異譚30 作戦前
全世界同時攻撃が決まった。魔法少女達は作戦前の時間を各々自由に過ごす。
大規模な作戦のため家族に連絡を入れる者。戦う前にご飯を食べる者。眠り足りないので睡眠をとる者。気の置けない仲間とゆっくりと過ごす者。等々。思い思いの過ごし方で作戦開始を待つ。
童話の魔法少女達も例外ではなく、朱里は少しだけ食べておこうとお茶漬けと漬物を食べ、餡子、唯と一の三人はアリスの出したバカでかいクッションの上で眠り、白奈とみのり、笑良の三人はハーブティーを呑んで気分を落ち着ける。珠緒は詩と雑談をして時間を潰している。
思い思いに過ごす。けれど、そこにアリスの姿は無い。
常であればこの場で待機しているであろうアリスは、自身のプライベートルームへ行き、変身を解いて椅子に座っていた。ただ椅子に座っている訳では無く、アリスの前にはタブレット端末が置かれており、そこには異国の少女が映し出されていた。
『緊張は……していないのですが……少し、不安なのです』
いつもの確固たる自信を持った彼女の姿はそこには無く、あるのは決戦を前に不安を前面に出す年相応の少女の姿。
春花とテレビ通話をする相手など限られる。言わずもがな、チェウォンである。
「不安、ですか?」
『はい』
春花の言葉にこくりと頷くチェウォン。
不安だったのもあるけれど、今日は二人の間で定期的に行われるテレビ通話の日なのであった。非戦闘員である春花は寝ているかもしれないと思いながらも連絡をしてみたけれど、直ぐに返事をしてくれたので内心では申し訳無さと喜びの感情がせめぎ合っている。
『私は攻撃班なのですが、以前の海上都市からどれだけ強くなれたのかが分からないのです。果たして、今回の作戦に攻撃班として参加して良いものかと……』
「でも、海上都市では大活躍だったじゃないですか。僕も記録映像を見ましたけど、鼻付きを倒した技は致命の大剣に匹敵する威力だと思います。範囲だけ言えば、致命の大剣以上です。それに、追尾性もありますし」
『ですが、今の私だと精々二発が限度です……。それに、あの時はレクシーさん達にお膳立てをしていただいたのです。私一人の力ではありません』
「それでも、倒したのはチェウォンさんの実力あってこそですよ。毎日の努力は欠かしていませんし、あの時のチェウォンさんの実力があの場の全員に劣っていたなんて少しも思いません。ベラさんを見てその戦い方を吸収して、直ぐに結果として出力だって出来てましたよ」
『そう……でしょうか?』
春花の言葉に少しだけ余裕が出て来たのか、若干頬が緩む。だが、緩んだ頬は一瞬にして再度強張る。
『……ですが、今回の相手は海上都市の相手、ひいては異譚支配者とは別の枠組みだと聞きました。旧支配者アトラク=ナクア。異譚支配者を生み出す上位存在……。経験の足りない私が、果たして勝てるかどうか……』
ただの異譚支配者であれば、チェウォンだってこんなに物怖じする事は無い。異譚侵度Sの異譚支配者にも果敢に挑んだのだ。今更怯える事も無い。
だが、今回の相手は違う。異譚支配者を生み出す存在、旧支配者。自分至上最強の敵である鼻付きよりも上の存在を相手にするとなると、果たして今の自分で勝てるかどうか。
努力をしてきた自負はある。力を付けたという自信もある。だが、相手は未知数。今までにない戦闘になる事は確実だ。
「勝てますよ。大丈夫です」
そんなチェウォンの不安を振り払うように、春花は確かな声音で言い放つ。
『何を根拠に?』
「チェウォンさんが努力家で、責任感があって、仲間想いな事は良く知ってます。メッセージ貰いますし、今日みたいにお話もしますし。こうして話して、言葉を交わして、チェウォンさんが異譚に真剣に向き合ってる事は良く分かります」
『ぁ……そ、それは、どうも……』
真正面から褒められ、思わず赤面してしまうチェウォン。
「実力が無いなんて事は決してないです。チェウォンさんが力不足なら、殆どの魔法少女は誰も今回の戦いに赴けなくなってしまいますよ? チェウォンさんは自分を客観的に見る事の出来る方です。自分がどれだけ実力を付けたか、自分でもちゃんと分かってますものね」
『……そうですね。自分で言うのもなんですが、ええ、強くなりました。私』
最初から自信はあった。けれど、それは自分の中にしかないモノだ。こうして春花に肯定して貰えて、初めてその自信が自分の中で腑に落ちた。
「ええ、チェウォンさんは強いです。付き合いが短い僕ですら分かるんですから、チェウォンさんのお友達も、きっと分かっていると思いますよ?」
そう言った春花に『そうですね』と頷こうとしたところで、春花の視線が若干だけれど自分と合っていない事に気付く。まるで、画面の端を注視しているような視線。
画面越しの春花の視線に気付いたチェウォンは、まさかと思い恐る恐る背後を振り返る。
そこには、扉からこっそりチェウォンと春花の通話を覗き見ていた、ジアンとユナの姿が見受けられた。
『『あ』』
二人は、不味いといった声を上げる。
一瞬で、チェウォンは自分が不安げにしている様子や、春花の言葉で安心している様子、先程の自信過剰にも取られる発言を聞かれた事に思い至る。
『~~~~~~~~~~っ!!』
声にならない声を上げ、チェウォンは二人に飛び掛かった。
『わっ、やばやば!』
『逃げるぜ、ジアン!』
『ごめんごめ~ん!』
『勘弁だぜ、カム隊長!』
『ゆ、許しません! 今日と言う今日は、絶対に許しません!!』
『しおらしくて可愛かったよ、チェウォン!』
『乙女な声してたぜ、カム隊長!』
『~~~~っ!! だ、黙りなさい!! 作戦開始前にお説教です!! 止まりなさい、二人共!!』
慌てた様子で逃げる二人を追いかけるチェウォン。だが、少ししてこれまた慌てた様子でパタパタと足音荒く部屋に戻って来たチェウォンが、顔を真っ赤にして画面の向こうの春花に言う。
『す、すみません! ま、またかけ直します! それでは!』
と言って通話を終了する。
普段見る事の無い慌てるチェウォンを見て、春花は思わずくすりと笑った。




