異譚34 葛藤
躍動する糸を見るに、恐らくもう猶予は無い。
魔法少女達が破壊するよりも多く巣を張っているのかもしれない。何せ、魔法少女達よりも蜘蛛の数の方が多いうえに、巣があると思われる八か所に戦力を集中させているのだ。魔法少女達の殲滅力が間に合わなくてもおかしくはない。
「速攻で片を付ける!!」
十剣を両手に持ち、周囲に大量の剣や槍を展開し、自身を起点にして周囲に雷をまき散らす。
「チェシャ猫は危ないから戻ってて」
「キヒヒ。了解だよ」
アリスに言われ、チェシャ猫は直ぐに姿を消す。
「サンベリーナはしっかり掴まってて」
「わ、分かったよ!」
ぎゅっとアリスの髪にしがみ付くサンベリーナ。
「――ッ!!」
高速で飛び、十剣の極光で蜘蛛達を蹴散らす。極光の効果範囲はいつもより狭めている。壁面を崩す心配は無い。
同時に、浮遊させていた剣や槍を射出し、蜘蛛達を貫く。本当であれば彼等の上に剣を出現させるアリスの得意技である『執行』を行った方が良い。けれど、あまりにも数が多く、巣の奥までとなると巣が密集しているのでスペースも足りない。
それに、あれは少しばかり溜めが必要になる。この数を相手に、少しとはいえ溜めを見せてしまえばたちまちロデスコのように集られる。
今は、これが最善。
「退け」
前方に突風を発生させながら進む。突風には風の刃が含まれており、容赦無く蜘蛛達を切り刻む。
突風と雷。その様はまるで小型の嵐。
突風で前方の邪魔な蜘蛛を吹き飛ばしながら切り刻み、剣と槍、雷で横槍を入れて来る周囲の蜘蛛を蹴散らす。
物の数には物の数で対抗する。アリスに許された個の放つ絶対的な数の暴力。
みるみるうちに蜘蛛は数を減らすが、それはアリスの周囲に限った話。直ぐに別の所から蜘蛛はわらわらと姿を現す。
さしものアリスとは言え、時間を掛ければ掛けるだけ不利になる。それに、時間を掛けている間に巣は完成してしまう。
ちんたらしている時間は残されていないし、ちんたら攻略するつもりも無い。
広範囲攻撃を続け、その圧力で全方位の蜘蛛を蹴散らしながらアトラク=ナクアへ向かう。
雨霰のように降り注ぐ蜘蛛達だけれど、アリスの圧倒的な力の前に成すすべ無くその身体を砕かれる。
蜘蛛の群れを無理矢理割って進み、とうとうアリスはアトラク=ナクアの元へ辿り着く。
「容赦はしない」
アトラク=ナクアと対峙したアリスは、アトラク=ナクアが何かを仕掛ける前に両の手に持った十剣を振るう。
致命の極光は直前に間に割り込んだ蜘蛛達を巻き込みながらも、狙い違わずアトラク=ナクアに直撃する。
致命の極光が直撃する寸前に、糸で防御をしようとしていたけれど、アリスの致命の極光に苦し紛れの防御は通用しない。
致命の極光に飲み込まれ、アトラク=ナクアの身体は消滅する。
「……?」
あまりに呆気無く消し飛んだアトラク=ナクアに肩透かしを食らうアリス。
弱い。あまりにも弱すぎる。旧支配者。異譚支配者の枠組みの更に上の存在だと言うのに、あまりにも手応えが無さ過ぎる。これでは、星間重巡洋艦と融合する前のヴルトゥームの方が遥かに強かったほどだ。いや、それどころか、異譚支配者よりも弱い。
それに、アトラク=ナクアに交戦の意志は無いように見えた。いや、戦う意志は希薄だがあったのだろう。その証拠に脆弱ながらも糸での防御を試みていた。
無かったのは、生存意識。生き残ろうと言う意志が感じられなかった。
生きていたら良いけれど、そうでなくとも構わない。アトラク=ナクアの対応には、そんないい加減さが見受けられた。
