異譚37 心の声
群がる蜘蛛の中心。己の炎で何とか蜘蛛の爪や牙を遮ってはいるけれど、自分が落ちて行っている事も理解している。
このままでは死ぬ。冷静にそう分析していた。
それが分かっているのに打開策が無い。例えこの場を切り抜けられたとしても、きっと自分は役に立たない。役に立てない。
「誰にも負けない火力がある。この炎なら、どんな相手だって劈ける。今までだってそうして来た。これからだって同じ事よ」
物の数に圧倒されるくらいの火力しかないじゃない。溜めに時間が掛かって、スペースが無ければ使い物にならない。
「無い物ねだりをするくらいなら、自分の長所を伸ばすわ。だって、持って無い物は仕方ないもの」
近接特化だなんて自分を良く見せるだけの言い訳よ。それしか脳が無いから、良いように言い繕って自分を護っているだけ。突撃しか出来ないのがその証拠じゃない。
「一対一なら負けはしない」
多対一でも決め手に欠けて、最後にイェーガーに尻拭いさせたのは誰? アンタのご自慢の火力も経験も通じなかった。属性の相性じゃアンタが勝ってたはずなのに、アンタは結局何も出来なかった。ただ偉そうに啖呵切っただけ。
「私は……」
はっきり、自分に言い聞かせなさいよ。アタシは無力だって。アタシは弱いんだって。ただ火を灯すだけのちっぽけな魔法。威力とか使い勝手で言えば、チェウォンの方が強いわよ? 同じ蹴りでも、チェウォンは百頭の龍を放てる。それに、アンタの魔法は幾らでも代わりが利く凡個性なんだから。アリスのような独創性も、スノーホワイトのような汎用性も無い。サンベリーナやアシェンプテルは回復も補助も出来るわよ? イェーガーなんて遠距離と近距離両方出来るようになってきたわ。マーメイドは歌で補助も出来れば、広範囲に攻撃をする事も出来る。この間も二体の天使の内の一体を倒せたわね。シュティーフェルは駆け出しだけどアリスに近い独特な魔法を持ってるわ。使い方次第で、どんな状況でも立ち回れる。ヘンゼルとグレーテルは範囲攻撃と局所攻撃の両方を使い分けられるわ。それに、仲間を護るための家も出せる。で、アンタは? アンタは何が出来んの? 炎纏って蹴り? それだけ? 花や星の魔法少女だってもっと色々出来るわよ?
「うるさい……」
近接が通用する相手にしかアンタは通用しない。つまり、それ以外の敵の相手は出来ないって事よ。そんな限定的な場面でしか役に立たないアンタが、アリスの横に立つ? アリスを超えて英雄になる? 笑わせないでよ。自分が一番よく分かってるでしょ? アンタとアリスじゃ出来る事が違い過ぎる。アリスならどんな異譚だって終わらせられる。アリスなら、どんな旧支配者だって倒せる。だって致命の大剣があるもの。アンタの火力を一瞬で出せて、最近じゃ無尽蔵に撃ち続ける事が出来る優れモノ。アンタなんて最初から居ても居なくても変わらない。居た所で使い道も限定されるし、居なかったところで代わりの誰かがアンタの穴を埋めてくれる。童話の魔法少女の魔法はどれも唯一無二で代えがたい魔法ばかり。燃えた靴で敵を蹴り殺すしか脳が無いアンタの居場所なんて最初から無かったのよ。ほら、ヴォルフが生きてたらきっとアンタの代わりになるわよ? 狼の力を持ってるんだから、そのパワーをアンタに匹敵するくらい上げる事だってきっと出来たわ。あの子は獣の力と獣の五感を持ってる。索敵も出来るだなんて偉いわよね。アンタとは本当に大違い。
「黙れ……」
偉そうに言って、何度足手纏いになったの? 偉そうに言って、海上都市の時も、瑠奈莉愛の時も、何も出来なかったじゃない。瑠奈莉愛の家庭事情の事も知らなければ、唯と一が困ってた事だって知らない。仕事でも私生活でも、アンタは何の役にも立たない。そりゃ、二番目に歴が長いんだもの。ある程度強くたって当然だわ。そのための努力もしてきた。死線も潜り抜けてきた。上から数えればアンタは年上の部類にも入るわね。偉そうに講釈垂れるのだって簡単よね。年上だし経験もあるから皆素直に聞いてくれる。でもあの子達が育ったらどう? 力を付けたら? 歳を重ねたら? アンタの培ってきたモノを飛び越えて、アンタが経験した事を経験して、そうなったらあの子達はアンタの話なんてきっと聞かなくなるわよ? その頃には自分の答えを見つけてるだろうし、その頃にはきっとアンタなんて目じゃないくらい活躍してるから。ある程度は強くなったわよね。それはアタシも分かってる。でも、魔法の才能だけはどうしようもないわ。ただの燃える靴。アンタの魔法に先は無い。これ以上強くなる自分を想像出来ないでしょ? だってただの燃える靴だもの。どう強くなれって言うの? あの化物共を上回る火力をイメージ出来ないわよね? だって通用しないんだもの。勝ち気とか負けん気でどうこう出来る領域はとっくの昔に過ぎ去ったわよね。魔法には感情が必要。イメージも必要。感情は、きっと足りてるわ。でもそれだけじゃ、もう進めない。だって――
「黙ってよッ!!」
――アンタに魔法少女の才能なんて無いんだから。
胸元の赤い鍵が熱を持つ。
その熱を無視する事を、ロデスコは出来なかった。




