緒に戦った。それでも、戦い方の違いが出て来て、吸収できるモノが無くなっていった。
感情任せも出来ない。この昂りにロデスコの魔法は反応を示さない。その先の力を、ロデスコが思い描く事が出来ないから、感情に魔法が追い付いていないのだ。
だがそれも、今までは、の話である。
居る。一体だけ。ロデスコが目指すにうってつけの化け物が。
「アンタの力なんて要らないし、アンタを目指すだなんて業腹だけど……それでも、アタシは進む!! そんでもって、その先に待つアンタを超える!! 誰にも負けない熱で、誰にも負けない勢いで、アタシは――」
ロデスコの発する炎が煌めき、温度を上げる。
「――誰よりも輝く炎になる!!」