巣作りの邪魔をされるのを極端に嫌うはずのアトラク=ナクアが、自身の死に頓着しないなどあり得るだろうか。何せ、巣の完成を待ちわびているのは他でもないアトラク=ナクアであるはずだ。
そのアトラク=ナクアにこれ以上の生存意志が無い。言うなれば、継戦意思が無い。
考えられる要因は幾つか在る。
一、巣作りを諦めた。
二、残りの七体に巣作りを任せた。
三、巣作り自体は、アトラク=ナクア無しでも完遂出来る。
四、既に――
「巣が、完成してる……?」
その可能性に思い至った直後、張り巡らされた糸の躍動が強まる。
「――ッ。何!?」
糸から糸へ糸が伸びる。まるで意思を持ったように蠢く糸は、蜘蛛達を巻き込む事を気にもせずその体積を急激に増やしていく。
「あ、アリス!! こ、このままじゃ巻き込まれちゃうよぅ!!」
「まだロデスコが!!」
ロデスコを救出しようと、下に降りようとするも、既に下でも同様の現象が起こっており、アリス達の進路を塞ぐように糸と糸の結合が行われていた。
「い、一旦上に行こう!? こ、このままだと、わ、わたし達も飲み込まれちゃうよぅ!!」
「でも……!!」
サンベリーナの言いたい事は分かる。それに、サンベリーナの判断が正しい事も分かる。
けれど、やはり見捨てる事は出来ない。
チェシャ猫はロデスコがまだ生きていると言っていた。アリスだって信じたい。それでも、心配なものは心配なのだ。
「あ、アリス!! た、退路が無くなって来てるよぅ!! そ、それに、未曽有の事態には、あ、アリスの力が必要だよぅ!!」
サンベリーナだって、ロデスコを心配している。だが、此処でまごついていては助けられる者も助けられない。それに、明らかに巣が異常な反応を見せている。アトラク=ナクアを倒した今、現状この場に留まる事にはリスクしかない。
アリスが迷っている間にも、糸は蜘蛛を巻き込みながら結合し、希薄だった魔力の色がぐんぐんと濃くなっていく。
「――ッ!!」
きつく奥歯を噛みしめる。十剣を持つ手にも力が入る。
選ばなければいけない。
ロデスコかその他大勢か。
「私は……ッ!!」
あれだけ偉そうに異譚が優先だと講釈を垂れていたくせに、いざ自分が同じような状況になると迷ってしまう。
「私はッ!!」
アリスは致命の剣列から、致命の大剣に持ち替えて振りかぶる。
そして、下方に向けて致命の極光を放つ。
致命の極光は張り巡らされた糸を消し飛ばし、巣に風穴を開ける。
「サンベリーナ、上空には誰か居る!?」
「い、いないよ!!」
アリスが何を思って致命の大剣を振るったのかは分からないけれど、サンベリーナはアリスの問いに即座に答えを返す。
その直後、上空に向けて同じように致命の極光を放つ。
「……ロデスコなら、この風穴を通って戻って来るはず」
下方と上方にぽっかりと開いた風穴。これから何が起きて、どうなるか分からないけれど、ロデスコが生きているのであれば、この道を通って上まで戻って来られるはずだ。ロデスコが戦闘の出来ない状態だとしても、帰り道さえ作っておけばロデスコであれば簡単に帰って来られる。
これが、アリスの出来るロデスコへの最大限の手助け。
「上空から確認する。速度を上げるから、振り落とされないようにしっかり掴まってて」
「わ、分かったよぅ!!」
サンベリーナが頷いた直後、アリスは高速で上空へと飛び上がる。
どんどんとロデスコから離れて行っている。悔しさと不甲斐なさで歯噛みする。
「死なないでね、ロデスコ……!!」
今は祈る事しか出来ない。
仲間を見捨てる事への罪悪感に心を痛めながら、アリスは巣を後にした。




