異譚26 お弁当
数値の算出が終わるまでは、魔法少女達は警戒と待機を命じられていた。
アリス、唯と一は亀裂付近で警戒。
朱里は一旦家に帰り、着替えを持って来る。
笑良とみのりはまだ病院で治療活動を行っている。
それ以外の者は、童話のカフェテリアで待機をしている。
「行方不明者数に比べて、救助出来た数が少ないな……いや、亀裂に落ちた人も居るから、救助数は多い方か」
タブレット端末と睨めっこしながら、棒付きキャンディを食べる珠緒。
休息をしながらも、調査情報や救助結果に目を通す。
「はぁ……結局、なんも分からなかったって訳か」
「……うい。面目無い……」
「別に、あんたを責めた訳じゃないから。調査どころじゃ無かっただろうし、こっちだって救助も中途半端になっちまったからな……」
灰色の蜘蛛の襲撃を凌ぐ事は出来たものの、救助活動が満足に出来た訳では無い。偉そうな事を言えた口では無い。ただ、思った以上に情報が無い現状にぼやいてしまっただけだ。
待機中に出来る事と言えば、情報を頭に詰め込む事くらい。後は、いつでも出撃出来るように身体を休め、万全に力を出せるように適度に食事を摂る事くらいだろう。
「疲れた~」
「く、くたくただよぉ……」
休息しながら待機をしていると、笑良とみのりが帰って来る。
心底疲れた様子でカフェテリアに入って来て、ソファに深く腰掛ける。
餡子がいそいそとお茶と二人が好きそうな食べ物を用意する。
「お疲れ様です、お二人共!! どうぞです!!」
「あ、ありがとう、餡子ちゃん」
「ありがとう~」
二人は餡子からお茶を受け取ると、ごくごくと勢い良く飲む。
余程疲れていたのか、餡子がテーブルに置いたお菓子を「「いただきま~す」」と声を揃えて言ってからぱくぱくと食べ始める。
「その様子を見るに、大変だったみたいね」
「もう大変よ~」
「け、怪我人が多かったからね」
「それに~、そっちも相当大変だったんでしょ~?」
「そうね。敵の数も底が見えなかったし……」
白奈達も灰色の蜘蛛の襲撃を受けている。白奈の魔法は多対一に向いている上に、地形に影響を及ぼす事は無い。白奈の居る地域では比較的被害は軽微だったけれど、その他の地域での被害は甚大だ。
「やっぱり、どこも大変なのね~」
「どこも大変だろ。こんな状況なんだから」
灰色の蜘蛛の襲撃が一旦終わった後、流石に魔力の消費も馬鹿にならないので珠緒達は他の魔法少女と交替する事となった。笑良とみのりよりも早くに戻って来る事が出来たけれど、戻って直ぐは動く気力も湧かない程にへとへとだった。
少し休んで、汗でべたつく身体をシャワーで洗い、ようやく一息つく事が出来た。
「……あー……だめた。菓子じゃ力出ない。食堂行こうぜ、食堂」
対策軍には共同カフェテリアの他にも、対策軍の所属軍人のための食堂が存在している。魔法少女も軍人なので食堂を使っても問題は無い。ただ、うら若き乙女達にはカフェテリアの方が人気なので、食堂の方にはあまり魔法少女は顔を出さない。
また、各カフェテリアには軽食なども常備されているため、そもそも共同カフェテリアと食堂自体あまり利用する事は無い。それでも、がっつり食べたい時には利用するし、そもそも対策軍は魔法少女以外にも多くの人員を抱えているため、食堂も共同カフェテリアも毎度盛況ではある。
珠緒はおしゃれな食事などには興味が無いので、食堂である程度がっつり食べたい。とはいえ、食べ過ぎても動けなくなってしまうので、腹八分目くらいには留める。
「え~? カフェで良くな~い?」
「エネルギー補給で言えば肉だろ」
「因みに珠緒は何を食べる予定なの?」
「かつ丼」
「油ものは止めといた方が良いんじゃない?」
「じゃあ生姜焼き。てか、食べたいもんが違ぇんだから別々でも良くねぇか?」
「せっかくだから皆で食べましょうよ~」
