異譚12 追い込み
アリスが説明をすれば、直ぐに訓練は始まった。
「まずは近接戦。近接戦は速度がものを言う。これこそ、一番判断の早さが求められる」
アリスはトランプの兵隊を出し、一対一で戦わせる。
花の魔法少女達は手に持った近接武器でトランプの兵隊と必死に戦う。
各々持っている武器は違い、剣もあれば槍もある。珍しいところで言えば棍棒や斧もある。
ただ、その武器はどれも華やかさからはかけ離れており、新緑色の植物の葉と茎のような形をしている。
そして、それは彼女達の服装にも表れている。先輩魔法少女達が比較的華やかな色をしているのに対して、彼女達の服は緑を基調とした色合いになっている。
彼女達の色合いが違うのは花の魔法少女には成長度合いに合わせた、芽、蕾、花の三段階が存在するからである。
新米魔法少女は芽であり、そこから実力を付けていくと蕾になり、最終的に花に成る。因みに、花に成ると魔法少女として名前が付く。芽と蕾の段階では、まだ花の名前が分からないからである。
彼女達はまだ芽の状態であり、素人に毛が生えた程度である。
「ほら弱腰にならない! 防御に徹しない! ちゃんと攻撃の手順をイメージして戦う!」
先輩魔法少女達がアドバイスをして回る。
「いやぁ、助かりましたよ。アリスちゃんのトランプの兵隊があれば、訓練が捗りますからね」
そう言いながら背後からアリスの頬をむにむにとつまむ少女。
彼女の名は天童向日葵。花の魔法少女の部隊長であり、階級は花。以前の漁港の時にも一緒になった、アリスに好意的な魔法少女である。
「止めて」
「ちらっと小耳に挟んだんですけど、この提案をしたのってアリスちゃんだって聞きましたよ? どういう心境の変化ですか?」
「……別に……」
「間があるって怪しいですね。まぁ、花としては美味しい思いが出来るので、どうだって良いのですけどね」
対策軍全体としてはプラスにしかならない今回の合同訓練だけれど、アリスにはまた別の狙いがあった。
アリスの視線の先には険しい顔でトランプの兵隊と戦う一人の少女の姿が。
険しい顔をしているのは訓練がハードだから、という理由だけでは無いだろう事はアリスには明白である。
アリスの視線に気付いた向日葵は申し訳なさそうな声音でアリスに言う。
「あー、美奈ちゃんかぁ……さっきはごめんなさいね。美奈ちゃん、アリスちゃんの事、その……」
「よく思われてないのは知ってる」
「あら……そうなのですね……」
アリスの説明の途中で『なら来なけりゃ良いのに』と言ったのは他の誰でも無い美奈である。そう言われる可能性が在る事も分かっていたので問題は無い。
「そもそも、私を良く思ってる魔法少女の方が少ない」
「それもそうですね」
「……」
「あ、今否定されなくて少し寂しかった感じですか?」
「別に。明け透けだと思っただけ」
「正直なだけですよぅ。アリスちゃんと違って」
「私ほど正直な人間は居ない」
「じゃあアリスちゃんの本名教えて欲しいです」
「や」
「ほーら直ぐ隠すじゃないですかー! 正直じゃないです!」
「正直に嫌」
「そういう意味じゃ無いです! もー!」
ぷんぷんと怒った様子の向日葵。
けれど、アリスがつれないのは今日に始まった事ではない。
直ぐに怒りを収めると、向日葵はアリスに訊ねる。
「それで、美奈ちゃんとは面識があるんですか? 良く思われていないのは知ってるって言ってましたけども」
「少しだけ。ただ……」
「ただ?」
「彼女の母親が私の教育担当だった」
「あら、そうだったんですね……」
アリスの教育担当が誰だったのかは、アリスと時期の被っている花の魔法少女であれば誰でも知っている。何せ、アリスの教育担当は有名な花の魔法少女だったのだから。
そして、彼女の顛末も勿論知っている。だからこそ、アリスは花の魔法少女達にはあまりよく思われていないのだ。あれ程の強さを持っていながら、一人生き残ったアリスの事を。
勿論、楽に勝てる異譚では無かったとは問われれば都度説明をした。けれども、アリス視点の映像を公開する事が出来ないために、彼女達を完全に納得させる事は出来ていない。
あの異譚で生き残った魔法少女はアリスだけであり、記録映像もアリスの付けていたカメラでしか撮れていない。その撮れた映像も、アリスに関する情報が多分に含まれているので公開する事が出来なかった。
向日葵は話だけしか知らないために、アリスに対して悪い印象は抱いていない。そう言う事もあったなという程度の認識である。
「私情、入ってます?」
何に対してとは言わなかったけれど、珍しくアリスが発案した合同訓練に対してという事は向日葵があえて口にしなくてもアリスは分かっている。
「彼女が蕾になるまでは見守ろうと思ってる」
「過保護だと、いざという時に彼女のためになりませんよ?」
「大丈夫。見守るだけだから。彼女に、私の手助けなんて必要無いだろうし」
「合同訓練は手助けに入るのでは?」
全体を巻き込んだとはいえ、元々は美奈を強くするために考えた事だ。手助けと言えば手助けに入るのだろうけれど、アリスはそんな甘い考えで合同訓練を提案していない。
「手助けと思うなら、それは甘いと言わざるを得ない」
「と言うと?」
「私は本気で彼女達を強くする。手心を加えるつもりは無い」
アリスの言葉の直後、芽の魔法少女の一人が大きく吹き飛ばされる。
「な、なに!?」
「急に動きが……!!」
「パワーも上がって……!?」
芽の魔法少女達が叫喚する。
それもそのはずで、今まで普通に戦えていたはずのトランプの兵隊が身体能力も技術力も急激に向上し、芽の魔法少女達を圧倒し始めたのだから。
「何かしたんですか?」
「制限が一つ解除されただけ。驚くような事じゃない」
アリスはトランプの兵隊の力に制限を設けていた。ある一定の力量に達したと判断した時に、その制限が外れるようにしており、先程その条件を満たしたという事である。
当然の事のようにアリスは言うけれど、そもそもアリスの魔法は規格外であり、トランプの兵隊などの召喚魔法も在る事には在るがアリス程大規模に召喚する事は出来ない。
さも出来て当然のように振舞うアリスに、向日葵が呆れたような表情を浮かべる。
「いや、トランプの兵隊も能力に制限を付けるのも普通じゃ出来ないですから。そりゃ驚きもしますよ……」
「実戦では驚きの連続。重要なのは、驚いた後に直ぐに冷静さを取り戻す対応力」
アリスも以前の漁港の異譚の時に、知らない記憶を送り込まれて驚いてしまった。結局、その一瞬の隙を突かれて体内をどろどろに溶かされた訳だけれど、直ぐにトランプの兵隊を召喚するなどの対応をした。
他の皆も状況を素早く理解し、素早く判断を下した。状況に振り回されず、対応する事が大切なのである。
だから、アリスはトランプの兵隊の力に制限を設けている事は話さなかった。
いきなり強くなったトランプの兵隊に悪戦苦闘する芽の魔法少女達を見ながらアリスは言う。
「私は本気で彼女達を追い込む。手助けはしない。私は彼女達の乗り越えるべき試練になる。試練は大きければ大きいほど、多ければ多いほど、自分を育てる糧になる」
だから本気で追い込む。
アリスが本気でそう考えている事は見れば分かる。何せ、トランプの兵隊が芽の魔法少女達を軽々と吹き飛ばしているのに止めもしないのだから。泣いていても構う事無く、へとへとになっても容赦無く、アリスはトランプの兵隊をけしかける。
周りの魔法少女達がドン引きしていてもまだ続ける。
「見かけによらず鬼ですよねぇ、アリスちゃん……」
ちらりと向日葵を見て、アリスは言う。
「鬼より怖いのが異譚だから」
「鬼の方が怖いって言われないと良いですね」
「それならそれで構わない」
彼女達が一人でも多く生き残ってくれるのなら、アリスはそれで構わない。
どう思われようとも、なんと言われようとも、誰かが死ねばその人を好きな誰かが悲しむ。その悲しみが生まれないのであれば、アリスはどう思われようとも構わない。
例えそれがお世話になった人の娘であろうとも、アリスは構いやしないのだ。