「なら力付く方が良いだろ。食堂の方ががっつりいけるし」
「カフェでもサラダとかオムライスとかあるじゃな~い。それに~、足りない分はプロテインとかで賄えば良いし~」
「あー……いや、だめだな。あたしは肉が食いてぇ。食堂行く」
「え~?」
「それに、またいつ襲撃があるか分かんねぇからな。さっさと行ってさっさと食うに限るだろ」
皆で仲良く行くのも良いけれど、次の襲撃の時間が分からない以上、食事が間に合わないで身体に力が入らないなんて理由で死にたくはない。
「あたしは食堂。他は好きにしろ」
そう言い残し、食堂へ行こうとする珠緒。
その時、カフェテリアにこの場に居ない四人が入って来る。
「双子」
「帰還」
うぇ~いっと元気溌剌にカフェテリアに入る唯と一。
その後ろで大きな重箱を二つと、朱里の着替えやら何やらが入ったバッグを持つアリスと、アリスに自分の荷物を持たせて手ぶらの朱里が入って来る。
「お、お疲れ様、アリス! か、監視は良いの?」
「交替した」
「凄く」
「渋々」
「そんな事は無い。遠距離武器を持ったトランプの兵を置いて来たから、私が着くまでの時間稼ぎくらいは出来る。だから交替に従った。別に、渋々では無い」
「ニ十分」
「ごねた」
「……ごねてない。交渉してただけ」
「駄々っ子だった」
「我が儘娘だった」
「そんな事は無い」
実際の所、しっかり自分が残るとごねていた。だが、それを見越しての交代要員として真弓のチームがあてがわれた。一応は、一緒に異譚を生き残った仲だ。話は通しやすいだろうと、李衣菜が申し出たのだ。
それでも、凄くごねたけれど。
「朱里先輩も一緒だったんですか?」
朱里のであろう荷物を持つアリスを見た後、餡子は朱里の方を見やる。
「ロビーで会ったから荷物持って貰っただけよ。変身してるから、コイツの方が力あるしね」
「……そのアリスは、大荷物……」
「そ、その二つの重箱はなぁに?」
「ヘンゼルとグレーテルがお婆さんに呼ばれて……」
「鬼婆の」
「鬼旨い」
「「お弁当じゃい」」
二人はアリスから重箱を受け取ると、ローテーブルに置いて並べる。
「おぉ~」
「すっごく美味しそうです!」
「……色とりどり……」
二人が広げるお弁当に感嘆の声を上げる少女達。
唐揚げにエビフライ、タコさんウインナーにポテトサラダ、等々。美味しそうなおかずの数々に、丁寧に握られたおにぎり。当然、おにぎりの中にも具が入っている。
「お婆さんから、皆に伝言。いつもウチの馬鹿娘二人がお世話になってます。だって」
「馬鹿でーす」
「娘でーす」
お皿とお箸を人数分用意する二人。量が量なので薄々分かってはいたけれど、どうやら皆にと作ってくれたものらしい。
「……こっちのが世話になってんだけどな」
言って、珠緒は食堂には行かずにローテーブルの前に座る。
こんなに美味しそうなお弁当を用意してくれたのだ。それを断って食堂に行くなど出来ようはずも無い。それに、これがお婆さんからの感謝の気持ちであるのなら、受け取らないのは失礼だ。
「折角だから、スープ用意するわね」
「お茶の用意もしますね!」
「スープ作ってる間に、あんた達はシャワーでも浴びてきたら? それまで待ってるからさ」
白奈がスープを作るのにどれ程時間が掛かるか分からないけれど、その間にシャワーで汗を流すくらいは出来るだろう。
本当ならゆっくりお風呂にでも浸かりたいところだけれど、緊急事態なので贅沢は言っていられない。
「分かったわ~。軽く浴びて来ちゃうわね~」
「わ、分かったよ。ぜ、絶対に食べないで待っててね!」
珠緒に言われ、笑良とみのりはシャワー室へと足早に向かう。
「これで二人分食える量が増えたな。さ、食うか」
「だ、ダメですよ! ちゃんとお二人を待っていないと!」
「じょーだんだよ、じょーだん」
焦って珠緒を止める餡子を見て、珠緒はおかしそうにくすっと笑った。




